聖女候補の転生令嬢(18)は子持ちの未亡人になりました

富士山のぼり

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長への感謝

 私はバルコニーと部屋を隔てている大きな窓を開けた。
どうやってこの2階の部屋に来たのか知らないが間違いなくエドゥアル本人だった。


「どうして、あなたがここに?」

「渡す物がある」


 私の質問に答える代わりにエドゥアルは懐から表面が綺麗に磨かれた魔石を取り出した。


「これは?」

「お前達を襲撃した者達が映っている。魔力を込めれば見える」

「!」


 エドゥアルの言葉は私を混乱させた。今の私の思考は普段より働かない。
なぜ襲われた事を知っているのか? 見えるとはどういう事か?


「どうして……?」

「長がお前の声を聞いたからだ」

「私の、声?」


 エドゥアルの短い答えで私は思い出した。
音楽好きのハイエルフが風精霊を使った『遠耳』で、度々人間の音楽などを盗み聞ぎしていた事を。


「この近くに帰って来たお前の声を風精霊が捉えた。
そして、長がそれを聞いた。お前の叫び声を」

「……」

「これはお前達が襲われた時の映像を風精霊達が再現してくれる」

「そんな事が出来るの?」

「お前が教えた様なものだろう。」

「?」

「俺達は誰にも干渉しないし、誰にも干渉はされる事はない。
変化のない同じ生活を何十年も何百年も繰り返してきた。
だから、工夫もしない。何も。する必要が無いから」

「……」

「しかし、お前は魔石を音楽を録音して再生装置にする工夫をした。
刺激を受けた俺達もあれから風精霊達に色々出来る様に命令を工夫した。
大した手間は掛からなかった。その場の情報を風精霊達に記録してもらう事くらい。
今は里の入り口にもそれが付いている。」


(防犯カメラって事? あっさりそんな物を作るなんて)


 私はハイエルフの能力に改めて驚いた。 
ユリアがあんな目に会ってしまってこれ以上驚く事なんてないと思ったのに。


「お前達は知らんだろうが全ての命は風精霊が区別できる固有の波動を発している。
人間流にいうと気配という奴だ」

「……」

「長は、お前の事を常に気にかけていた。
お前がこの地を離れるたびにもうこの地へ戻ってこないのではないかと」

「何、それ……そうだったの?」

「この地に帰って来たお前の波動をとらえた風精霊はそれを長に報告した。
しかし、お前の身に何か起こったのも知った。
そして長は俺を現地に向かわせた。
その場には間に合わなかったがその場であった情報を記録した風精霊達は回収した」


 今の話だとエドゥアルはあの現場とハイエルフの里とこの屋敷を往復したという事になる。
襲撃を受けてから今の時間まで半日と経っていない。
距離はそれぞれかなり離れているのに何故そんなことが出来るのか。
まだまだ彼らには私達の計り知れない能力があるという事なのだろうけど。


(考えても無駄ね。それをやろうとすれば出来るのが高等種族たる所以のなのだわ)


 よくよく考えればハイエルフは同じ場所に居ながら姿を消す。
要するにこことは違う次元に移動する事ができるという事だ。
彼らにとっては地理的距離などあって無いようなものなのかもしれない。
ただ、出来るけど別にやろうとも思わない。それだけだ。


(そんな彼らからしたら、確かに人間なんて蛮族そのものなんでしょうね……。
地上にいちいち線引きして国などを作って同種で殺し合うのだから)


 ハイエルフが人間と積極的にかかわろうとしないのもわかる様な気がする。


「有難いけど、これをどうやって手に入れたかの説明が大変そう」

「俺達の事を言えばいいだろう」

「言ったらまずいでしょう?」

「云ったところで、最終的に俺達に会えるのはお前だけだ」

「……ありがとう。その時は迷惑にならない範囲で話させてもらうわ」


 ハイエルフの里の場所を出来るだけ秘匿する。
私の言葉にエドゥアルが軽くうなずいた。
そして、腰袋から魔石とは別の物を取り出して私に渡す。


「これもお前に渡しておく」

「これは?」

「俺達の一族に伝わる怪我薬だ。少なくとも人間の物よりは効くだろう」

「……ありがとう。でも、何でここまでしてくれるの?」

「……」

「ハイエルフは人間の営みに干渉しないんじゃなかったの?」

「……場合による」

「場合?」

「お前が悲しむと長も俺達も困る」


 意外な言葉に目を張った。


「里に来てピアノを弾く事も無くなるかもしれない。
その娘の事ばかり気にして弾かなくなるかもしれない。だから気にしないでいい」


 この不愛想な男は気を使ったつもりなのか。
こんな時なのに少しだけ、ほんの少しだけ可笑しいと思う気持ちが湧いてくる。


「その薬を娘に飲ませてやれ」

「飲み薬?」

「ああ。見た所その娘は酷く毒にやられた様だ。
完全に全て元に戻るかはわからんが見える傷くらいなら治る筈だ」

「本当にありがとう」

「落ち着いてからでいいからたまには里に来い。
皆、お前の演奏を聴きたがっている。もちろん、俺もだ」

「ええ」


 そう言い残すとエドゥアルは姿を消した。
私はバルコニーの方に向かって頭を下げた。
こちらの方は確か丁度ハイエルフの里の方角の筈だ。
私は頭を下げたまま心からハイエルフの長老に感謝した。





 エドゥアルからもらったハイエルフの怪我薬の効き目は驚くものだった。
人間が調合・作成した回復薬とは明らかに違う。
一週間たった頃にはユリアのお腹の傷は見た目は完全に治っていた。
しかし、ユリアの意識はやはり元に戻ってはくれなかった。

 ユリアの事が第一の私にはこのような目に会わせた犯人を捜す事は二の次だ。
それに事情を話して捜査してもらうなら現地の警備担当者よりも相応しい人が居る。
クラウス殿下である。

 私達が王都からの帰途に襲撃を受けた事は勿論殿下の元へも報告が行った。
急遽クラウス殿下は再びダルセンへ来訪してくれる事になったのだった。
私は来てくれた殿下に事の子細を話し、エドゥアルがくれた映像魔石を託した。


「何と……ハイエルフによって残された襲撃現場の記録映像だって……?」

「私もリーチェから聞いて驚きました。
しかし、蓄音石の事やユリアの回復を目の当たりにして私も信じる事が出来ました。
人間の薬では及びもつかない回復力でしたから」 


 殿下にそう答えるのはこの席に同席してもらったアーサーである。
私は既にアーサーとレーナとハンスには同様の事を話していた。


「君達はこれを見たのか?」

「いえ、私は……」


 私は映像を見てあの時の恐ろしい場面を詳しく思い出す事を避けていた。
言いよどんだ私の代わりにアーサーが答える。


「殿下、リーチェにあの時の映像を改めて見せるなど酷な事です」

「そうか……そうだな」

「しかし、私がこの目で映像を見て確認致しました。
あの時、私達を襲った賊どもの顔もちゃんと映っております。」

「顔も?」

「はい。我々とは別の視線から。上から見下ろす様な場面も映っておりました」

「……凄まじいものだ。ハイエルフの能力とは……」


 殿下は眉根を寄せた後、呆れた様にそう云って天井を仰いだ。
多分、ハイエルフの能力が理解の範囲を超えた物と知った私と同じ諦めの様な気持ちなのだろう。


「リーチェ嬢、君が蓄音石の技術の核心部分を隠したい気持ちもわかるよ。
彼らがその気になったら、この地上の征服など訳も無いのかもしれんな」

「はい、殿下」

「いずれにしろ、今回はこのハイエルフの好意を素直に受け取っておく事にしよう。
リーチェ嬢、君達を襲いユリア嬢を酷い目に合わせた奴らには必ず罪を償わせる事を約束する」

「どうか宜しくお願い致します、殿下」


 そう云って私とアーサーは殿下に頭を下げた。

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