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盗賊と怪盗
1. 月のように
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「眠れないの、きみ」
その少年は、夜のしずかな帳に溶け込むように美しかった。閉めたはずの窓はいつのまにか開いていて、カーテンは夜風に揺らされている。
いきなり現れたそれに、呆気にとられて口を開けたままのエリックをくすくす笑って少年は再度、赤い唇を動かして尋ねた。
「眠れないの?」
そこでやっと尋ねられていることに気付いて、10歳のエリックは大きく頷いた。声なんて出なかったのだ。
肩より少しあるインディゴブルーの髪に銀の目、顔の下半分を覆うヴェール。ゆったりした白い布の服に青いスカーフを巻き、前で結んでいる。たくさんの宝石がちらちら光る、遠い砂漠の国の服。
「そう。じゃあ僕と世間話でもする?」
本当に人間なのかも疑わしいくらいに美しい、天使のようなひとだ。ここは2階なのにどこから現れたのかとか、一体何者なのかとか、それを問い質す余裕さえ、自分にはなかった。
「……あなたは?」
「んー?そんなのどうでもいいでしょう?エリック」
「なんで、僕の名前を」
「それはないしょ。……私はね、悪い夢のようなものさ。朝になれば姿を消す、ちっぽけな夢」
眠れなかったのは本当で、だから妖精かなにかが来てくれたのだと思った。妖精だったらいいな、と非常用の防犯ベルから手を離す。このうつくしい人が不審者には到底見えなかったし、武器だって持たされてあるから大丈夫だと思ったのだ。
――脳を溶かすような甘い波長の声は、幼い子供の判断力など簡単に溶かしていく。
「それじゃ、きみが寝てしまうまでお話しようか。……それにしても随分大きいおうちだね、ホテルみたいだ」
「……お父さんが、貿易の仕事をしてるの。偉いんだよ」
「そうなんだ。こんなに立派なおうちなら、セキュリティもしっかりしてるんだろうね」
名前を名乗らなかったその少年は笑顔だったが、その瞳の奥には鋭い光がともり、ベッドボードの裏の小型銃に向けられている。
「うん。大事なものはぜんぶ地下の宝物庫に仕舞ってあるんだ」
「へえ……そこに入ったことあるの?」
「あるよ、庭に噴水があるでしょ。そこの女神様の像の額を押すと、地下への扉が開くんだ。でもその先は電子錠がかかってるから、お父さんしか開けられないんだよ」
すごいでしょ、と誇らしげに言った彼の頭を、白手袋をした手で撫でて、美少年は微笑んだ。その笑顔には人を安心させるような暖かさがある。
繊細な金銀の装飾が、しゃらりと鳴った。
「ねえ、エリック、眠くなるまででいいから……――きみの話、もっと聞かせて?」
いいよ、と頷いたこどもを嗤うように。
白いヴェールの下で蜘蛛が笑ったけれど、それを見たものは、誰もいなかった。
その少年は、夜のしずかな帳に溶け込むように美しかった。閉めたはずの窓はいつのまにか開いていて、カーテンは夜風に揺らされている。
いきなり現れたそれに、呆気にとられて口を開けたままのエリックをくすくす笑って少年は再度、赤い唇を動かして尋ねた。
「眠れないの?」
そこでやっと尋ねられていることに気付いて、10歳のエリックは大きく頷いた。声なんて出なかったのだ。
肩より少しあるインディゴブルーの髪に銀の目、顔の下半分を覆うヴェール。ゆったりした白い布の服に青いスカーフを巻き、前で結んでいる。たくさんの宝石がちらちら光る、遠い砂漠の国の服。
「そう。じゃあ僕と世間話でもする?」
本当に人間なのかも疑わしいくらいに美しい、天使のようなひとだ。ここは2階なのにどこから現れたのかとか、一体何者なのかとか、それを問い質す余裕さえ、自分にはなかった。
「……あなたは?」
「んー?そんなのどうでもいいでしょう?エリック」
「なんで、僕の名前を」
「それはないしょ。……私はね、悪い夢のようなものさ。朝になれば姿を消す、ちっぽけな夢」
眠れなかったのは本当で、だから妖精かなにかが来てくれたのだと思った。妖精だったらいいな、と非常用の防犯ベルから手を離す。このうつくしい人が不審者には到底見えなかったし、武器だって持たされてあるから大丈夫だと思ったのだ。
――脳を溶かすような甘い波長の声は、幼い子供の判断力など簡単に溶かしていく。
「それじゃ、きみが寝てしまうまでお話しようか。……それにしても随分大きいおうちだね、ホテルみたいだ」
「……お父さんが、貿易の仕事をしてるの。偉いんだよ」
「そうなんだ。こんなに立派なおうちなら、セキュリティもしっかりしてるんだろうね」
名前を名乗らなかったその少年は笑顔だったが、その瞳の奥には鋭い光がともり、ベッドボードの裏の小型銃に向けられている。
「うん。大事なものはぜんぶ地下の宝物庫に仕舞ってあるんだ」
「へえ……そこに入ったことあるの?」
「あるよ、庭に噴水があるでしょ。そこの女神様の像の額を押すと、地下への扉が開くんだ。でもその先は電子錠がかかってるから、お父さんしか開けられないんだよ」
すごいでしょ、と誇らしげに言った彼の頭を、白手袋をした手で撫でて、美少年は微笑んだ。その笑顔には人を安心させるような暖かさがある。
繊細な金銀の装飾が、しゃらりと鳴った。
「ねえ、エリック、眠くなるまででいいから……――きみの話、もっと聞かせて?」
いいよ、と頷いたこどもを嗤うように。
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