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盗賊と怪盗
3.王様と蝶
しおりを挟む爽やかなラベンダーの香りが、室内に漂っている。しみひとつない白い壁に赤いカーペット、所々に怪しげな東洋の古美術品が置いてあり、それが何処か胡散臭い。
部屋の中心に置かれたソファーで、少年がひとり眠っていた。肩より長い黒髪が乱れて、このままだと寝癖がつきそうだ。伏せられた長い睫毛が美しい。
そこに、ゆっくりと忍びよってくる男性がいた。長身で、にぶい赤毛に緑の瞳。腰まである長い赤髪はポニーテールにして雑にまとめてある。
眠る少年の前に座ると、側の机に積んであった本を1冊、少年の腹に乗せた。薄い腹に乗った本が、寝息の度に上下している。
それを見て男性が笑いを噛み殺し、もう1冊乗せた。またもう1冊、1冊と乗せていき、ついに7冊の文庫本が少年のお腹の上に。
満足したような顔で、さてもう1冊乗せようとしたところで、少年が寝苦しそうに大きく身じろぎをした。
「意外と乗るんですねぇ……ってあーー!!」
身じろぎをしたその振動で本の山は崩れ、ソファーから落ちる。それで呻きながら目覚めた少年が、青い瞳をぱちりと開け、怒りをたたえた顔でむっくりと起き上がった。まだ残っていた文庫本が滑り落ちた。
「……メル……」
「あー……なんで動いちゃうんですか王様、もう少しで2桁でしたのに」
「メルザム、 寝ている人間の身体で遊ぶな!!」
けたたましく怒鳴りつけられて、メルザムと呼ばれた赤毛の男性が耳を塞いだ。ふたりはどちらも美形なのだが、ひとりは人の腹に本を積んでいるし、ひとりは髪の毛を逆立たせて怒っているしで台無しだ。
「何がしたかったんだ……」
「まあまあそんなにお怒りにならないでくださいよー、シリウスさまー」
「駄目だ、本気で気持ち悪い」
シリウスと呼ばれた少年ががっくりと項垂れた。メルザムはまだにやにや笑いながらその背中をつついている。
「そういえば、見てくださいよ王様」
仕事の時の呼び名でシリウスを呼びながら、メルザムが脇に落ちていた新聞を拾い上げる。日付は昨日のものだ。それをテーブルの上で広げ、その一角をシリウスに見せる。
「英国博物館に、世界最大級のルビー……狙うのか、これ?」
「ええ。あ、もう予告状は提出済みですよー。なので突入は明日です」
「明日って……」
もう怒鳴る気力もないのか、慣れているのか、シリウスはただただため息をつく。伏せられた瞼の下、美しい青い瞳。
「でっかい博物館ですからねー、警備も厳重そうですから、王様もお気を付けてくださいね」
「お前が予告状を出したからだろう。知らせなければいくらか楽に入れるのに」
地図を開きながら言ったメルザムに、シリウスがそう苦言した。さきほどから眉間には皺が寄り通しだ。
「……我らは怪盗、すなわち劇場型犯罪者であるのです。政府や警察を欺き、民衆を楽しませるもの。序章のない舞台などつまらないでしょう?」
頬杖をついて、からかうように告げる。それが彼の信条なのだろう。どこか誇らしげだ。
「その話はもう何十回も聞いた、わかってるよ」
「それなら文句を仰らないでくださいねー、私とつるんだ時点で分かっていたことでしょう? 嫌なら盗賊の弟さんのところにでも」
「メル。……ひとの弟を」
ソファーの上で項垂れていたシリウスが、突然責めるような目つきでメルザムを見た。地雷を踏み抜かれたのか、声色は暗く重い。メルザムは頭を軽く掻きながら、逃げるように目を逸らす。
「あーはいはい、別に侮辱してるわけでは御座いませんよ、王様」
「それくらいはわかってる」
「相変わらずブラコンで……いや、弟思いのいいお兄様ですね」
「今、何か言いかけたろ」
「いやいやなんでもありません、それより明日の準備しましょうか」
けたけた笑ってポニーテールの赤毛を揺らしながら、博物館内の見取り図を開く。シリウスはそれを視界の端に捉えつつ、長い長いため息を、ベルベットのカーペットに落とした。
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