重清狸ばなし★ヒプノサロンいせき1

野栗

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MINO 1930s 白い狸

東京帝大人類学研究所

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美馬農林を訪れた紳士は、受付で名刺を示し、校長との面会を求めた。
名刺を受け取った事務方は、驚いた表情で名刺と紳士を交互に見つめた。

そこに、春を迎えて満開のレンゲ畑になった実習田から校長が戻ってきた。

「花摘みして遊んびょる子どもらには気の毒やけど、二、三日中には田起こしに入らんとな」

グラウンド隅の水道で手を洗い、倉庫に泥だらけの長靴を置いて内履きに履き替えて校舎に入る。
事務方が岡田校長に、応接室へ向かうよう声をかけた。

「岡田校長先生でいらっしゃいますでしょうか」

応接室で待っていた紳士が立ち上がった。

「はじめまして。私、こういう者です」

紳士は名刺を取り出した。

ー東京帝国大学  人類学研究所主任研究員  新居辰三

岡田校長は、名刺と紳士を見比べた。主任研究員というものものしい肩書きに比して、そこにいるのはまだ三十代はじめの青年。

「これはこれは…遠いところから…」

若い紳士は相手の反応を十分予測していたように答える。

「いえ、私、実はもともと徳島の人間で、ちょうど実家で法事がありまして、よい機会と思い、失礼を承知でお伺いした次第です」

「それはそれは新居(にい)先生…ところで、御用向きは?」

「はい、私どもの研究所では、われわれ日本人の起源の解明をもとめ、考古学研究者と連携しながら、石器時代から現代に至る人類史について研究活動を行っております。最近の研究成果によりますと、各地域の民間伝承の中にこの、日本人の源流となるもののヒントが多く隠されている、という有力な説があります」

「ほう」

「所長ー金井精三郎東京帝国大学教授ーより、私が徳島の出だということで、四国の平家落人伝説・狸伝説のフィールドワークを以前から強く勧められておりまして…」

「それがうちの学校と何か?」

「昨夏の甲子園大会ですよ。狸の生徒が何人も出場していたじゃないですか。金井先生も強く関心を寄せておられます」

給仕が茶を運んできた。
甲子園の話題に、得意げな表情で客と校長の前に茶と茶菓子を置いた。

「いかにも、本校には狸の生徒がおりますが、それが人類学とどのような関わりが…」

「今から二十年ほど前に、当時の東京帝大人類学研究室で、北海道のアイヌ民族研究に一身を捧げた故・茂本吾郎教授は、生前、コロボックル伝説を根拠として、アイヌ民族より以前に北海道に先住民族がいた、という仮説を公にしました」

「ああ、その話は聞いたことがありますよ。ーそういえば、最近とんと耳にすることもないようなりましたね」

「そうでしょう。確かな証拠となる遺跡の発見もありませんでしたし、やはりコロボックル説は、仮説の域を出なかったということになっています。残念なことに、茂本教授は北海道での遺跡探索の途上、病を得て志半ばで倒れました。ずいぶん前の話になりますが」

大袈裟な口調の割には、茂本教授の死をさして残念がっているようには見えない。

「それがうちの生徒と何か?」

「そこですよ」

新居研究員は、野球部の練習が行われているグラウンドを指さした。

「重清にしばらく滞在して、狸の生徒のことを知りたいのです。今は一笑に付される形になっているコロボックル先住民族説ですが、徳島の狸の変化(へんげ)の実例を詳察することによって、この説の再評価ができるのではと私は今、考えているところです。これは、わが日本民族の源流を解明する大きな鍵となる可能性を秘めているのではないでしょうか」

「そうですか。ーご滞在のあてはあるのですか?」

「村長さんのところに、帝大の学生たちとしばらく逗留する予定です」

給仕がお茶のお代わりを注ぎにあらわれた。

「金井教授は徳島においでておられるのですか?」

「いえ、先生は今、フィールドワークで北海道のアイヌコタンー集落を回っておられます」

給仕の顔に微かな影が差した。
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