3 / 3
初夢甲子園☆あゝ延長25回
しおりを挟む
海四(みよん)さん、お帰り。実家どやった?
徳島本町の店ーヒプノサロンいせきーに一足先に戻っていたおミヨが玄関から顔を出し、両手に大きな土産物の包みを下げた海四を迎えた。
居間にちゃぶ台を広げ、福茶を飲みながらおミヨは待ちかねたようにゆうべ見た初夢の話を始めた。
あんな、うち、お正月の夜、ごっつけったいな夢見たんじょ。
どうせまた、いつものネタやろ。
ははは、図星や。
うちな、真夏の甲子園におってん。
ほら来た!
うち選手で出とった、ってホンマは言いたいとこなんやけど、かちわりの売り子しとってん。
うち、バイト、そう、鳴門の金時狸のオッサンの斡旋で、半人半獣姿ーチアリーダーみたいなミニスカートに、頭にケモミミほっぺにヒゲお尻に尻尾(もちろん、自前の狸のやつや)生やして商売や。暑いけんよう売れたなあ。
売り子はみな同じような姿格好に化けた狸と狐と猫で、ミニスカートに自前のケモミミとヒゲと尻尾生やしてジュースやらアイスやら売っとった。
観客は全部動物。
犬、猿、熊、牛に馬に鹿に、リスに鼠に兎に、とにかく大小いろんな動物がネット裏からアルプススタンドから外野席まで、いったい何万匹おったんやろか。
うちはスタンドを登り降りしてかちわりを売んりょった。売っとると、こんまい子猿や子犬らがうちのケモミミや尻尾触りに来るんよ。まあかいらしいけんちょっとだけ触らしたるんやけど、それに便乗してくる雄の成獣がけっこうおるんよ。けったくそ悪いオッサン仕草は人も獣も変わらん、情けないこっちゃ。その場でタチノー球児に化けておもくそしばいたろか思うたけど、卒業生が甲子園で暴力沙汰なんてことになったらまずいけんなー、自重や自重。
ひょいとスコアボードを見たら一回から九回まで0対0で、ああ延長戦になるんやな、って思った。その頃にはもう、商売もんのかちわりがすっかり売り切れてしもうて、うちはスタンドの隅っこに座って試合を見ることにしたんよ。
試合は地元兵庫と岡山の高校の対戦で、それぞれの地方に縁あるとおぼしい動物たちが一塁側三塁側に分かれ、盛大な応援合戦を繰り広げとる。
岡山側は、定番の犬猿雉を引き連れた桃太郎コスプレの熊が応援旗を振り回し、その前でリスが虎縞パンツはいてラインダンスや。鬼のパンツはいいパンツ、百年はいても敗れへん!いう縁起担ぎやろか。七回の攻撃前には、このリスたちがアルプススタンドを駆け回ってキビ団子を配ってまわってな、徳島から来たうちも一つお相伴さしてもろたわ。
兵庫側は兎が耳に鉢巻巻いて足を蹴り蹴り勇壮な剣舞を披露すれば、ゴリラが大太鼓を力一杯ドンツクドンツク。
まあリアルの甲子園大会に負けず劣らず賑やかなこっちゃ。
延長戦に入った試合は、15回の表裏も得点なしで、これは次の日に持ち越しの再試合かいなと思うてたら、何やらスコアボードのところにわちゃわちゃ工事の人が集まって、15回0対0の右側にトントンカンカン、臨時のスコアボード付け足しとるんよ。
何しよん? 明日再試合するんちゃうの? と思うてたら、16回の表が始まって、はぁ? うちいつの時代におるん? どう考えても、これ今、現代、21世紀ちゃう?
いつから延長戦の制限がないようなったんやろ?と首かしげとるうちに、延長戦は18回に入った。
グラウンドで試合しよるのは人間の高校生。この暑い中、ろくすっぽ選手交代もないまま、両チームのピッチャーも300球はいっとったはずや。
「うわあ凄い試合になったなあ」
「どっちが勝つやろか」
固唾を飲んで見守るスタンドの動物たち。空は雲一つない晴天で、太陽は容赦なくカンカン照りつける。
子どもたちは日陰でオヤツを食べ昼寝をし、大人たちはグラウンドの闘いに夢中になっている。
「しかしまあ、点がはいらないもんだねえ」
キリンが長い首をかしげると、ライオンが伸びをしながら
「両方とも大会屈指の好投手だからねえ」
とスポーツ新聞の受け売りをする。
「イヤイヤ暑いねえ」
カバがぼやくと
「ほれ!」
象が鼻から散水サービス。勿論スタンドの動物限定だ。うちもちょっと浴びさしてもろた。助かったわー。
さすがに延長20回を越えると、両チームとも選手の疲労の色はどうにも隠せんようなってきよった。なにさま二試合分超えや。攻守交代のスピードが目に見えて落ち、キャッチャーが疲労で指が思うように動かんのか、防具をつけるのに手間取っとると、審判が鬼の形相で早うせえとせかすわ(イヤイヤ審判もほんまど疲れさんや)、選手同士声を掛け合おうにも、思うように声が出んみたいやったり、うちはほんまにやきもきしよったんじょ。
ほんま、これ以上やるのか? ーやらせるのか? って。
ーみっちゃん、新年そうそうとんでもない夢やね。
ほんまじゃー。
うち、喉がかわいたけん狐の売り子からアイスキャンデー買うたんやけど、その子に
「これ以上試合さすの? 再試合にならんの?」
って聞いたら
「なるわけないやん、大会の日程決まっとるんやさかい」
ってにべもないんや。
「ほな言うても、選手の子たちみな限界やん」
って話しても
「そんなんしゃーないやん、決まっとることなんやさかい」
やて。
ほなけんどアイスキャンデーめっちゃ高かったわ。まあうちの売っとったかちわりも、ただの氷の袋詰めにええ値段つけとったしなー。
しばらくしたら猫の売り子が来よったけん県産品のポカリスエット買うたんよ。これもごっつ高かったわ。
「これ以上試合さすんやろか?」
って言うたら
「そらそうや、決着ついてへんやん」
ってこれまた木で鼻をくくりよるんじょ。
「ほなけんど、選手の子らもう倒れそうやん」
言うたら
「それうちに言われても困るんやけど」
まあお説ごもっともなんやけどな。
「あんたらの稼業ん中に「化け猫遊女」いうのが昔からあるでないで。もし客やら楼主が延長や言いもって際限なく接客させられたら、身がもたんやろ?」
言うたら
「そらそやなぁ、うちらの稼業とあの子ら(と言うて顎でグラウンドを示す)、基本的にどっこも変わらへんもんなぁ」
言うけん
「そやろ? このまま試合続けさすの殺生やろ?」
てうちが言うたら
「あんた何言うとん、人間なんかに同情してどないすんねん、あんた、人間に何ぞ借りでもあるんか?」
って言われてしもたんよ。
延長21回の表、久々にノーアウトのランナーが出て、これでやっと終わるんやろかと思いながら見とったんやけど、バッテリーがよれよれなの見越して二盗しようとランナーが走り出したんじょ。ほなけんどあまりの暑さのせいか、一塁と二塁の間で足がつってこけてしもうて、あえなくタッチアウトや。うわー悲壮な試合や、なんて太平楽並べとる場合ちゃう、早うやめんかとまじ思うたわ。うちはネット際まで行って
「もう中止せんかい!」
と大声で叫んでしもうたんじょ。
そしたらすぐ後ろにおった鹿が
「こら! 何じゃまするんじゃ! ええとこやのに、何水差しとんのや?」
てうちの後ろ頭ツノで突っついてくるんよ。
「ほなって、もう走られんようなっとるでないで、ヤバない?」
言うたら今度は馬がヒヒンと嘶いて
「あんたな、人間がかわいそうやて? あほな! わしら馬がその人間さまにどんな目ぇに遭わされてきたか。
知らざぁ言うて聞かせやしょう!
真夏のカンカン照りの中、痩せた老馬に重い荷車無理やり引かせてきつい坂道登らせて、倒れてしもうても水ひとつ飲ませるどころか、人間ときた日には鞭でしばきまくって、何万頭の仲間がそうやって殺されてきたか。
競馬馬もそうじゃ、走られへんようなった子らが人間にどうされるか、あんた知っとるのか? え?
かわいそうなのはどっちや?
何でわしらが人間にいちいち情みたいなもんかけなあかんのや。あほ言うんも大概にせえヒヒヒヒヒン!」
とめっちゃ怒られてしもうたわ。
大きな耳でうちらの会話を聞きつけた象は
「それならわしも一言言いたいわ。
先の大戦、日本の人間が勝手に戦争おっぱじめておいて、やれ空襲が激しくなった、食糧が足りんようなったからって動物園にいる大きな動物を片っ端から殺して、象はこの図体やから殺すに殺されへんよって、わしらの先輩たちは餌もらえず干乾しにされたんや。
人間が勝手に動物園こしらえといて、わしらを閉じ込めて見せ物にしておいてな、いざ戦争やから動物養えんよってに殺すって何なん? 話にならんやろ?
動物園すらやってけんぐらい食うもんなくなったんなら、もう戦争やめりゃええやんか。人間かてどれだけ助かるか。簡単な話や。
それだけちゃう、餌もらおうと必死で最後の力振り絞って飼育係に芸を見せた先輩らの話が、いつの間にやら子どもの絵本やら映画やらになって、人間どもの涙絞っとるいうやないか。冗談も休み休みしてほしいわ。誰のせいで先輩たちは飢え死にしたんや! 人間はほんまにいい気なもんや。
なんでわしらがあいつら(とグラウンドを鼻で示す)に情みたいなもんかけなアカンのん? あいつらには決着つくまで最後までやってもらわな、ほんま先輩たちも浮かばれんわ、なぁ牛はん」
と大きな足でドスンドスン地団駄踏みながらパオンパオンと鼻息荒くまくしたてる。
隣にいた牛は
「象はん、ホンマあんさんの言う通りや。
ーーそやそや、じぶん徳島から来たんやろ。徳島の山狸やったら「借耕牛」ぐらい知らんはずはないわな。毎年毎年飼い主の人間どもに追い立てられ、農繁期の香川まで出稼ぎに行かされて。香川じゃ借り主の人間にガリガリに痩せるまでこき使われて、挙げ句借り賃の米を山のように担がされて険しい峠越えさせられて。ほんまにほんまに象はん馬はんの言う通りじゃ。
だいたいじぶんら狸かて、
♪センバ山には狸がおってさ、
それを猟師が鉄砲で撃ってさ、
煮てさ、焼いてさ、食ってさ、
それを木の葉でちょいとかぶせ♪
なんてモー散々な歌われようやないか!」
とゲップをしこたま頭からかけられてもうて、うち往生したわホンマ。
22回23回24回と無得点で、試合は25回の表に入った。その頃には気つけに選手同士でペットボトルの水掛け合うたりして、目もあてられん悲惨な状況やった。マウンドからキャッチャーのミットまでボールが届いとるのが奇跡みたいやったわ。
周りの動物たちはというと
「頑張れ!」
「気合い入れていけ!」
「負けるな!」
と盛んに声援したり、お互いに
「いやー、暑さにも疲労にもプレッシャーにも負けず、実に感動的ですなあ」
「全くです。高校野球はこうでなくちゃ」
「今の若いもんに一番欠けているのは、こういうところなんだよ」
「全くそうです。最後まで諦めない、投げ出さない、逃げ出さない。大切なのは仲間を、勝利を信じ抜く精神面の強さですよね」
なんて涼しい顔して話っしょるんじゃ。
延長25回の裏、ついに岡山のピッチャー、ストライクが入らんようなって、兵庫が押し出しサヨナラ勝ちでようやく試合終了。
兵庫チームの校歌が流れる中、気息奄奄、茫然自失の岡山チーム。
その様子を見て、またぞろ周りの動物たちが
「あー、勝って泣き負けて泣き、が高校野球じゃないですか。今の子たちは随分まあドライですね」
「私らの頃は違いましたよ、ねえ」
「全くです」
「しかしまあいい試合を見せてもらいましたよ。限界を超えて力を振り絞ってね」
「これだけ感動したのは、ほんとうに久しぶりですよ」
「イヤ実にすがすがしい」
「明日の兵庫と東京の対戦が楽しみですな」
などと口々に並べはじめるけん、うち、とうとうぶち切れてもうて、その場で一番センター谷一ミヨに変化(へんげ)して、バットでそこら中ぶん殴って…
ヤバい! 徳島県立太刀野山農林高校野球部卒業生が甲子園で大暴れ! なんてニュースになったらどえらいこっちゃ!と思って周りを見たら…
うち、いつもの行李の中で毛布にくるまっとったんじょ。
新年早々、えらい初夢や。
それより、金時のオッサンからバイト代貰い損ねた! 悔しい!
海四はちゃぶ台に突っ伏したまま、初笑いが止まらない。
ああ、それもこれもみんな、インネンとかリンネとかいうもんか知らんけど、うちはこの先ずっと一富士二鷹三茄子の初夢には無縁なんやろな。
おミヨが長嘆息すると、海四は
「アラアラ御愁傷様」
と笑いながらおミヨの背中をぽんと叩いた。
「おなか空いたな。みっちゃん、これでも食べて機嫌直し、な?」
海四は火鉢の上に網を乗せると、実家からもらったあんこ入りのヨモギ餅を焼き始めた。
明けましておめでとうございます。
本年も徳島本町のヒプノサロンいせきをよろしくお願い申し上げます。
徳島本町の店ーヒプノサロンいせきーに一足先に戻っていたおミヨが玄関から顔を出し、両手に大きな土産物の包みを下げた海四を迎えた。
居間にちゃぶ台を広げ、福茶を飲みながらおミヨは待ちかねたようにゆうべ見た初夢の話を始めた。
あんな、うち、お正月の夜、ごっつけったいな夢見たんじょ。
どうせまた、いつものネタやろ。
ははは、図星や。
うちな、真夏の甲子園におってん。
ほら来た!
うち選手で出とった、ってホンマは言いたいとこなんやけど、かちわりの売り子しとってん。
うち、バイト、そう、鳴門の金時狸のオッサンの斡旋で、半人半獣姿ーチアリーダーみたいなミニスカートに、頭にケモミミほっぺにヒゲお尻に尻尾(もちろん、自前の狸のやつや)生やして商売や。暑いけんよう売れたなあ。
売り子はみな同じような姿格好に化けた狸と狐と猫で、ミニスカートに自前のケモミミとヒゲと尻尾生やしてジュースやらアイスやら売っとった。
観客は全部動物。
犬、猿、熊、牛に馬に鹿に、リスに鼠に兎に、とにかく大小いろんな動物がネット裏からアルプススタンドから外野席まで、いったい何万匹おったんやろか。
うちはスタンドを登り降りしてかちわりを売んりょった。売っとると、こんまい子猿や子犬らがうちのケモミミや尻尾触りに来るんよ。まあかいらしいけんちょっとだけ触らしたるんやけど、それに便乗してくる雄の成獣がけっこうおるんよ。けったくそ悪いオッサン仕草は人も獣も変わらん、情けないこっちゃ。その場でタチノー球児に化けておもくそしばいたろか思うたけど、卒業生が甲子園で暴力沙汰なんてことになったらまずいけんなー、自重や自重。
ひょいとスコアボードを見たら一回から九回まで0対0で、ああ延長戦になるんやな、って思った。その頃にはもう、商売もんのかちわりがすっかり売り切れてしもうて、うちはスタンドの隅っこに座って試合を見ることにしたんよ。
試合は地元兵庫と岡山の高校の対戦で、それぞれの地方に縁あるとおぼしい動物たちが一塁側三塁側に分かれ、盛大な応援合戦を繰り広げとる。
岡山側は、定番の犬猿雉を引き連れた桃太郎コスプレの熊が応援旗を振り回し、その前でリスが虎縞パンツはいてラインダンスや。鬼のパンツはいいパンツ、百年はいても敗れへん!いう縁起担ぎやろか。七回の攻撃前には、このリスたちがアルプススタンドを駆け回ってキビ団子を配ってまわってな、徳島から来たうちも一つお相伴さしてもろたわ。
兵庫側は兎が耳に鉢巻巻いて足を蹴り蹴り勇壮な剣舞を披露すれば、ゴリラが大太鼓を力一杯ドンツクドンツク。
まあリアルの甲子園大会に負けず劣らず賑やかなこっちゃ。
延長戦に入った試合は、15回の表裏も得点なしで、これは次の日に持ち越しの再試合かいなと思うてたら、何やらスコアボードのところにわちゃわちゃ工事の人が集まって、15回0対0の右側にトントンカンカン、臨時のスコアボード付け足しとるんよ。
何しよん? 明日再試合するんちゃうの? と思うてたら、16回の表が始まって、はぁ? うちいつの時代におるん? どう考えても、これ今、現代、21世紀ちゃう?
いつから延長戦の制限がないようなったんやろ?と首かしげとるうちに、延長戦は18回に入った。
グラウンドで試合しよるのは人間の高校生。この暑い中、ろくすっぽ選手交代もないまま、両チームのピッチャーも300球はいっとったはずや。
「うわあ凄い試合になったなあ」
「どっちが勝つやろか」
固唾を飲んで見守るスタンドの動物たち。空は雲一つない晴天で、太陽は容赦なくカンカン照りつける。
子どもたちは日陰でオヤツを食べ昼寝をし、大人たちはグラウンドの闘いに夢中になっている。
「しかしまあ、点がはいらないもんだねえ」
キリンが長い首をかしげると、ライオンが伸びをしながら
「両方とも大会屈指の好投手だからねえ」
とスポーツ新聞の受け売りをする。
「イヤイヤ暑いねえ」
カバがぼやくと
「ほれ!」
象が鼻から散水サービス。勿論スタンドの動物限定だ。うちもちょっと浴びさしてもろた。助かったわー。
さすがに延長20回を越えると、両チームとも選手の疲労の色はどうにも隠せんようなってきよった。なにさま二試合分超えや。攻守交代のスピードが目に見えて落ち、キャッチャーが疲労で指が思うように動かんのか、防具をつけるのに手間取っとると、審判が鬼の形相で早うせえとせかすわ(イヤイヤ審判もほんまど疲れさんや)、選手同士声を掛け合おうにも、思うように声が出んみたいやったり、うちはほんまにやきもきしよったんじょ。
ほんま、これ以上やるのか? ーやらせるのか? って。
ーみっちゃん、新年そうそうとんでもない夢やね。
ほんまじゃー。
うち、喉がかわいたけん狐の売り子からアイスキャンデー買うたんやけど、その子に
「これ以上試合さすの? 再試合にならんの?」
って聞いたら
「なるわけないやん、大会の日程決まっとるんやさかい」
ってにべもないんや。
「ほな言うても、選手の子たちみな限界やん」
って話しても
「そんなんしゃーないやん、決まっとることなんやさかい」
やて。
ほなけんどアイスキャンデーめっちゃ高かったわ。まあうちの売っとったかちわりも、ただの氷の袋詰めにええ値段つけとったしなー。
しばらくしたら猫の売り子が来よったけん県産品のポカリスエット買うたんよ。これもごっつ高かったわ。
「これ以上試合さすんやろか?」
って言うたら
「そらそうや、決着ついてへんやん」
ってこれまた木で鼻をくくりよるんじょ。
「ほなけんど、選手の子らもう倒れそうやん」
言うたら
「それうちに言われても困るんやけど」
まあお説ごもっともなんやけどな。
「あんたらの稼業ん中に「化け猫遊女」いうのが昔からあるでないで。もし客やら楼主が延長や言いもって際限なく接客させられたら、身がもたんやろ?」
言うたら
「そらそやなぁ、うちらの稼業とあの子ら(と言うて顎でグラウンドを示す)、基本的にどっこも変わらへんもんなぁ」
言うけん
「そやろ? このまま試合続けさすの殺生やろ?」
てうちが言うたら
「あんた何言うとん、人間なんかに同情してどないすんねん、あんた、人間に何ぞ借りでもあるんか?」
って言われてしもたんよ。
延長21回の表、久々にノーアウトのランナーが出て、これでやっと終わるんやろかと思いながら見とったんやけど、バッテリーがよれよれなの見越して二盗しようとランナーが走り出したんじょ。ほなけんどあまりの暑さのせいか、一塁と二塁の間で足がつってこけてしもうて、あえなくタッチアウトや。うわー悲壮な試合や、なんて太平楽並べとる場合ちゃう、早うやめんかとまじ思うたわ。うちはネット際まで行って
「もう中止せんかい!」
と大声で叫んでしもうたんじょ。
そしたらすぐ後ろにおった鹿が
「こら! 何じゃまするんじゃ! ええとこやのに、何水差しとんのや?」
てうちの後ろ頭ツノで突っついてくるんよ。
「ほなって、もう走られんようなっとるでないで、ヤバない?」
言うたら今度は馬がヒヒンと嘶いて
「あんたな、人間がかわいそうやて? あほな! わしら馬がその人間さまにどんな目ぇに遭わされてきたか。
知らざぁ言うて聞かせやしょう!
真夏のカンカン照りの中、痩せた老馬に重い荷車無理やり引かせてきつい坂道登らせて、倒れてしもうても水ひとつ飲ませるどころか、人間ときた日には鞭でしばきまくって、何万頭の仲間がそうやって殺されてきたか。
競馬馬もそうじゃ、走られへんようなった子らが人間にどうされるか、あんた知っとるのか? え?
かわいそうなのはどっちや?
何でわしらが人間にいちいち情みたいなもんかけなあかんのや。あほ言うんも大概にせえヒヒヒヒヒン!」
とめっちゃ怒られてしもうたわ。
大きな耳でうちらの会話を聞きつけた象は
「それならわしも一言言いたいわ。
先の大戦、日本の人間が勝手に戦争おっぱじめておいて、やれ空襲が激しくなった、食糧が足りんようなったからって動物園にいる大きな動物を片っ端から殺して、象はこの図体やから殺すに殺されへんよって、わしらの先輩たちは餌もらえず干乾しにされたんや。
人間が勝手に動物園こしらえといて、わしらを閉じ込めて見せ物にしておいてな、いざ戦争やから動物養えんよってに殺すって何なん? 話にならんやろ?
動物園すらやってけんぐらい食うもんなくなったんなら、もう戦争やめりゃええやんか。人間かてどれだけ助かるか。簡単な話や。
それだけちゃう、餌もらおうと必死で最後の力振り絞って飼育係に芸を見せた先輩らの話が、いつの間にやら子どもの絵本やら映画やらになって、人間どもの涙絞っとるいうやないか。冗談も休み休みしてほしいわ。誰のせいで先輩たちは飢え死にしたんや! 人間はほんまにいい気なもんや。
なんでわしらがあいつら(とグラウンドを鼻で示す)に情みたいなもんかけなアカンのん? あいつらには決着つくまで最後までやってもらわな、ほんま先輩たちも浮かばれんわ、なぁ牛はん」
と大きな足でドスンドスン地団駄踏みながらパオンパオンと鼻息荒くまくしたてる。
隣にいた牛は
「象はん、ホンマあんさんの言う通りや。
ーーそやそや、じぶん徳島から来たんやろ。徳島の山狸やったら「借耕牛」ぐらい知らんはずはないわな。毎年毎年飼い主の人間どもに追い立てられ、農繁期の香川まで出稼ぎに行かされて。香川じゃ借り主の人間にガリガリに痩せるまでこき使われて、挙げ句借り賃の米を山のように担がされて険しい峠越えさせられて。ほんまにほんまに象はん馬はんの言う通りじゃ。
だいたいじぶんら狸かて、
♪センバ山には狸がおってさ、
それを猟師が鉄砲で撃ってさ、
煮てさ、焼いてさ、食ってさ、
それを木の葉でちょいとかぶせ♪
なんてモー散々な歌われようやないか!」
とゲップをしこたま頭からかけられてもうて、うち往生したわホンマ。
22回23回24回と無得点で、試合は25回の表に入った。その頃には気つけに選手同士でペットボトルの水掛け合うたりして、目もあてられん悲惨な状況やった。マウンドからキャッチャーのミットまでボールが届いとるのが奇跡みたいやったわ。
周りの動物たちはというと
「頑張れ!」
「気合い入れていけ!」
「負けるな!」
と盛んに声援したり、お互いに
「いやー、暑さにも疲労にもプレッシャーにも負けず、実に感動的ですなあ」
「全くです。高校野球はこうでなくちゃ」
「今の若いもんに一番欠けているのは、こういうところなんだよ」
「全くそうです。最後まで諦めない、投げ出さない、逃げ出さない。大切なのは仲間を、勝利を信じ抜く精神面の強さですよね」
なんて涼しい顔して話っしょるんじゃ。
延長25回の裏、ついに岡山のピッチャー、ストライクが入らんようなって、兵庫が押し出しサヨナラ勝ちでようやく試合終了。
兵庫チームの校歌が流れる中、気息奄奄、茫然自失の岡山チーム。
その様子を見て、またぞろ周りの動物たちが
「あー、勝って泣き負けて泣き、が高校野球じゃないですか。今の子たちは随分まあドライですね」
「私らの頃は違いましたよ、ねえ」
「全くです」
「しかしまあいい試合を見せてもらいましたよ。限界を超えて力を振り絞ってね」
「これだけ感動したのは、ほんとうに久しぶりですよ」
「イヤ実にすがすがしい」
「明日の兵庫と東京の対戦が楽しみですな」
などと口々に並べはじめるけん、うち、とうとうぶち切れてもうて、その場で一番センター谷一ミヨに変化(へんげ)して、バットでそこら中ぶん殴って…
ヤバい! 徳島県立太刀野山農林高校野球部卒業生が甲子園で大暴れ! なんてニュースになったらどえらいこっちゃ!と思って周りを見たら…
うち、いつもの行李の中で毛布にくるまっとったんじょ。
新年早々、えらい初夢や。
それより、金時のオッサンからバイト代貰い損ねた! 悔しい!
海四はちゃぶ台に突っ伏したまま、初笑いが止まらない。
ああ、それもこれもみんな、インネンとかリンネとかいうもんか知らんけど、うちはこの先ずっと一富士二鷹三茄子の初夢には無縁なんやろな。
おミヨが長嘆息すると、海四は
「アラアラ御愁傷様」
と笑いながらおミヨの背中をぽんと叩いた。
「おなか空いたな。みっちゃん、これでも食べて機嫌直し、な?」
海四は火鉢の上に網を乗せると、実家からもらったあんこ入りのヨモギ餅を焼き始めた。
明けましておめでとうございます。
本年も徳島本町のヒプノサロンいせきをよろしくお願い申し上げます。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる