マイホーム戦国

石崎楢

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第227話:第二次桶狭間の戦い(6)

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なんという武・・・このような強さとは・・・

北条景広は既に全身傷だらけであった。
その目の前には滝谷六兵衛勝政の姿。
大刀を手に静かに景広を見つめている。

上杉軍左翼は砦へと引き返す織田・山田軍第3陣に追撃をかけるも、返り討ちにあい崩壊していた。
その最中でも景広は執拗に六兵衛に打ち合いを挑んでいたが、徐々に劣勢に追い込まれていたのである。

「北条景広殿。」
「な・・・何でございましょうか・・・」
「どうやらこの戦は我らの負けのようだ。輝虎公が既に砦まで迫っておる。」
「何と・・・!?」
六兵衛に言われるまで景広は戦局に気づいていなかった。

この御方は打ち合いながらも・・・これが真の将たる者か・・・

「もう少し来ておればな・・・」
そうつぶやく六兵衛の視線の先、遥か遠くから山田の旗印の軍勢が姿を現していた。

「くッ・・・間に合わなかったか・・・」
「そうは思わぬ方が良いかと。」
なんとその軍を指揮しているのは土屋昌続と山本菅助。
この二人が山田軍に属していることをまだ六兵衛も北条景広も気づいていない。


「元規・・・気づいたか?」
源次と権八の声に元規は目を開いた。

身体が重い・・・でも・・・生きている・・・

「懐かしいのう。ワシらと元規とはあの龍王山城攻め以来の腐れ縁じゃい。」
権八の言葉に元規は笑みを見せる。

「しかし・・・こうも目覚めに源次殿と権八殿の御姿というのが・・・」
「減らず口を叩くようになったか。義輝様のご指導の賜物か?」
「そんなところです・・・」
源次に対しそう言いながら身体を起こす元規。

ここは・・・砦か?

「気が付いたようだね? 元規さん。」
その声に元規は戦慄を覚えてしまう。

バ・・・馬鹿な・・・どうしてここにおられる?

「秀吉さん、手筈通りに行きますよ。」
「わかり申した。」
その声の主と秀吉のやり取り。

「元規さん、大丈夫・・・ここで上杉輝虎は謙信という名を名乗ることなく消えるから。」
「が・・・岳人様・・・。」
元規の目の前には岳人の姿。
その声の主が岳人であったことが元規にはどうにも理解できなかったのである。


「もう砦は眼前じゃ!!」
負傷しながらも気丈に声を上げる直江景綱。
上杉軍の猛攻である。
しかし、砦前の織田・山田連合軍は敗色濃厚でありながらも奮戦を続ける。

「待たせたのう!!」
そこに上杉輝虎率いる上杉軍本軍が姿を見せた。

勝った・・・

景綱は確信した。
それと同時に砦前の織田・山田軍は四散して逃げ惑い、砦に火の手が上がる。

これでいいのだな? 山田岳人・・・

秀吉は敗残兵をまとめ上げると清州への撤退を始める。

「藤吉郎・・・撤退だとォ?」
第1陣で唯一奮戦していた前田利家は怒りの表情。

「これでは持ちこたえている我らの立場はどうなる!!」
金森長近もさすがに激高するしかなかった。

「金森殿、どういうことじゃ!!」
そこに松倉重信と吉田兼房がそれぞれ兵をまとめて合流してくる。

「わからぬ・・・わかりませぬ!! だが、砦に火の手が上がり藤吉郎が兵をまとめて清州へと・・・」
取り乱す長近であったが、

「木下藤吉郎様から全軍清州へ撤退せよとのこと!!」
タイミングよく使者が駆け込んできた。

「くそッ・・・」
その報を受けると長近は大きく天を仰ぐのだった。

同じ頃、第3陣にも秀吉からの撤退命令は伝わっていた。

「あまりに絶妙すぎる・・・この撤退・・・」
六兵衛は首をかしげていた。
「私も違和感を覚えまする。」
敵将であるはずの北条景広も同調していた。
上杉軍の左翼は逆に壊滅状態となっており、一騎打ちで六兵衛に対し敗北を認めた景広は迷いが生まれていたのである。
そこに援軍の山田軍が姿を現した。

「およそ二千程か・・・ん?」
景広はつぶやきかけると驚愕の表情を浮かべた。

「おお・・・北条景広殿!!」
「土屋昌続殿・・・何故・・・何故・・・山田に?」
援軍の山田軍二千を指揮するのが武田家家臣土屋昌続なのである。
北条景広にとって理解不能なのは明白である。

「どういうことなのだ・・・訳わからんぞ・・・」
六兵衛も援軍派遣の報は受けていたが、その大将が武田家家臣であることが理解できない。

「ともかく我らはこのまま砦に奇襲をかけて上杉軍の背後を突きますぞ!!」
山本菅助が声を上げる。
「やっと面白みのある戦場に辿り着けたのだ。甲斐で引き籠るぐらいならこの命どうとでもなりやがれ!!者共ォォォ!! 行くぞォォォ!!」
「ウオォォォ!!」
土屋昌続の激と共に兵たちが雄叫びを上げる。

「面白い・・・面白いじゃねえか!! このまま大和に帰るのも癪だしな。」
「どうせ撤退するならば越後の龍に手痛い一太刀浴びせてからじゃィ!!」
六兵衛、そして丹波の三鬼たちも昌続の単純明快な激に同調する。
これがこの第二次桶狭間の戦いにおける最大の転機となることにまだ誰も気づいていない。
六兵衛や昌続たち当事者だけではなく上杉輝虎もそして岳人でさえも・・・


「突撃じゃァァァ!!」
斎藤朝信は兵を率いて砦の中へと斬り込んでいった。
逃げ惑う敵兵を尻目に朝信の目的はただ1つであった。

あれじゃ・・・あの・・・大筒・・・あれを我らが手にする。
殿の覇道が確かなモノになるのじゃ・・・

「砦の火を消せ!!」
直江景綱が声を張り上げて兵たちに指示するも

「直江殿、このような砦は張子に等しい。こだわる必要はあるまい。」
「斎藤殿、敵の兵力は健在ぞ・・・」
朝信と景綱は睨み合う。
そんな中で砦内に上杉軍が次々と突入していく。

何じゃ・・・この違和感は・・・

上杉輝虎は砦内に入っていなかった。
しばらく考え込むと突然目を見開いて大声で叫ぶ。

「兵を退けィ!! 砦から兵を退けィ!!」

しかし、砦内は上杉の兵で溢れかえり統率が取れなくなっていた。
この戦の苦戦ぶり、その末に掴んだ勝利というものが将兵たちの心に達成感と安堵感をもたらし、完全に緊張の糸が切れていたのである。
そして空には突然の雨雲。

「単純だよ・・・人の心を読めば・・・」
森の中に潜んでいる岳人が呟く。
「そろそろ動かれるか?」
青彪とその配下の青装束の集団が岳人の背後に控えていた。

「雨が降り出してからだよ。桶狭間には雨が似合う。そんなもあるしね。」
「伝説とは・・・?」
「まあいいじゃん。は本当に雨だ。伝説が真実に変わるってこと。」

よくわからないが・・・やはり山田岳人は全てを知り得る者、我らが求めるあの御方にふさわしい

青彪はここで改めて岳人への忠誠を誓うのであった。


「水冥殿・・・驚きしかないぞ。」
黒田官兵衛考高は目の前で行われている儀式が信じられなかった。
岳人の配下となった水冥という男が雨雲を呼び寄せているのである。

「妖術と思っても構わん。だがな、いつも成功するとは限らんぞ、軍師殿。」
「成功されても困る。人がこのような・・・このようなことを・・・」

岳人とは違う森の中、官兵衛と水冥のやり取りを見つめる緑霊。

水冥・・・岳人様に重用されることを望むか・・・
だが、我らと貴様らは辿り着く場所は同じでも往く道は異なる。

その配下の緑装束の軍団は変わった形の鉄砲を手にしている。
緑霊は笑みを浮かべると官兵衛に声をかける。

「軍師殿、上杉は強兵ばかりのようだが、戦えるのか?」
「・・・ふざけるな・・・」
官兵衛の口調が変わった。表情も一変すると刀を抜いて緑霊を威嚇する。

「なるほど・・・失言であった。軍師殿、無礼を謝ろう。」
「私とていつも抑えられるわけではない・・・。」

なるほど・・・単身で大友宗麟を襲ったのは嘘ではないということか・・・
これは嬉しい誤算だ。

緑霊は官兵衛に頭を下げると再び笑みを浮かべるのだった。


そろそろか・・・

赤龍は赤装束の集団を率いて音も無く森の中を動いていた。

ダルハンたちの真価を見定めようではないか・・・

火の手が上がる砦を見つめると大きくうなずいた。


突然の轟音が砦内に響き渡る。

「ウワァァァァ!?」
「ギャァァァァ!!」

城内に置き去りにしてあった大砲が次々と爆発していく。
更に爆音と共に地面から幾つもの火柱が上がっていく。
上杉軍の兵たちは焼け死ぬ者、逃げ惑う者で完全に収拾がつかなくなってしまう。


「Би хүн бүрийг алж байна!!」
砦内からダルハンたちが姿を現した。
逃げ惑う上杉軍の兵を蹴散らしながら、砦を出て上杉輝虎の本陣へと突撃をかけていく。
それと同時に雨が降り出してきた。
更に突風も巻き起こる。

「勝利は我らにあり・・・」
ダルハンたちを追い越して白装束の集団が現れると次々と鉄砲を撃ちまくる。

「馬鹿な・・・くそゥ!!」
斎藤朝信が単身で白装束の集団を次々と斬り倒していく。

「・・・凄まじき武人よ・・・」
そこに白虎が姿を現した。

こやつ・・・何という佇まいぞ・・・

そんな中で青装束、赤装束、緑装束の集団が次々と姿を現すと上杉輝虎の本陣めがけて突撃していく。
朝信は白虎を前に動けなくなっていた。

これは・・・動けん、ヘタすればワシが死ぬ・・・死んでは殿を助けられん。
こやつを討つしかない・・・
誰か・・・誰か、殿を守ってくれ・・・


「なるほどな・・・」
上杉輝虎は全てを察したかのように落ち着いていた。
周囲を護衛の兵たちが守っているが

には手も足も出まい・・・

そして本陣へと青装束の集団が乗り込んできた。
その真ん中に立つ一人の若武者を見ると上杉輝虎は大声を張り上げる。

「山田岳人ォォォ!! よくぞ、来られた!!」

岳人は静かに微笑むと槍を構える。

上杉輝虎さん・・・超えさせて貰うよ。」

雨足は強くなり、まるで嵐の中、岳人と上杉輝虎が対峙する。
第二次桶狭間の戦いの結末はどうなるのであろうか・・・

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