マイホーム戦国

石崎楢

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第228話:第二次桶狭間の戦い(7)

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上杉輝虎の姫鶴一文字が鮮やかな太刀筋を描く。

「!?」
槍を真っ二つに折られた岳人は飛びのいて躱すも冷や汗をぬぐっていた。

強い・・・これは今までの誰とも違う・・・別格だ・・・

「どうした? この程度でワシを超えるとは片腹痛いわ!!」
輝虎はそう言うと青彪を見る。

「何とも大きな御方よ・・・上杉輝虎。」
青彪は十文字槍を構える。

「ふむ・・・我が主義に反するが加勢するぞ、青彪。」
そこに緑霊が生首を片手に姿を現した。

「・・・何ということを・・・」
輝虎は憤怒の形相に変貌する。
その首は直江景綱のものであった。

「名将も戦場に立ち続ければいずれは落日が訪れる・・・。」
緑霊はそう言うと景綱の首を本陣の片隅に置いた。

「貴様ァァァ!!」
輝虎は一瞬で間合いを詰めると緑霊を斬る。

速い・・・!?

緑霊はその一撃を辛うじて長刀で弾き返す。

「ならば・・・」
青彪が十文字槍を振るって加勢する。
しかし、輝虎は逆に青彪に飛びかかっていく。

「さすが・・・」
青彪は輝虎の攻撃を防ぐと大きく飛びのいた。

「なるほど、上杉輝虎は上泉伊勢守信綱と同等ということか・・・」
その時、血まみれの白虎が片足を引きずりながら姿を現す。

だ・・・誰か・・・殿を・・・殿を・・・

斎藤朝信は白虎を食い止めることが出来ず、深手を負って倒れていた。

「なるほど・・・我が天運尽きる時か・・・ワハハハ!!」
突然、笑い出した上杉輝虎に岳人は驚く。

「さあ・・・この首を取るがいい。タダではやらんがな!!」
その圧倒的な威圧感に青彪、緑霊、白虎までも思わず息を飲んでしまう。

「岳人様、お前たち・・・何を躊躇しておる?」
そこに赤龍がやってきた。
ダルハンたちもその後から姿を現す。

この者達個々が相手でもワシが勝てるとは限らん。本当にこれまでじゃ・・・

輝虎は覚悟を決めると座り込んだ。

「自刃されると・・・?」
「ワシは誰の手にもかからん。」

岳人の言葉にうなずく輝虎。
遂に上杉輝虎の最期の時が訪れる。
そのはずだった・・・
そのはずであったが、完全であったはずの岳人の計算が狂った。


「大変じゃァァァ 山田の援軍が突撃してきますぞォォォ!!」
本陣に逃げ惑う上杉の兵たちがなだれ込んでくる。

「!!」
そのわずかの隙を突いて上杉輝虎は逃げ出した。
赤龍たちが追いかけようとするも

「殿、御無事で何より・・・」
「弥次郎か!!」
そこに立ちはだかったのは本庄繁長。

「隙を伺いつつ、殿を御助けするつもりでしたぞ。」
「景持・・・忠義に感謝するぞ。」
甘糟景持が部隊を率いてやってくる。

「先程は不覚を取りましたが、まだまだ殿を守れますぞォ!!」
「弥太郎・・・すまぬ。」
小島弥太郎が、直属の強兵たちを従えてやってくると、輝虎を守りながら撤退していく。

元より兵の数が違う・・・奇策にてを討ち取るしかなかった。
これでは・・・

岳人は思わず頭を抱える。

それに援軍だと? 山田の援軍? もう自由に動ける将は父さんの下にはいないはず・・・

そこに声をかけてくる者がいた。

「山田の若君ではありませぬか?」
その者の顔を見ると岳人は思わずたじろいでしまう。

「土屋昌続・・・さん・・・」
「山田の若君が御出陣されておられるとは・・・これでの逆転勝利ですな!!」
能天気な昌続に圧倒される岳人。

何故・・・何故・・・武田の土屋昌続がいるんだ?

「若君・・・岳人様・・・何故、ここにおられる?」
更にもう一人の男、岳人がこの戦場で一番顔を合わせたくない男が姿を見せた。

「六兵衛さん・・・」
「今回ばかりはさすがの私も納得いきませぬぞ。」
六兵衛はそう言うと岳人の側を離れて緑霊のもとへと向かう。

「滝谷六兵衛勝政・・・決着をつけるか?」
緑霊も不完全燃焼であったため、闘気を放ちながら六兵衛へと向かっていく。

「相待たれよ!!」
しかし、戦うことはなかった。
それを止めたのは清州へ撤退したはずの秀吉。

「木下藤吉郎秀吉殿、若君、全てお聞かせ願おう!!」
六兵衛は憤慨しながら叫ぶのであった。


夜が明けて残骸と化した桶狭間の砦。
上杉軍は完全に撤退していた。

「藤吉郎ッ!!」
利家が秀吉を殴り倒す。

「こうでもせねばこの戦いは負けておったぞ・・・」
秀吉は苦痛に顔を歪めながら立ち上がる

「信義はどうなる?」
「負けては信義もなかろう・・・」
「クソがァァァ!!」
利家は泣きながら秀吉を殴り続ける。

坂井様・・・武藤舜秀殿・・・浮かばれんぞ・・・このような勝ち方で・・・

「全ては上杉輝虎を僕の手で討つ為だった。この日ノ本の隅々まで山田岳人の名を知らしめるためにね。」
岳人は六兵衛に言う。

「そのために全てをたぶらかしたと?」
「・・・僕の計算は完璧だった。三好長免、そして偽者とはいえ、信長を討った。力を失った武田信玄、求心力のない北条、もちろん毛利も四国も九州も眼中にない。残るは上杉輝虎ぐらいだ・・・。だから時間をかけて混沌を創り上げたんだ。しかしね、イレギュラーが起こった。まさかの援軍だよ・・・逆に言えばどうしてくれるってヤツだ。」
「若君・・・美濃はどうされる?」
「もういらない。」
「国は・・・国は物ではございませぬ・・・」

岳人の態度に六兵衛は怒りを通り越して立ち尽くす。

「秀吉殿は悪くはございませぬ。窮地のところを若君が策に乗じたのみ。元より根回しなどございませぬ。」
官兵衛が秀吉を殴る利家をなだめた。

「こうするしかなかったのじゃァァァ!!」
秀吉は地面を殴りつけながら叫ぶ。

「ワシは信長様にはなれぬ。あのような圧倒的な強さなどない!! 上杉輝虎は信長様と同じぞ!! どのようにして勝つ? 大輔殿の兵を・・・勝政殿のお力、畿内の、伊勢の・・・これ以上血を流させるわけにはいかなかったのじゃァァァ!!」
そんな秀吉に蜂須賀小六正勝が歩み寄る。

「藤吉郎・・・誰も悪くはない・・・悪いのはこの乱世よ。」
「乱世を作りだしたのは人ぞ・・・」
「藤吉郎・・・少し休め・・・」
正勝は秀吉を連れてその場を立ち去った。

「若君、一度畿内に戻られよ。殿とじっくり語り合われるべきかと。」
「それは無理だ。」
「何故に?」
六兵衛は平静を装っていたが、内心では混乱していた。

岳人様・・・どうしてこんなに変わられた?
あの頃の・・・宇陀での日々をお忘れか?

「僕・・・いや・・・私は私のやり方で日ノ本をまとめていきたいからね。」
「それでは殿とぶつかりまする!!」
「私は父さんとは戦いたくない。でも、いずれは父さんの後を継ぐ。そのときまで待つよ。」
「何をして待たれる?」
「東国が不明瞭だから私がまとめあげておく。」
「どのようにして?」
「想像に任せるよ。」

岳人はそう言うと背を向けてその場を立ち去ろうとする。

「どこに行かれる?」
「そうだね・・・信濃・・・木曽辺りかな。」
「なんと・・・」
「美濃の兵が木曽を攻め落としているか、降伏させているころだろうからね。空っぽの美濃は父さんにあげるから。」
「なんということを・・・これは殿への謀反に等しいですぞ・・・」

六兵衛は思わず刀の束に手をやる。

「斬るの?」
「斬れるわけがありますまい・・・岳人様を・・・私が・・・岳人様を・・・」
六兵衛はそう言うとひざまずいて涙を流す。
その言葉を聞いた岳人は足を止めた。

「・・・私も六兵衛さんを斬りたくない・・・できればずっと共に歩んでいきたいとさえ思う。」
そして振り返ったその顔は涙で溢れていた。

あれ・・・なんだ・・・涙が止まらない・・・

岳人は思わず取り乱す。
宇陀での日々、大和での日々が走馬灯のように浮かんできていたからであった。

「その・・・その御心があれば・・・」
「でも、私は決めたんだ・・・この乱世のその先を・・・更にその先を変えるということをね。父さんが変えようとしていることより、もっと素晴らしいこの国の未来を描くためにね。」

再び六兵衛に背を向けると岳人は歩き出した。

勝政様・・・

官兵衛が六兵衛を見る。

頼む・・・黒田官兵衛孝高・・・

六兵衛の心の声が届いたかのように官兵衛は大きくうなずくと岳人の後を追うのだった。


この戦いにて捕虜となっていた登坂藤右衛門清長、新津勝資は解放されると、三河へ落ち延びた上杉輝虎の下へと馳せ参じた。
しかし、北条景広は山田軍へと降ることを決めていた。

「殿はお強い。だが、乱世を平定する御方ではない。」
景広は土屋昌続に言う。
その傍らでは元規も話を聞いていた。

「ワシはずっとあの時から迷っていた。あの美佳姫の婿取りからな。」
景広はそう言うと穏やかな表情を見せる。

「まるで憑き物が取れたかのような顔だな、北条景広殿。」
「おぬしもな・・・土屋昌続殿。」
「私もこのまま山田家に仕えようと思っておる。」
「そうか・・・」

生きてて良かった・・・このお二人が加われば我らは更に・・・

元規は嬉しそうに二人を見つめるのだった。


こうして第二次桶狭間の戦いは織田・山田連合軍の勝利で幕を閉じた。
しかし、その裏側で・・・


信濃国木曽福島城。
ここに美濃からの山田軍が入城していた。
上杉の守兵を追い出した城主木曽義昌が抗うことなく開城したのである。

「だあああッ!!」
岳人の子である大輝が大広間内を走り回る中、稲葉重通、貞通兄弟と義昌が対面していた。

「なるほど・・・山田の若君はそこまでの御覚悟があるということか・・・」
義昌は腕組みして考え込んでいる。

「いずれは信濃一国を丸々義昌殿にお任せしたいということです。」
稲葉重通は鋭い視線を義昌に向ける。

「そうだな・・・抗ったところで何の利点もない。それにむしろ山田岳人殿の描く日ノ本の未来というものに心惹かれるものよ。」
義昌は笑みを浮かべると立ち上がった。

「酒じゃ酒じゃ・・・宴の準備をいたせィ!!」

そんな木曽義昌の姿に重通は大きくうなずいた。

我らも同じ・・・岳人様の野望はある意味で毒に等しい。
それを浴びて我ら兄弟・・・
そしてその毒に拒絶反応を示すだけの者たち・・・

重通の脳裏には氏家直昌、安藤定治たちの姿が浮かんでいた。

「兄上はどこまで殿(岳人)についていかれるおつもりか?」
稲葉貞通が問いかける。

「必要とされなくなるまで・・・」
「なんと・・・」
「大丈夫だ。我らが忠誠を尽くす限りは・・・そういう御方よ。・・・というか若君・・・待たれよ!!」
重通は笑顔で答えると走り回る大輝を追いかけるのであった。


こうして岳人は第二次桶狭間の戦いの裏側において、無傷で信濃に進出を果たしていたのである。
そして、ここから日ノ本は更なる混沌へと陥っていく。
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