マイホーム戦国

石崎楢

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第69話:大和合戦(1)北田原の戦い

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河内国から大和国へは生駒の山々がそびえ立つ故に山越えが待ち受けている。
十三峠を越える十三街道、暗峠を越える暗街道・・・。
距離的には最短ではあるものの急峻であり、行軍には困難なルートである。
故に、標高の低い清滝峠を越える清滝街道、大和川沿いを抜けていく奈良街道が重宝された。

1567年5月20日、三好長免率いる一万五千の軍が清滝峠を越えて大和国に進軍してきた。
それに対し、既に山田軍は対策を講じていた。

「清滝街道を北田原から東進してくるはずだ。」
岳人は三好長免の軍が移動に時間がかかることを踏まえて、最短距離で多聞山城へ進軍するだろうという予測を立てていた。

北田原付近の小高い丘陵地帯には山田軍による砦が幾つも建てられていた。
その砦群を指揮を一任されている鳥見俊英は進軍してくる三好長免の軍を見つめて嘆息する。

一万五千とは聞いていたが・・・想像以上だな。

まだ齢十八の若武者である俊英は自分の両頬を叩き気合を入れる。
元々は剣の腕を磨くために柳生家に弟子入りをしたが、そこで景兼と出会った。

私はあの疋田景兼の弟子なのだ。

そこで剣の才と軍略の才を見出されて弟子となった。
景兼が山田家に仕官した後は若くして諸国を放浪し、剣の腕と様々な兵法を学んできた。
そして柳生で療養していた景兼と再会し、今に至る。

「絶対に死ぬな・・・逃げて逃げまくれ。」
景兼からの命令はそれだけだった。

逃げますって・・・でもタダで逃げるわけにもいかないでしょうが!!

覚悟を決めた俊英は各砦に指示を送った。


「ほう・・・幾つもの砦が見えるぞ。」
行軍の先頭を務める三好家家臣篠原長房は前方の丘陵地帯から狼煙が上がっているのを見つめていた。
そこに後方から使者が駆け込んできた。
「どうした?」
「三好長免様から戦の露払いとして、あの砦群を落とすようとのお達しです。」
「相分かり申した。」
長房はそう答えると天を仰いだ。

くだらん・・・あのような砦群など捨てておけば良いものを・・・

自らの軍から各砦の攻略に百ずつ兵を向かわせた。

わずか十足らずの砦群、あの程度の砦なら兵は三十もおるまい。
そんな長房の考えに対し、俊英は向かってくる三好軍を見て笑みを浮かべた。

舐めてるね・・・この砦は麓まで全てが砦なんだよ・・・

三好軍の兵が砦の麓の門や柵を壊し侵入してきたときだった。

「うわッ!?」「なんだ!?」
次々と落とし穴に落ちていく兵たち。
進もうにも次々と落とし穴が現れ、ただ落ちていくだけである。
深い落とし穴であり自力で這い上がることができない。

「なんだ・・・何が起こっている!?」
篠原長房は三好軍でも歴戦の強者であり、数々の戦を戦い抜いてきた。
それ故に兵力差からくる油断が生じていた。

陥穽の計・・・。

俊英が右手を上げると兵たちが弓矢を準備した。
「火を放て!!」
そして兵たちは矢に火をつけて次々と放っていく。

落とし穴の上や中には油に浸した落ち葉が敷き詰めてあり引火して燃え上がる。
その光景に俊英は思わず背を向けた。

長房はその光景を目の当たりにして憤怒の表情で叫んだ。
「全軍、突撃じゃ・・・助けられる者は助けるのじゃ!!」

篠原長房の残りの軍およそ三千が一気呵成に攻めあがってくる。
その圧倒的迫力に俊英は気圧されつつも
「丸太落とせ!!」
その指示で狼煙が上がる。
全ての砦から次々と火のついた丸太が転がり落ちていく。

「ギャアッ!!」「うわッ!?」

三好軍は次々と転がり落ちて来る燃えさかる丸太の前に大混乱となっていた。
その光景に篠原長房は言葉を失う。

「退却するぞ・・・全力で逃げろォ!!」

俊英の指示でもう一度狼煙が上がった。
それを合図にして砦群から一斉に山田軍の兵たちが退いていく。
死に物狂いで逃げ出す兵たちの姿に安堵しながら俊英は再び三好軍を見据えた。

長房は一際大きい砦に一人の騎馬武者が立っているのを見つけた。

なんだ・・・あの者は?

「我こそ、山田家軍師疋田豊五郎景兼が家臣の鳥見俊英なり!!」
手にした槍を天高く突き上げる。

「この首が欲しくばかかって来い!!」
そして俊英は単騎で丘を駆け下りてくる。
「拙者が!!」
その様子を見て一人の騎馬武者が三好軍から飛び出してきた。
槍を振りかざし凄まじい勢いで俊英めがけて襲い掛かってくる。

「我が名は篠原長房が家臣・・・!?」
言いかけた時に俊英が槍を投げつけてきた。
慌てて槍を弾いた瞬間、
「!?」
その三好の騎馬武者の首が宙高く舞い上がっていた。
俊英は血の滴る刀の切っ先を篠原長房の方に向けると、馬首を転じて再び丘を駆け上がっていく。

「追えィ!!あの者を討ち取った者には禄を与えるぞォ!!」
長房が声を上げるも
「待たれい・・・これ以上は無意味!!」
声をかけて歩み寄ってくる一人の武将、三好家家臣池田勝正。

「既に砦はもぬけの殻。まんまと策に嵌ったということ。篠原殿らしくないですぞ。」
勝正の言葉を受けて長房は行き場のない怒りに震えていた。

三好長免の命に従っただけだ・・・それが池田からのこの恥辱に・・・
ワシが悪いのか・・・違うだろうが・・・

そんな三好長免は篠原長房の兵の犠牲を気にも留めず、もぬけの殻となった砦群を占拠したことに満足していた。

「ここの砦を中心に陣を構えるぞ。ここを足掛かりにじわじわと山田を攻めることとするかのう。」
砦の上から古の平城京方面を見つめる長免であった。


富雄川ぞいの長弓寺。本多正信が三百の兵で陣を敷いていた。
ここに北田原から逃げてきた鳥見俊英とその手勢が合流してきた。

「ようやった俊英!!」
「はッ!!」
正信は俊英をねぎらうと本陣を離れて富雄川沿いに立った。

松平を離れ、松永を離れ・・・今は山田か。
思いもよらぬ流浪の日々よ。

ふと脳裏によぎる一人の男の姿。

三河が恋しいか・・・家康様が懐かしいか・・・

そこに空から一羽の鷹が舞い降りて、正信の右腕に乗った。
「センカイか・・・ご苦労。」
千之助の鷹であるセンカイが書状を届けに来たのだった。
その足に結び付けられた書状を受け取るとセンカイは再び天高く舞い上がっていった。

「ほう・・・さすが若君。」
書状を読むと正信は思わず笑みを浮かべた。

穏やかな殿と才気あふれる若君か・・・ここの居心地は悪くないのだよ。
だから私はここで戦うのだ。


山城国木津城。
ここに北畠家からの援軍が到着した。
重臣鳥屋尾満秀率いる三千の兵である。

「鳥屋尾殿、遠路はるばるご苦労でございます。」
清興は平伏する。
「島殿、頭をお上げくだされい。これはワシが大御所様にお願いしたことなのじゃ。」
満秀は六兵衛の肩に手を置くと話を続ける。
「度々山田家と戦場を共にしておったら、どうにも肩入れしてしまうぞ。」
「本来は太り御所が自ら兵を率いると息巻いておられましたが、我らにお任せください。」
満秀の隣にいる若武者が口を開く。

「あッ・・・非礼をお詫びいたします。拙者は北畠家家臣大宮含忍斎が子の大宮景連と申します。」
その若武者大宮景連は平伏した。
「私は山田家家臣で木津城城主の島清興だ。よろしく頼む。」
「はッ!!」
景連の顔は喜びに満ち溢れていた。

山田家の並居る剛の者の中でも特に名高い島清興・・・。
その武を目の当たりにすることができるのだ。


同年、5月25日。
「出陣じゃ!!」
岩成友通の声が響き渡る中、勝竜寺城から三好軍が出陣していった。
大和国内に三好長免が進軍を開始したことに合わせ兵力を増強しての出陣。
岩成友通、三好長虎の両軍合わせて八千の兵に更に摂津からの援軍二千、計一万の兵で南下をし大和を目指すのだった。


三好三人衆の岩成友通も動いた。
しかし、この『大和合戦』においては序章にすぎないのであった。
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