マイホーム戦国

石崎楢

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第91話:尾張からの脱出

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山田家が婿選びというイベントで盛り上がっている頃、尾張の国勝幡。
ここにはかつて信長生誕の地とされる勝幡城が在った。
清州城に信長が居城を移した際に廃城となったこの地に潜む者たちがいた。

「まだ帰ってこないのか、小一郎は。」

廃墟となった勝幡城の土蔵の地下に秀吉たちは潜んでいた。
神戸具盛のもとに、使者として送った木下秀長が戻ってこないことに秀吉は不安を覚えていた。

「このままでは尾張は偽の父上の思うがまま・・・。」
信長の長男である織田信忠は悔しさを滲ませながらつぶやく。
地下牢の井戸で見た信長の死体に胸を痛めていた。
やつれきったその姿を前田利家は見つめながらため息をつく。

佐久間信盛の謀反とは思えぬ・・・確かに殿のは事実だ。
あのとき俺と藤吉郎を牢に放り込んだ殿は姿も声もまさしく織田信長だった。
しかし、井戸の中の屍も殿だった・・・。

利家は地下牢脱出の際の出来事を思い出していた。



「藤吉郎、又左・・・そして若君。これは世の為なのじゃ・・・者どもかかれィ!!」
佐久間信盛の声と共に兵たちが襲い掛かってくる。

「躊躇なしに織田の家臣である我らを切り捨てるのか・・・。」
秀吉の表情が変貌した。
襲い掛かってきた兵の槍を躱すとその脇から刀を奪い首筋に突き刺す。
そして殺した兵の槍を利家に渡した。

「ひいィィィ・・・槍の又左だァ・・・」
兵たちは利家が槍を手にすると怯えだす。

「俺たちも無駄死には御免だな。しかも若君に刃を向けるなど言語道断・・・成敗いたす!!」
利家は兵たちの中に槍を振るって飛び込んでいった。

「くッ・・・又左に藤吉郎。やはり無理か・・・鉄砲隊!!」
信盛の声と共に鉄砲を手にした兵が現れて秀吉と利家に狙いを定めようとした。
そのときだった。

「鉄砲反対!!」
という声と共に鉄砲を持った兵たちが薙ぎ倒されていく。

「小六!!」
秀吉は思わず笑顔を見せた。
蜂須賀正勝が棍棒で兵たちを殴り倒している。

「若・・・ご無事で。」
「長吉、助かるぞ。」
浅野長吉が信忠を庇うように立ちはだかり次々と兵を斬り倒していく。

「急いでこちらへ!!」
兵たちを斬り払いながら手招きをするのは秀吉の子飼いの部下である中村一氏。
「今です!!」
煙玉を次々と投げて煙幕を張るのは秀長。
秀吉たちはその隙に何とか城から逃げ出した。

その後、それぞれの家族を連れて、追手の影に怯えながら勝幡に辿り着いたのだ。



「小一郎よ、早やひと月以上にもなるぞ・・・。」
秀吉は祈るような思いであった。



その頃、秀長は神戸城にいた。
神戸具盛は腕組みしたまま考え込んでいる様子だった。
名目上だが、まだ織田と神戸は同盟を結んだままであり迂闊に介入できないのである。

そこに吉報が届いた。

「山田軍が到着しましたぞ!!」
家臣の一人が駆け込んでくる。
「おお!!」
具盛と秀長は立ち上がると共に大広間を出ていった。

「お久しぶりでございます。」
山田軍を率いるのは慎之助である。
「長滝殿、遠路はるばるご苦労であった。」
「いえ・・・神戸具盛様もお変わりがなく何よりでございます。」
具盛はかつて援軍として滝川一益を抑え込んだ慎之助が、来てくれたことを心から喜んでいた。

「長滝殿、又左兄さんからお話は伺っております。拙者は木下秀吉が弟の木下小一郎秀長と申します。」
「おお・・・木下様の・・・。早速、策を講じねばなりますまい。」
慎之助が目配せをすると山田軍の中から一人の若武者が姿を見せた。

「私は山田家軍師疋田景兼が家臣鳥見俊英でございます。」
俊英は一礼すると慎之助の後ろに下がる。

「秀長殿の代わりに木下様のもとへはこの方にお任せください。」
「拙者は山田忍軍中忍の焔の陣内。」
慎之助の言葉に合わせて出てきたのは焔の陣内。

秀長は頼もしそうな山田家の精鋭を見て目に涙を浮かべていた。


数日後、尾張国勝幡。

「拙者は山田忍軍中忍の焔の陣内と申します。」
「おお・・・大輔殿の・・・。」
秀吉たちは歓喜の表情を見せる。

「一刻も早く尾張を脱出せねばなりませぬぞ。既に木下様や皆さまは謀反人として扱われております。」
陣内の言葉に秀吉の妻ねねや利家の妻まつは思わず泣き出してしまった。

「くッ・・・私にもっと力があれば!!」
それを見て信忠は壁に拳を打ち付けて悔しがる。
秀吉と利家も断腸の思いであった。


そして夜、秀吉たちは陣内の手引きで勝幡を出発した。
山田忍軍の忍びたちが引いてきた馬のおかげでなんとか木曽川まで辿り着く。
そこで待ち受けていた舟で対岸へ渡る。
長良川も渡渉に成功したが、そこに現れたのは織田軍。

「見つけたくはなかったのじゃが・・・。」
追手を率いるのは中条家忠。

「あと一歩だった・・・無念だ・・・。」
利家は槍を構えると前に出ていく。

「俺が食い止める・・・藤吉郎、若君と女子供は絶対に逃がしてくれ。」
「・・・わかった。」
秀吉は信忠と女子供たちを庇いながら進んでいく。

「死に場所ってか・・・。」
蜂須賀正勝は笑いながら利家の隣に立つ。
「死にたくねえって。」「どう見ても中条様の兵は三百はいるぞ、無理無理。」
浅野長吉と中村一氏は諦め顔でそれぞれ得物を手にした。

「大丈夫。ここで追手とかち合うのは計算済みってことですぞ!!」
陣内のそんな言葉と共に

「又左殿ォ!!無事か!!」
慎之助率いる山田軍が揖斐川を渡渉していたのだ。

長滝殿・・・これは嬉しいぞ。

利家は額の汗をぬぐうと大きく息を吸い込み安堵の笑みを浮かべた。

「や・・・山田・・・!?」
中条家忠は驚きを隠せなかった。
こんなところまで山田軍が来ているということがにわかに信じられなかった。

「囲め!!」
山田軍五百は隊を十つに分けて闇に潜んでいた。
俊英の声と共に四方から織田軍を囲んで奇襲を仕掛ける。

「あと数刻でも持ちこたえれば援軍が来る。堪えよォ!!」
家忠が兵たちを叱咤激励しているところへ
「我こそは山田家家臣長滝慎之助。退くならば命までは取らんぞ!!」
慎之助が槍を振りかざし突撃してきた。

森可成殿を一蹴したというあの長滝慎之助・・・。
だが、退いたところで失態を責められるのが関の山・・・
ならば!!

「拙者は織田家家臣中条家忠なり!!」
家忠も槍を振りかざす。

互いに打ち合うこと数合。

「がはッ!!」

家忠は慎之助の横殴りの一撃を脇腹に受けて馬上から転げ落ちた。
そしてそのまま山田忍軍の手で捕縛される。
大将を失った織田軍は散々に打ちのめされて撤退していった。



揖斐川を舟で渡渉し、神戸家領内に入った山田軍と秀吉たちは桑名城に入城した。
神戸家家臣伊藤武右衛門が守将を務めている。

「これからどうされるのでございましょうか?」
慎之助は信忠に聞く。
「このまま北勢におっては神戸家に迷惑がかかる。」
頭を抱え込む信忠。
「長滝殿、若君共々大和にてしばらく身を隠してもよろしいか?」
「是非とも・・・殿も喜ぶでしょう。」

そんな秀吉と慎之助を横目に俊英は伊藤武右衛門に耳打ちする。

「このままでは神戸家は織田に疑われます。さすればこのように・・・」
「おお・・・なるほど・・・」



更に数日後、尾張国小牧山城。

「家忠。神戸殿に助けられたそうじゃな。」
信長が中条家忠を見つめる。その無表情さが一段と威圧感を醸し出している。

「はッ・・・木下藤吉郎共と山田軍は一旦桑名城に入城するも、守将の伊藤武右衛門が我らとの同盟を理由に拒絶。拙者はその際に助け出された次第でございます。」
家忠は震えながらその経緯を説明した。

「山田か・・・どこまでも邪魔よのう・・・。」
信長は苦虫を噛み潰したような顔で大広間を出ていった。



こうして木下藤吉郎秀吉は尾張を脱出、生きながらえることに成功した。
ただ織田家からの秀吉や利家、信長の長男である信忠の離反は大きく歴史の流れを歪めていくのである。
そう・・・この乱世の混沌はますます深まっていくのであった。

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