マイホーム戦国

石崎楢

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第98話:義秋暗殺

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京の都を背に立ち去っていく集団があった。
その中心人物は幾度となく振り返ると唇を噛み締めていた。
足利義秋が頼ろうとしているのは、正史の通りで織田信長であった。

ワシが将軍になれなかったのは山田のせいじゃ・・・
兄上が素性を明かして後ろ盾になってくれていれば・・・
劇薬かもしれぬが、織田ならば・・・織田信長ならば全てを壊してくれようぞ。



「では大輔殿。後はお任せいたしますぞ。」
「わかりました。」

私は越前に帰る朝倉義景を見送っていた。
既に蒲生賢秀も近江に帰還しており、勝竜寺城は山田家の城となっている。

「まあ我らもおるし、安心してくだされ。」
京の都に残った朝倉軍には真柄兄弟がいる。

「基本的に私は勝竜寺城におります。都の中の守りは景恒殿と信景殿にお任せいたします。」
「はッ。」「分かり申した。」

二条御所周辺に若狭武田家家臣武田信景が三千の兵を駐屯。
将軍義栄の警護を担当。
東山周辺には朝倉家家臣朝倉景恒が三千の兵で駐屯。

そして勝竜寺城に私が山田軍五千の兵を率いて入城。
三好勢力の監視役を担った。


勝竜寺城大広間では評定が開かれていた。

「殿・・・そろそろ考えを改めねばなりませぬぞ。」
景兼が地図を広げながら私に言う。
「だがなあ・・・。」
「山城国守護というのは本来はこの都の守りを担うものでもありました。脅威と思われる存在を打ち払う必要があるのです。」
「恨みがない相手にでも・・・それはできないぞ。」
「同盟国である若狭の敵は我らの敵でもあります。わかってくだされ。」

私はうつむくしかなかった。
景兼が言いたいことは、若狭武田家の脅威となっている逸見昌経のことである。
幾度となく武田家重臣粟屋勝久と組んで反乱を起こしていた。
粟屋勝久は前当主の武田義統が病に倒れてからは重臣らしく武田家のために尽くし、義統亡き後は若き当主である武田元明を盛り立てているが、逸見昌経は高浜城を奪い若狭国西部で独立したのだ。

「逸見は三好に属しております。何のためらいがありましょうか?」
「武田の領地を武田に還すということです。殿・・・よろしければ俺に任せてくだされ。」
清興も口を開いた。それを見て景兼は大きくうなずく。

「この勢いで丹波を平定したいところです、殿・・・よろしいですか?」
「え?」
思わず聞き返す私であったが、そこ現れたのは光秀だった。

「丹波を畿内に従属させるということです。」
「光秀・・・。」

「明智殿、度々すまぬ。」
景兼の言葉に光秀は笑みを浮かべると地図のある場所を指差した。

「八木城。ここは丹波国守護代である内藤貞勝の居城。」

更にもう一つの場所を指差す。

「八上城の波多野秀治。元は三好の家臣でしたが、群雄割拠のこの時代・・・。丹波国を手中に収めるべき名乗りを上げた有力なる国人です。」

そして更にもう一つの場所を指差すも光秀は神妙な面持ちであった。

「黒井城の赤井直正。赤井家当主は後屋城の赤井忠家という者だが、実質は赤井直正が率いているといっても過言ではありますまい。」

光秀の赤井直正という言葉に景兼や清興は大きく反応した。

「塩見殿から聞いている・・・。『丹波の赤鬼』と呼ばれる恐るべき男だと。」
清興は言う。
「はい、敵に回せば非常に手強いでしょうな。味方にすれば心強いでしょうが、易々と味方になるとも思えませぬな。こちらも山城国守護としての立場があるわけですからな。」
景兼は私を見た。
いつものように私を度々困らせる真剣な眼差しだ。

元々は山城国の守護は管領である細川家である。
それは丹波国も同じである。
摂津も含めて三国の守護を任されていたのが細川家であった。
しかし、先代の細川晴元の失策・失墜により没落。
現当主である細川昭元は管領にも任命されず、三国の守護も宙に浮いた状態。
そこで私が空いてしまった山城国守護の座につかされたということだ。

そして思い出す・・・。

「丹波と摂津もできれば大輔殿にお願いしたいのじゃ。」
先日、謁見した将軍義栄からのありがたくないお言葉であった。
その義栄の隣に居る頼りなさそうな若者が細川昭元。

「や・・・山田殿・・・摂津はいくらでも好きにしてくださって結構ですが、丹波はちょっと・・・。」
そんな昭元に怒りを露わにする義栄。
「昭元。そなたが戦場で槍を振るうならば構わぬが、大輔殿他の山田家が血を流して手に入れるであろう丹波を何もせずにか?」

おお・・・このひとも怒るときは怒るのね・・・

「義栄公の仰せの通りじゃ。」
近衛前久が昭元をたしなめた。

「山田大輔殿。朝臣としてみかどの為に丹波と摂津をよろしく頼みますぞ。」
更にそんな義栄の言葉が私には重くのしかかるのだった。

御所から帰ろうとした矢先に私は近衛前久に呼び止められた。

「大輔殿。摂津は構わぬから丹波は早急にお願いしたいのじゃ。」
「何故ですか?」
「銀ぞよ。」

銀・・・突然、銀とは?

「生野の銀山のことじゃ。但馬の銀山じゃ。」
「但馬まではちょっと・・・。」
「違うのじゃ。生野の銀山は確かに但馬じゃが、丹波の赤井家が掌握しておる。それを我らの手に・・・」
前久は私に耳打ちをするのであった。


いずれにせよ拒否すれば・・・幕府や朝廷の方々は天皇陛下を使ってでも私に丹波攻めをさせるのだろうな・・・。そんなこと思っていたら、家臣たちからも丹波攻めかいな!!


私は苛立ちがつのるばかりであった。

「殿・・・申し訳ございませぬ。丹波平定は山田家の為になるのです。」
景兼と光秀、清興が平伏する。

「私は・・・あまり事態を把握できてないんだけど・・・。」
それを見て六兵衛も平伏しようかと戸惑いつつ私をチラ見する。

六兵衛はいいよ・・・。

私は六兵衛にバツマークをジェスチャーすると伝わったようで笑顔でうなずいていた。


「わかったよ。丹波を平定するってことだな・・・。ただできる限りは戦わずに話し合いで解決する・・・わかったね?」

私はそう言うと大広間を出ていった。
この煮え切らない思いを押し殺しながら。
天守閣から眺める景色・・・白い雪化粧の城下町が胸を打つ。

できることならば、このまま私も真っ白に染まりたいものだね・・・

「殿・・・大丈夫?」
そこに真紅がやってきた。
「ああ、何とかな。」
私は笑みを浮かべると真紅の頭を撫でた。
「せっかく側室にしていただいたのにお抱きにもならない・・・殿らしいけどね。」
「いいじゃないの・・・これでもさ。」


こんな風に私と真紅が和んでいる間に恐ろしい事件が起こっていた。


近江国坂本付近。

「ぐわあッ!!」「ぐえッ!?」
次々と斬り倒されていく侍たち。

「ひッ・・・何をしておる・・・守れ・・・ワシを守れ!!」
狼狽する足利義秋。

目の前で護衛の侍たちの屍が転がっていた。
数人の妖し気な装束の男たちがその前に立っている。


「き、貴様ら・・・ワシを足利義秋と知っての狼藉か?」
怯えながらも義秋は刀を抜いた。

「もちろん・・・用済みの御方です。」
答えた覆面の男が刀を一閃する。

「ぐぬッ!!」
義秋は辛うじて防ぐ。

「さすが義輝の弟ね。腐っても鯛とはこのことか・・・。」
その覆面の男が蹴りを入れると義秋は吹っ飛んで倒れた。
そして義秋の上に馬乗りになると覆面を外した。

「!?」
義秋はその素顔を見ると驚愕する。

「さよなら・・・」
「うぐッ・・・」


立ち去っていく妖し気な装束の男たち。
義秋は目を見開いたまま絶命していた。
そして護衛の侍たちの屍共々炎に包まれて燃え上がっていく。

義秋を始末した覆面の男は橙色の装束を身に纏っていた。
そして振り返ると燃え上がる屍たちを見つめながら覆面を外す。

「橙火・・・少しは未練でもあったか?」
灰色の装束の男が声をかける。
「何でもないわ・・・ただずっと燃え続けて灯りにでもなればいいと思っただけよ。」
覆面を外した橙火はあまりにも美しい女であった。
その覆面を燃え上がる炎の中に投げ入れるとそのまま立ち去っていった。





こうして即位することなく足利義秋はこの歴史上から消え去ることになった。
それがこの戦乱の世にどのような影響を与えるのであろうか・・・

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