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第97話:虚構の迷宮
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1568年2月、京都大覚寺の一角。
雪の降り積もる中、虚し気な表情の男が縁側で佇んでいた。
足利義栄・・・正史上では第十四代将軍になるはずの男である。
京の都に足を踏み入れることのなかったはずだが、大和合戦における山田軍及び大和国人衆の活躍で宿願の都入りを果たせてはいた。
ただ後ろ盾はいない。
三好も畿内での衰退が著しい。
もう一人の将軍候補である足利義秋は越前の朝倉、若狭の武田を後ろ盾にしている。
もういっそのことあの男が将軍になれば良いのじゃ・・・
義秋に対しそう思っているのだが、なかなか次の将軍が決まらないままであった。
「そのようなところでじっとしておられると風邪を引かれますぞ。」
そこに一人の公家がやってくる。
慌てて平伏する義栄。
「こ・・・近衛様・・・突然のお越し・・・いかようなことで?」
「ああ・・・義栄殿が征夷大将軍になるということを伝えに来たまでよ。」
近衛家当主近衛前久は義栄の隣に腰を下ろす。
そして横目で義栄を見た。
小物とも思えぬが、義秋と大差はない・・・。
どちらにせよ、足利の時代は終わっている。
しかし、まだその名は残っている・・・その名さえも潰す。
そのような前久の胸中を知る由もなく義栄は喜びを露わにしていた。
大和国多聞山城。
「・・・ということで行ってきますよ。」
私は京の都に向かうことになった。
「父上・・・気を付けて。」
岳人とお市が心配そうな表情を見せている。
「大丈夫、今回は本能寺ではないしね。」
今回は三千の兵での上洛で、勝竜寺城付近に陣を張る。
景兼に清興、六兵衛、五右衛門と慶次を伴い万全の体制だ。
それにしてもこの時期に一体・・・何故、私なのだろう?
その経緯はよくわからないが、天皇に呼ばれて断ることはできない。
ただ薄々感じていたのはその裏に何かがあるということ。
私を本当に呼びたいのは天皇ではないということだ。
「あそこは魔物たちの住み処故にお気を付けくだされ。」
秀吉からそんな言葉も受け取っている。
大和国守護任命の際は本能寺の後ということで取り急ぎ行われた。
しかし、今回は違うだろう。
そんな覚悟を決めての上洛になるのだ。
京都二条御所。
「うぬぬぬ・・・何故じゃ・・・何故じゃァァァ!!」
半狂乱気味に暴れまわる足利義秋。
その前でただうつむいている朝倉義景と家臣団の姿があった。
「ワシよりあの義栄の方が将軍に相応しいということか・・・義景?」
「・・・。」
「答えろォォォ!!」
義秋は義景の胸倉を掴む。
「おやめくだされ。」
義景は義秋の腕を払いのけると立ち上がった。
「無念でございます。我らの宿願を果たせず無念でございます。」
「なに?」
「義秋公、私は国に帰ろうかと思っております。」
「な・・・なんじゃと・・・ワシを見捨てるのか?」
ますます取り乱す義秋。
「都には我が一族の朝倉景恒が残ります。都の防衛には抜かりはないようにしておりますが故、ご安心を。」
その義景の言葉に憤慨した義秋は、大きい物音を立てながら御所の一室を出ていった。
「山田殿にとって苦難の連続になるじゃろうな・・・。」
ため息交じりに義景はつぶやいた。
「しかし・・・本当によろしかったのですか?」
家臣の堀江景忠は義景の目をじっと見つめていた。
「織田や斎藤ならばこれを機に天下を狙うじゃろう。だが、ワシはそのような器ではない。阿君丸も幼い。それにな・・・都よりも一乗谷の方が好きじゃ。」
義景はそう言うと笑みを浮かべた。
近江国観音寺城。
大広間にて家臣団を前に六角義定は書状を読んでいた。
「ふむ・・・なるほどな。」
義定は読み終えるとため息をつく。
「それでいかような?」
六角家家臣後藤高治以下家臣団は一様に不安げな表情を見せていた。
「次の将軍が義栄公に決まった。そして・・・賢秀を近江に戻せるということだ。」
義定は少しだけ笑みを浮かべた。
「それは大きいですぞ。浅井と斎藤の不穏な動きが気掛かりでござった。」
高治も笑みを浮かべると大きくうなずく。
「ただ大輔殿が大変だろうて・・・。」
「山田様でございますか?」
義定の言葉に驚く高治。
「大輔殿が山城国守護も兼任されるということだ・・・。あの方のお人柄を考えるとどのような争いに巻き込まれるかと不安でならぬのだ。」
義定はそう言うと大きく嘆息した。
数日後、山城国勝竜寺城。
「よくぞ、ご無事に参られました。」
蒲生賢秀が私たちを出迎えてくれた。
「いやねえ・・・もう驚きましたよ。私に山城国の守護を任せるとのお話。」
「ハハハ・・・山田様ならば問題なくこなされるでしょう。」
「そうかなあ・・・。」
そんなところに一人の聡明そうな顔つきの少年がやってきた。
「父上、お呼びでございますか?」
「おお、鶴千代。この御方が山田大輔様じゃ。」
「はッ!! 拙者、蒲生賢秀が三男の蒲生鶴千代と申します。」
その少年は見るからに只者でないオーラを身に纏っていた。
「私には出来過ぎた程の息子であります。どうか山田様の側に置いてくだされますか?」
「えッ?」
「蒲生家の・・・六角家の為にもお願いいたします。」
「わかりました。」
こうして蒲生賢秀の三男である鶴千代が小姓として私に仕えることになった。
蒲生鶴千代・・・後の名将蒲生氏郷である。
1568年2月8日、足利義栄は室町幕府第十四代将軍に就任した。
それに伴い、不在であった山城国守護に私が任命されたのである。
正親町天皇との謁見では茶屋っ娘。のことが話題に上がった。
更に政情の事よりも朝廷内の困窮ぶりを伝えられた。
秀吉の予想した通りだね・・・。
私は事前に秀吉から受けていた助言通りに朝廷に献金をした。
まさかテレビのニュースなので伝えられる政治献金を自分自身がすることになるとは・・・
汚職や不祥事ばかりの政治家に払う金があるならもっと税金を安くして欲しい・・・
現代においてそんな愚痴ばかりだった私にとって苦しいものであった。
何より苦しかったのは献金は官職の為だと思われてしまったことだ。
単純に困窮した朝廷を救いたいという愛国心も届かない。
小市民であった私には理解ができなかった。
それは将軍足利義栄との謁見でも同じであった。
「山田大輔殿のおかげで畿内の秩序が保たれつつある。誠に感謝するぞ。」
献金を受けてホクホク顔の新しい将軍。
その言葉は余りにも届かないモノであった。
数日後、勝竜寺城に戻った私は疲労困憊であった。
「殿が従四位下か・・・驚くべきことだな。」
清興が私の肩を揉みながら言う。
「本当だって。大和国守護ということでなんちゃら五位とかいう官位を頂いたと思ったらね。」
「まさかな・・・あのときの困り果てたオッサンがこうなるとはな・・・。」
「あのね、六兵衛さん。オッサンはやめてよ。一応ね・・・朝臣なんですけど。」
私と六兵衛のやり取りを蒲生賢秀と鶴千代は笑いながら見ていた。
「我ら山田家の拠点をどういたしますかな? 蒲生殿が近江に帰られたら勝竜寺城に殿が残られると?」
景兼が聞いてくる。
「そうだな。朝廷の為に山城に重きを置くか否か・・・だよな。」
私にとっては大きな決断である。
大和の住みやすさは捨て難いのだ。
しかし、官位を得たということ・・・仕事上では山城に重きを置くのが筋道だろう。
「まあ・・・今はここで静観すべきだろうな。」
私はそのまましばらく勝竜寺城に滞在することを決めた。
こうして私は時代の本流に巻き込まれていくことになるのであった。
雪の降り積もる中、虚し気な表情の男が縁側で佇んでいた。
足利義栄・・・正史上では第十四代将軍になるはずの男である。
京の都に足を踏み入れることのなかったはずだが、大和合戦における山田軍及び大和国人衆の活躍で宿願の都入りを果たせてはいた。
ただ後ろ盾はいない。
三好も畿内での衰退が著しい。
もう一人の将軍候補である足利義秋は越前の朝倉、若狭の武田を後ろ盾にしている。
もういっそのことあの男が将軍になれば良いのじゃ・・・
義秋に対しそう思っているのだが、なかなか次の将軍が決まらないままであった。
「そのようなところでじっとしておられると風邪を引かれますぞ。」
そこに一人の公家がやってくる。
慌てて平伏する義栄。
「こ・・・近衛様・・・突然のお越し・・・いかようなことで?」
「ああ・・・義栄殿が征夷大将軍になるということを伝えに来たまでよ。」
近衛家当主近衛前久は義栄の隣に腰を下ろす。
そして横目で義栄を見た。
小物とも思えぬが、義秋と大差はない・・・。
どちらにせよ、足利の時代は終わっている。
しかし、まだその名は残っている・・・その名さえも潰す。
そのような前久の胸中を知る由もなく義栄は喜びを露わにしていた。
大和国多聞山城。
「・・・ということで行ってきますよ。」
私は京の都に向かうことになった。
「父上・・・気を付けて。」
岳人とお市が心配そうな表情を見せている。
「大丈夫、今回は本能寺ではないしね。」
今回は三千の兵での上洛で、勝竜寺城付近に陣を張る。
景兼に清興、六兵衛、五右衛門と慶次を伴い万全の体制だ。
それにしてもこの時期に一体・・・何故、私なのだろう?
その経緯はよくわからないが、天皇に呼ばれて断ることはできない。
ただ薄々感じていたのはその裏に何かがあるということ。
私を本当に呼びたいのは天皇ではないということだ。
「あそこは魔物たちの住み処故にお気を付けくだされ。」
秀吉からそんな言葉も受け取っている。
大和国守護任命の際は本能寺の後ということで取り急ぎ行われた。
しかし、今回は違うだろう。
そんな覚悟を決めての上洛になるのだ。
京都二条御所。
「うぬぬぬ・・・何故じゃ・・・何故じゃァァァ!!」
半狂乱気味に暴れまわる足利義秋。
その前でただうつむいている朝倉義景と家臣団の姿があった。
「ワシよりあの義栄の方が将軍に相応しいということか・・・義景?」
「・・・。」
「答えろォォォ!!」
義秋は義景の胸倉を掴む。
「おやめくだされ。」
義景は義秋の腕を払いのけると立ち上がった。
「無念でございます。我らの宿願を果たせず無念でございます。」
「なに?」
「義秋公、私は国に帰ろうかと思っております。」
「な・・・なんじゃと・・・ワシを見捨てるのか?」
ますます取り乱す義秋。
「都には我が一族の朝倉景恒が残ります。都の防衛には抜かりはないようにしておりますが故、ご安心を。」
その義景の言葉に憤慨した義秋は、大きい物音を立てながら御所の一室を出ていった。
「山田殿にとって苦難の連続になるじゃろうな・・・。」
ため息交じりに義景はつぶやいた。
「しかし・・・本当によろしかったのですか?」
家臣の堀江景忠は義景の目をじっと見つめていた。
「織田や斎藤ならばこれを機に天下を狙うじゃろう。だが、ワシはそのような器ではない。阿君丸も幼い。それにな・・・都よりも一乗谷の方が好きじゃ。」
義景はそう言うと笑みを浮かべた。
近江国観音寺城。
大広間にて家臣団を前に六角義定は書状を読んでいた。
「ふむ・・・なるほどな。」
義定は読み終えるとため息をつく。
「それでいかような?」
六角家家臣後藤高治以下家臣団は一様に不安げな表情を見せていた。
「次の将軍が義栄公に決まった。そして・・・賢秀を近江に戻せるということだ。」
義定は少しだけ笑みを浮かべた。
「それは大きいですぞ。浅井と斎藤の不穏な動きが気掛かりでござった。」
高治も笑みを浮かべると大きくうなずく。
「ただ大輔殿が大変だろうて・・・。」
「山田様でございますか?」
義定の言葉に驚く高治。
「大輔殿が山城国守護も兼任されるということだ・・・。あの方のお人柄を考えるとどのような争いに巻き込まれるかと不安でならぬのだ。」
義定はそう言うと大きく嘆息した。
数日後、山城国勝竜寺城。
「よくぞ、ご無事に参られました。」
蒲生賢秀が私たちを出迎えてくれた。
「いやねえ・・・もう驚きましたよ。私に山城国の守護を任せるとのお話。」
「ハハハ・・・山田様ならば問題なくこなされるでしょう。」
「そうかなあ・・・。」
そんなところに一人の聡明そうな顔つきの少年がやってきた。
「父上、お呼びでございますか?」
「おお、鶴千代。この御方が山田大輔様じゃ。」
「はッ!! 拙者、蒲生賢秀が三男の蒲生鶴千代と申します。」
その少年は見るからに只者でないオーラを身に纏っていた。
「私には出来過ぎた程の息子であります。どうか山田様の側に置いてくだされますか?」
「えッ?」
「蒲生家の・・・六角家の為にもお願いいたします。」
「わかりました。」
こうして蒲生賢秀の三男である鶴千代が小姓として私に仕えることになった。
蒲生鶴千代・・・後の名将蒲生氏郷である。
1568年2月8日、足利義栄は室町幕府第十四代将軍に就任した。
それに伴い、不在であった山城国守護に私が任命されたのである。
正親町天皇との謁見では茶屋っ娘。のことが話題に上がった。
更に政情の事よりも朝廷内の困窮ぶりを伝えられた。
秀吉の予想した通りだね・・・。
私は事前に秀吉から受けていた助言通りに朝廷に献金をした。
まさかテレビのニュースなので伝えられる政治献金を自分自身がすることになるとは・・・
汚職や不祥事ばかりの政治家に払う金があるならもっと税金を安くして欲しい・・・
現代においてそんな愚痴ばかりだった私にとって苦しいものであった。
何より苦しかったのは献金は官職の為だと思われてしまったことだ。
単純に困窮した朝廷を救いたいという愛国心も届かない。
小市民であった私には理解ができなかった。
それは将軍足利義栄との謁見でも同じであった。
「山田大輔殿のおかげで畿内の秩序が保たれつつある。誠に感謝するぞ。」
献金を受けてホクホク顔の新しい将軍。
その言葉は余りにも届かないモノであった。
数日後、勝竜寺城に戻った私は疲労困憊であった。
「殿が従四位下か・・・驚くべきことだな。」
清興が私の肩を揉みながら言う。
「本当だって。大和国守護ということでなんちゃら五位とかいう官位を頂いたと思ったらね。」
「まさかな・・・あのときの困り果てたオッサンがこうなるとはな・・・。」
「あのね、六兵衛さん。オッサンはやめてよ。一応ね・・・朝臣なんですけど。」
私と六兵衛のやり取りを蒲生賢秀と鶴千代は笑いながら見ていた。
「我ら山田家の拠点をどういたしますかな? 蒲生殿が近江に帰られたら勝竜寺城に殿が残られると?」
景兼が聞いてくる。
「そうだな。朝廷の為に山城に重きを置くか否か・・・だよな。」
私にとっては大きな決断である。
大和の住みやすさは捨て難いのだ。
しかし、官位を得たということ・・・仕事上では山城に重きを置くのが筋道だろう。
「まあ・・・今はここで静観すべきだろうな。」
私はそのまましばらく勝竜寺城に滞在することを決めた。
こうして私は時代の本流に巻き込まれていくことになるのであった。
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