マイホーム戦国

石崎楢

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第104話:若狭遠征へ

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1568年4月、勝竜寺城には毎日のように幕府からの使者が訪れていた。

「丹波への出兵はいつなのか?」
「義栄公は待ちきれぬご様子ですぞ。」

そんな言葉ばかりでうんざりだったある日のこと。

「殿。よろしいか?」
声をかけてきたのは清興だった。

「どうした?」
「先日、俺が将軍義栄公に呼ばれたんだけど。」

そうだった・・・先日のことだが、清興が名指しで二条御所に呼ばれたのだ。

「殿は俺が筒井家時代に左近って呼ばれていたことは知っていたよな?」
「ああ、前に清興が言ってたじゃん。」
「それが本物の左近になってしまったってわけだ。」

清興は嬉しそうな顔で小躍りしている。
それを聞いていた光秀が驚愕の表情を見せていた。

「島殿・・・もしやあなたは・・・。」
「はい、左近将監として朝臣である殿を盛り立てよとのことです。」
「驚きましたな。おめでとうございます。」

光秀に祝福されて照れる清興。
通称の島左近が島左近将監清興になってしまうのが、この歪んだ歴史の恐ろしいところだ。

「本来ならば、疋田殿や明智殿が先になるべきだと思うのですが・・・。」
「いやいや、いつも先陣を切って武功を挙げられる島殿が相応しいですよ。」

ますます鼻の下を延ばす清興。

「つきましては殿。丹波攻めの先陣は俺に任せて貰えぬか?」
「黙れ。」
「えッ?」

いつになく失辣な私の一言に清興は固まってしまう。

「貴様は朝廷の・・・幕府の犬か?」
「ワンワン。」

清興は一生懸命に私の機嫌を取ろうとベタなリアクションをするも

ワンワンか・・・サスケに会いたいな。久しぶりにモフモフしたいな。

という風に私をセンチメンタルな気分にさせてしまった。

「丹波はまだ攻めませんぞ。その代わりに若狭の武田家の仇敵である逸見を攻めるつもりです。そうですよね、殿?」
光秀が慌てて口を挟む。

「ああ・・・武田家には本能寺で岳人たちを助けていただいた恩がある。よし、清興。若狭遠征の準備をしてくれ。」
「ははッ・・・ありがたきお言葉ァ!!」

そんな清興の態度に私は思わず苦笑してしまった。
思えば宇陀時代に堺へ鉄砲を買いに行ったときがこの男との出会いだった。
六兵衛と共にこの私を武で支えてくれた大切な仲間である。

私と六兵衛、清興、五右衛門の関係を内心快く思わない人間が多いことも知っている。
楠木正虎や本田正信から私は裏でよく注意されていた。

「他の者に示しがつきませぬ。現に滝谷殿や島殿の言動を、芳野一馬以下若き者共が真似をしているようにしか思えませぬ。」

職業軍人といった風情の二人からすれば納得はいかないかもしれない。
しかし、このスタンスは譲れない。
戦国時代に生きているが、あくまでも私は私なのだから。


こうして若狭遠征の準備が始まったのである。
軍師として景兼が同行。
家臣団からは純忠と元規が副将として参陣。
大和国人衆からは箸尾家が全面協力を申し出てくれた。

「島殿・・・いや島左近殿と一度共に戦ってみたかったのです。」

早速、箸尾高春は勝竜寺城に一千の兵を率いて合流してきた。

「高春殿がおれば百人力だ。感謝しますぞ。」

武芸の達人でもある箸尾高春の存在は清興にとって心強かった。
そして何より初めての総大将という重要すぎる大役をする上で、若いながらも大和国内の動乱を勝ち続け箸尾家を守った高春の統率力を学びたかったのもある。

1568年4月17日。
筒井や十市からの増援も含めて五千の兵を率いて清興は若狭へと出発した。


「豊五郎殿。」
「・・・久しぶりだな、その呼び方は。」

遠征の最中、清興と景兼は馬上で語り合う。

「予想しておりましたか?」
「何を?」
「殿が朝臣にまで出世されたことですよ。」

清興の言葉に景兼は首を横に振る。

「大和国を一つにまとめ上げるところまでは正直言って想像できていた。ただ、これから先はどうなるかは皆目見当がつかぬ。」
苦笑いを浮かべた景兼。

「そうですな・・・。ただ俺・・・いや・・・私は殿が行けるとこまでとことん付いていきますぞ。」
「それは私も同じだ。」

そんな二人の会話を聞いているのは島家家臣櫟原小四郎。

「どうした? 神妙な顔をして。」
小四郎に純忠が声をかけた。

「いえ、平尾様。私にはこの若狭へと遠征している自分自身が信じられぬのです。」
「ほう・・・。」
「島家の家臣といいますか・・・昨年の大和合戦に参陣するまで私は生駒の櫟原郷で畑を耕していたのです。」
「そうか、島家は筒井から出奔した際に一度は家臣団が散り散りになったと聞く。」
「そうなのです・・・。」

ため息交じりの小四郎を見ると純忠はその肩をポンと叩いた。

「俺は元々は山田家の敵だぞ。秋山家の家臣だった。それが今じゃこのような立場にある。とにかく俺から言えることは、山田家においては抗わずに受け入れておけば万事上手くいく。」

そう言うと純忠は少し離れた位置にいる元規を見た。
それに気づいた元規は笑みを浮かべてうなずく。

「家臣のオマエが気負うな。島様についていけばいい・・・あの方はバケモノのように強いからな。」
「はい。」

小四郎は純忠の言葉を聞くとようやく表情を緩めたのだった。


4月25日に山田軍は若狭国武田家の居城である後瀬山城に入城した。
若狭武田家当主の武田元明の出迎えを受けたのだが、そのあまりに頼りない姿に清興たちは衝撃を受けていた。

これはどう考えても若狭国を守護できる器ではない・・・

元明が立ち去った後の大広間。
若狭武田家重臣である粟屋勝久はひたすら床に頭を打ち付けるように平伏していた。

「正直なところ、我らの先行きは見えませぬ。」

それを聞いた清興や景兼には返す言葉がなかった。

「それでもこの武田家を守りたいのです。我らに力を貸してくだされ・・・。」
「お任せください。粟屋殿。必ずや逸見を下し、若狭全域を武田家の下に。」

勝久の言葉と共に一斉に頭を下げる武田の家臣団の姿に心打たれた清興であった。


その頃、若狭国高浜城。

高浜城城主逸見昌経は既に兵力を高浜城に集結させていた。

武田よ・・・山田家を後ろ盾にするならば我らにも策があるぞ。

高浜城に集結した軍の中には『足利二つ引』の旗印が多く見られていた。
丹後国守護である一色家の家紋である。


丹後国八田守護所。

「山田め・・・逸見の次はこの丹後だろうがそうはいかぬぞ。」

丹後国守護一色義道は拳を握り締めていた。

室町四職・・・赤松氏、京極氏、山名氏と並び称されていた名門である一色氏。
しかし、衰退は著しく一時は若狭武田家に丹後の覇権を奪われていた。

次期将軍候補に義秋を擁立していたが、これも失敗に終わる。
更に追い打ちをかけるように将軍義栄によって山田大輔なる者が自分よりも上の位に就いた。

「必ず、若狭国内にて山田軍を殲滅させるのじゃ!!」



そんなこともつゆ知らずの私は勝竜寺城の天守閣から城下を眺めていた。

「光秀さん。」
「はッ・・・いかがされましたか?」

私に呼ばれて背後に控えていた光秀が前に出てくる。

「この先・・・どうすれば良いと思う?」
「・・・。」
「あまりねえ・・・敵を作りたくないのよ。なんか色々と知らぬところで私のことを憎んでいる人間が増えていそうでならないんだ。」
「殿は深く考える必要はございません。なるようになるでいきましょう。」

光秀らしからぬ答えに私は驚く。

「正直言いまして、私自身も整理できませぬ。」

私だけではなく家臣団も置かれている境遇に戸惑っていることがよくわかった。


そんな中での若狭遠征。
想像を超えた激戦が待ち構えているのだった。
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