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第124話:それぞれの年の瀬(1)
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1568年12月31日。
若狭国高浜城では清興が降りしきる雪を見つめて嘆息していた。
「寒い・・・なんじゃこりゃ。」
「あなたが守護代など信じられませんでしたが、納得ですわ。」
凍えている素振りの清興を見て笑みを浮かべている茶々。
「毎日が雪遊びじゃ!!」
「やめてくだされ、若様♪」
本丸の庭園では清興の嫡男信勝が侍女たちと雪遊びを楽しんでいる。
次に殿にあったら守護代を辞めさせて貰おう。
畿内に帰りたいぞ。
清興は強く願うのだった。
若狭から丹後へと進出した清興率いる山田軍は既に丹後での覇権を握っているに等しかった。
建部山城に立て籠もった丹後国守護の一色義道は孤立状態に陥っていた。
「どいつもこいつも返事をよこさぬ。どういうことなのじゃ。」
城内の側近たちを前にして思案に暮れる一色義道。
既に山田に懐柔されているということに気づかぬのか・・・
側近たちは呆れ顔である。
暗愚であった義道は人望に乏しく、名家の終焉が近づいていることに諦めさえ感じていた。
丹後国の政務の中心であった八田守護所は一色軍は撤退しており、山田軍の最前線を担う景兼が入っている。
守護所をじっくりと城へ改築し始めていた。
「目と鼻の先なのに歯痒いです。」
純忠は建部山城の方角を見つめてつぶやく。
目の前では焚火をしており、純忠と元規も立っていた。
「少しでも犠牲を出さずにいかねばならぬのだ。敵味方問わずにな。」
景兼の策略により、丹後の国人衆が味方になってきているのだ。
「夜になれば除夜の鐘・・・また一年が終わり、新しい年になりますね。」
元規は寂しげな表情で雪景色を眺めていた。
「宇陀に帰りたい気がします・・・疋田様、そう思いませぬか?」
そんな純忠の言葉に景兼は笑みを浮かべた。
「私の故郷は加賀。諸国をずっと叔父である上泉伊豆守様と巡ってきて今に至る。ただ殿たちとの出会いや宇陀や都祁での暮らしは格別だった。帰りたい気持ちは一緒だが・・・。」
「上泉伊豆守様の真実を掴むまでは・・・ということですね。」
景兼の言葉に付け加えるのは鳥見俊英。
八田守護所改修の普請を指揮していたが、寒さの余りに焚火に寄ってきたのだ。
「これなのだが・・・。」
景兼は懐から一枚の書状を取り出した。
『駿河今川家に上泉伊豆守が仕官されました。念のために疋田殿にご報告を。』
三河の榊原康政からの密書であった。
「それにしても今川とは・・・?」
俊英は首を捻った。
今川に仕官した上泉信綱の意図が景兼にも読めなかった。
偽物ではあるにしろあの剣の腕は紛れもなく叔父上だった・・・。
やがてその意図が解明できたときにあるべきはずの戦国時代に風穴を空ける程の出来事を巻き起こすのである。
同じ頃、丹波国横山城。
残された塩見家の家臣団をまとめながら六兵衛も年の瀬を迎えていた。
「義成。」
「なんでございましょうか?」
「侘しい年の瀬だな・・・全く。」
六兵衛と義成は横山城の大広間でたそがれていた。
「外の雪は風流ですが・・・」
「そうだな。」
また沈黙の時間が流れる。
「若狭の島殿が畿内に帰りたいらしいぞ。」
「私もです。」
胸を張って言う義成に六兵衛は苦笑いを浮かべつつ話を続けた。
「丹波を取り戻したら、誰が任せられると思うか?」
「勝政様か明智殿でしょう。」
「殿にはお前から明智殿を推薦してくれぬか?」
「・・・。」
「何故、そこで黙るの?」
「雪解けまでにじっくりと兵力を蓄えて、赤鬼退治と洒落込みましょう。」
義成はそう言うと大広間を出ていく。
本当にこのまま年を越えて春までというのはシンドイんだけど・・・
六兵衛は寒さに打ちひしがれながら悲し気な表情でうつむいた。
丹波国八木城。
内藤如安に誘われて光秀は切支丹な年の瀬を過ごしていた。
理解できないんですけど・・・
切支丹な状況に光秀は頭を抱えていた。
光秀の家臣団は参加せず、それぞれ持ち場に戻り自分たちの時間を過ごしている。
そんな中で内藤如安が声をかけてきた。
「年明けにでも但馬国守護の山名祐豊殿とお会いになられますか?」
「なんと・・・本当ですか?」
光秀は驚きの表情を浮かべた。
「山田家の動向にかなり興味を持たれているようです。」
「正直言いまして、我が殿には野心はございませぬ。丹波への出兵も朝廷の意思にそぐわぬ赤井家と波多野家に対するものであります。丹後出兵も逸見家に力を貸して我らを攻め、盟友の武田元明殿を死に追いやった一色家への報復でございますぞ。」
「いえ・・・山名は敵意がある訳ではございませぬ。」
そんな光秀に如安が言った。
「毛利の勢力が確実にこちらへと近づいております。山名が滅ぼされれば次は丹波です。それ故に私は山名と山田家が手を結ぶことを望んでおります。」
そう来たか・・・
光秀にはある程度の予測は出来ていた。
但馬の山名と播磨の赤松、備前の浦上や美作の三村・・・景兼と共に諸国に密偵を送り込み情報を得ていたのだ。
毛利への脅威は確かにあるが・・・今はそれどころではない。
「即答はできませぬ。我が主命は波多野と赤井を朝廷に降伏させること。それ以降でよろしいですか?」
「構いませぬ。」
内藤如安は頭を下げたが、その表情はニヤついていた。
我らが労せず波多野も赤井も屈服する展開は美味しいではないか。
それでいて野望もないというならば、この城も領土も安泰ではないか!!
塩見頼勝も死んだ今、下手すれば丹波国を任されるかもしれぬ。
そんな如安の心を読み取った光秀は天を仰いで大きく嘆息するばかり・・・
丹波攻めだけでは終わらない流れになりつつあることを光秀はただ危惧するのであった。
こうして丹後攻めの清興たち、丹波攻めの六兵衛や光秀たちの1568年は幕を閉じるのである。
雪も解けた新緑の頃、再び始まるであろう激戦の数々が導くものは何のだろうか?
若狭国高浜城では清興が降りしきる雪を見つめて嘆息していた。
「寒い・・・なんじゃこりゃ。」
「あなたが守護代など信じられませんでしたが、納得ですわ。」
凍えている素振りの清興を見て笑みを浮かべている茶々。
「毎日が雪遊びじゃ!!」
「やめてくだされ、若様♪」
本丸の庭園では清興の嫡男信勝が侍女たちと雪遊びを楽しんでいる。
次に殿にあったら守護代を辞めさせて貰おう。
畿内に帰りたいぞ。
清興は強く願うのだった。
若狭から丹後へと進出した清興率いる山田軍は既に丹後での覇権を握っているに等しかった。
建部山城に立て籠もった丹後国守護の一色義道は孤立状態に陥っていた。
「どいつもこいつも返事をよこさぬ。どういうことなのじゃ。」
城内の側近たちを前にして思案に暮れる一色義道。
既に山田に懐柔されているということに気づかぬのか・・・
側近たちは呆れ顔である。
暗愚であった義道は人望に乏しく、名家の終焉が近づいていることに諦めさえ感じていた。
丹後国の政務の中心であった八田守護所は一色軍は撤退しており、山田軍の最前線を担う景兼が入っている。
守護所をじっくりと城へ改築し始めていた。
「目と鼻の先なのに歯痒いです。」
純忠は建部山城の方角を見つめてつぶやく。
目の前では焚火をしており、純忠と元規も立っていた。
「少しでも犠牲を出さずにいかねばならぬのだ。敵味方問わずにな。」
景兼の策略により、丹後の国人衆が味方になってきているのだ。
「夜になれば除夜の鐘・・・また一年が終わり、新しい年になりますね。」
元規は寂しげな表情で雪景色を眺めていた。
「宇陀に帰りたい気がします・・・疋田様、そう思いませぬか?」
そんな純忠の言葉に景兼は笑みを浮かべた。
「私の故郷は加賀。諸国をずっと叔父である上泉伊豆守様と巡ってきて今に至る。ただ殿たちとの出会いや宇陀や都祁での暮らしは格別だった。帰りたい気持ちは一緒だが・・・。」
「上泉伊豆守様の真実を掴むまでは・・・ということですね。」
景兼の言葉に付け加えるのは鳥見俊英。
八田守護所改修の普請を指揮していたが、寒さの余りに焚火に寄ってきたのだ。
「これなのだが・・・。」
景兼は懐から一枚の書状を取り出した。
『駿河今川家に上泉伊豆守が仕官されました。念のために疋田殿にご報告を。』
三河の榊原康政からの密書であった。
「それにしても今川とは・・・?」
俊英は首を捻った。
今川に仕官した上泉信綱の意図が景兼にも読めなかった。
偽物ではあるにしろあの剣の腕は紛れもなく叔父上だった・・・。
やがてその意図が解明できたときにあるべきはずの戦国時代に風穴を空ける程の出来事を巻き起こすのである。
同じ頃、丹波国横山城。
残された塩見家の家臣団をまとめながら六兵衛も年の瀬を迎えていた。
「義成。」
「なんでございましょうか?」
「侘しい年の瀬だな・・・全く。」
六兵衛と義成は横山城の大広間でたそがれていた。
「外の雪は風流ですが・・・」
「そうだな。」
また沈黙の時間が流れる。
「若狭の島殿が畿内に帰りたいらしいぞ。」
「私もです。」
胸を張って言う義成に六兵衛は苦笑いを浮かべつつ話を続けた。
「丹波を取り戻したら、誰が任せられると思うか?」
「勝政様か明智殿でしょう。」
「殿にはお前から明智殿を推薦してくれぬか?」
「・・・。」
「何故、そこで黙るの?」
「雪解けまでにじっくりと兵力を蓄えて、赤鬼退治と洒落込みましょう。」
義成はそう言うと大広間を出ていく。
本当にこのまま年を越えて春までというのはシンドイんだけど・・・
六兵衛は寒さに打ちひしがれながら悲し気な表情でうつむいた。
丹波国八木城。
内藤如安に誘われて光秀は切支丹な年の瀬を過ごしていた。
理解できないんですけど・・・
切支丹な状況に光秀は頭を抱えていた。
光秀の家臣団は参加せず、それぞれ持ち場に戻り自分たちの時間を過ごしている。
そんな中で内藤如安が声をかけてきた。
「年明けにでも但馬国守護の山名祐豊殿とお会いになられますか?」
「なんと・・・本当ですか?」
光秀は驚きの表情を浮かべた。
「山田家の動向にかなり興味を持たれているようです。」
「正直言いまして、我が殿には野心はございませぬ。丹波への出兵も朝廷の意思にそぐわぬ赤井家と波多野家に対するものであります。丹後出兵も逸見家に力を貸して我らを攻め、盟友の武田元明殿を死に追いやった一色家への報復でございますぞ。」
「いえ・・・山名は敵意がある訳ではございませぬ。」
そんな光秀に如安が言った。
「毛利の勢力が確実にこちらへと近づいております。山名が滅ぼされれば次は丹波です。それ故に私は山名と山田家が手を結ぶことを望んでおります。」
そう来たか・・・
光秀にはある程度の予測は出来ていた。
但馬の山名と播磨の赤松、備前の浦上や美作の三村・・・景兼と共に諸国に密偵を送り込み情報を得ていたのだ。
毛利への脅威は確かにあるが・・・今はそれどころではない。
「即答はできませぬ。我が主命は波多野と赤井を朝廷に降伏させること。それ以降でよろしいですか?」
「構いませぬ。」
内藤如安は頭を下げたが、その表情はニヤついていた。
我らが労せず波多野も赤井も屈服する展開は美味しいではないか。
それでいて野望もないというならば、この城も領土も安泰ではないか!!
塩見頼勝も死んだ今、下手すれば丹波国を任されるかもしれぬ。
そんな如安の心を読み取った光秀は天を仰いで大きく嘆息するばかり・・・
丹波攻めだけでは終わらない流れになりつつあることを光秀はただ危惧するのであった。
こうして丹後攻めの清興たち、丹波攻めの六兵衛や光秀たちの1568年は幕を閉じるのである。
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