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第125話:それぞれの年の瀬(2)
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尾張国小牧山城。
木下藤吉郎秀吉は天守閣から美濃の方角を見つめていた。
その隣には丹羽長秀がいた。
11月に小牧山城を見事に攻略した秀吉。
年の瀬になって丹羽長秀が一族郎党を連れて美濃から脱出してきたのだ。
「あれは殿ではない。最早、別の魔物だ。」
長秀は見てしまったのだ。
隠し部屋に入る信長と謎の色付き装束の男たちの姿を。
「殿の顔が変わっていった・・・信じるも信じないも勝手だが。」
「信じるさ。何せ私と又左と若君は本物の殿の亡骸を見ているからな。」
「なんだと・・・やはり木下殿たちが裏切る訳がないと思っていたが・・・」
憤りを隠せない丹羽長秀。
「仕方があるまい。佐久間信盛様もそれを知った上でおるのだから。」
「本当か!?」
秀吉の追い打ちをかけるかのような言葉に長秀はうろたえるばかり。
「年も明け、雪解けの頃には武田が美濃に攻め入る。我らも呼応するつもりだ。」
強い決意を秘めた眼差しの秀吉であった。
美濃国稲葉山城。
信長の下に赤龍たちが集っていた。
「橙騎、久しぶりだな。」
「果心居士殿もお変わりなく。」
信長と橙騎の微妙な空気感は赤龍たちに伝わっていた。
「紫恩がやられましたが、この埋め合わせはいかがされますか?」
「灰月のヤツが・・・」
「あの御方は多分お怒りでしょう。」
相変わらず強気だねえ・・・橙騎。
黄扤はその様子をじっくりと見つめている。
「それぞれが個々に動いているが、あまり成果が見られない。」
橙騎の言葉にそれぞれが殺気立つ。
「貴様こそ焦りすぎるな。この国の侍なる者は手強いのがわからんのか?」
赤龍が語気を荒げて言う。
「こんな小さな島の中に多くの国がひしめき合っている。時間がかかるのはわかるだろうが!!」
緑霊も口を開く。
「何のために我らがこの国にいるのかを考えねばならぬ。強き者を求める理由を忘れてはならぬのだぞ。」
そんな赤龍と緑霊に対し、橙騎は今度は諭すような口調に変わった。
「そして果心居士殿。貴殿がこの国の強き者共をあの御方の下へ導いていかねばならない。」
「わかっておる。」
密談が終わった後、信長は一人天守閣から城下を眺めていた。
『くだらぬ・・・果心居士よ。この国は貴様らの思い通りにはならぬ。』
心の中に真の信長の声が聞こえてきた。
「何をぬかす・・・。ワシはこうせねばならぬのじゃ。」
『ためらっておるだろうが・・・』
「言うな・・・このような小さな国はいずれ強大な国に支配される。切支丹を見ろ。あやつらの広めた教えがこのわずかの間に日ノ本中に広まっておるだろう。」
『この国の兵は屈せんぞ。』
「・・・黙れ・・・。」
信長の言葉に真なる信長の返答はなかった。
まずはこの織田信長が日ノ本に楔を打ち込むのだ。
それによって次々と目覚めが起こればそれでいい。
だが、あまり時間がないのだぞ。
その様子を橙火は見終えると姿を消した。
和泉国岸和田城。
満足げな顔で城の普請に勤しむ楠木正虎。
ご先祖様の地である河内、そして和泉・・・殿のおかげだ。
先祖である楠木正成は河内・和泉・摂津の守護であった。
南北朝の動乱後は朝敵とされたが、やっと家門がその汚名を晴らすことができた。
その点においては弾正様に感謝はしておるが・・・
これ程・・・誇りに思えることはない。
年明けには正式に和泉国守護代となる予定を私から告げられているのだった。
河内国高屋城。
遊佐家旧臣たちの人心を掌握しつつある三好長虎。
紀伊との国境に幾多の砦を建造し、畠山への牽制を続けていた。
ワシには父のような野望も才も持ち合わせておらぬ。
だが、生まれたからには何かをなさねばな・・・。
「長虎よ。おぬしはどのように考えておる?」
三好康長はそんな長虎が気がかりであった。
「そういう康長はどうなのだ?」
「ワシは正直言えば、このまま大和で隠遁生活を送りたいぞ・・・ワハハハ。」
長虎の問いかけに答えた康長は大声で笑い出す。
「ワシはそうだな・・・義継と岩成友通をぶっ潰せばそれでいい。」
「ほう・・・。」
「畿内を一つにまとめれば反旗を翻す者共の姿が露わになるだろう。あとは殿や若君に任せればいい。」
「そうじゃな・・・。」
三好長虎と三好康長はただ淀んだ空を見上げるだけであった。
大和国多聞山城。
「え・・・マジ!?」
「ホントよ・・・。」
驚く岳人に顔を真っ赤にしているお市。
「わたしが・・・わたしがこの年でおばあちゃんになるのね・・・嬉しいやら何やら。」
朋美は戸惑うばかり。
なんとお市が妊娠したのである。
「若君に御子が・・・嬉しいですわ。」
なずなたちが喜ぶ。
みずはだけは複雑そうな表情を浮かべていたが、もみじがその肩に手を置くと静かにうなずくのであった。
この年の瀬を嬉しい知らせはすぐに勝竜寺城に届いた。
「私がおじいちゃんになるのかよ・・・。」
喜びよりも驚きだ。
「良かったですわ・・・なんで殿固まってんの?」
笑顔の真紅には私が固まっている理由がわからないようだ。
「めでたきことです。若君と市姫との御子ならばさぞかし聡明でしょうな♪」
重治も珍しく表情を崩していた。
五右衛門たちも皆喜びの声を上げてくれている。
1568年の年の瀬、なんとも嬉しい知らせで締めくくることができた。
しかし、1569年に待ち受ける試練はあまりに凄惨なものになるのである。
木下藤吉郎秀吉は天守閣から美濃の方角を見つめていた。
その隣には丹羽長秀がいた。
11月に小牧山城を見事に攻略した秀吉。
年の瀬になって丹羽長秀が一族郎党を連れて美濃から脱出してきたのだ。
「あれは殿ではない。最早、別の魔物だ。」
長秀は見てしまったのだ。
隠し部屋に入る信長と謎の色付き装束の男たちの姿を。
「殿の顔が変わっていった・・・信じるも信じないも勝手だが。」
「信じるさ。何せ私と又左と若君は本物の殿の亡骸を見ているからな。」
「なんだと・・・やはり木下殿たちが裏切る訳がないと思っていたが・・・」
憤りを隠せない丹羽長秀。
「仕方があるまい。佐久間信盛様もそれを知った上でおるのだから。」
「本当か!?」
秀吉の追い打ちをかけるかのような言葉に長秀はうろたえるばかり。
「年も明け、雪解けの頃には武田が美濃に攻め入る。我らも呼応するつもりだ。」
強い決意を秘めた眼差しの秀吉であった。
美濃国稲葉山城。
信長の下に赤龍たちが集っていた。
「橙騎、久しぶりだな。」
「果心居士殿もお変わりなく。」
信長と橙騎の微妙な空気感は赤龍たちに伝わっていた。
「紫恩がやられましたが、この埋め合わせはいかがされますか?」
「灰月のヤツが・・・」
「あの御方は多分お怒りでしょう。」
相変わらず強気だねえ・・・橙騎。
黄扤はその様子をじっくりと見つめている。
「それぞれが個々に動いているが、あまり成果が見られない。」
橙騎の言葉にそれぞれが殺気立つ。
「貴様こそ焦りすぎるな。この国の侍なる者は手強いのがわからんのか?」
赤龍が語気を荒げて言う。
「こんな小さな島の中に多くの国がひしめき合っている。時間がかかるのはわかるだろうが!!」
緑霊も口を開く。
「何のために我らがこの国にいるのかを考えねばならぬ。強き者を求める理由を忘れてはならぬのだぞ。」
そんな赤龍と緑霊に対し、橙騎は今度は諭すような口調に変わった。
「そして果心居士殿。貴殿がこの国の強き者共をあの御方の下へ導いていかねばならない。」
「わかっておる。」
密談が終わった後、信長は一人天守閣から城下を眺めていた。
『くだらぬ・・・果心居士よ。この国は貴様らの思い通りにはならぬ。』
心の中に真の信長の声が聞こえてきた。
「何をぬかす・・・。ワシはこうせねばならぬのじゃ。」
『ためらっておるだろうが・・・』
「言うな・・・このような小さな国はいずれ強大な国に支配される。切支丹を見ろ。あやつらの広めた教えがこのわずかの間に日ノ本中に広まっておるだろう。」
『この国の兵は屈せんぞ。』
「・・・黙れ・・・。」
信長の言葉に真なる信長の返答はなかった。
まずはこの織田信長が日ノ本に楔を打ち込むのだ。
それによって次々と目覚めが起こればそれでいい。
だが、あまり時間がないのだぞ。
その様子を橙火は見終えると姿を消した。
和泉国岸和田城。
満足げな顔で城の普請に勤しむ楠木正虎。
ご先祖様の地である河内、そして和泉・・・殿のおかげだ。
先祖である楠木正成は河内・和泉・摂津の守護であった。
南北朝の動乱後は朝敵とされたが、やっと家門がその汚名を晴らすことができた。
その点においては弾正様に感謝はしておるが・・・
これ程・・・誇りに思えることはない。
年明けには正式に和泉国守護代となる予定を私から告げられているのだった。
河内国高屋城。
遊佐家旧臣たちの人心を掌握しつつある三好長虎。
紀伊との国境に幾多の砦を建造し、畠山への牽制を続けていた。
ワシには父のような野望も才も持ち合わせておらぬ。
だが、生まれたからには何かをなさねばな・・・。
「長虎よ。おぬしはどのように考えておる?」
三好康長はそんな長虎が気がかりであった。
「そういう康長はどうなのだ?」
「ワシは正直言えば、このまま大和で隠遁生活を送りたいぞ・・・ワハハハ。」
長虎の問いかけに答えた康長は大声で笑い出す。
「ワシはそうだな・・・義継と岩成友通をぶっ潰せばそれでいい。」
「ほう・・・。」
「畿内を一つにまとめれば反旗を翻す者共の姿が露わになるだろう。あとは殿や若君に任せればいい。」
「そうじゃな・・・。」
三好長虎と三好康長はただ淀んだ空を見上げるだけであった。
大和国多聞山城。
「え・・・マジ!?」
「ホントよ・・・。」
驚く岳人に顔を真っ赤にしているお市。
「わたしが・・・わたしがこの年でおばあちゃんになるのね・・・嬉しいやら何やら。」
朋美は戸惑うばかり。
なんとお市が妊娠したのである。
「若君に御子が・・・嬉しいですわ。」
なずなたちが喜ぶ。
みずはだけは複雑そうな表情を浮かべていたが、もみじがその肩に手を置くと静かにうなずくのであった。
この年の瀬を嬉しい知らせはすぐに勝竜寺城に届いた。
「私がおじいちゃんになるのかよ・・・。」
喜びよりも驚きだ。
「良かったですわ・・・なんで殿固まってんの?」
笑顔の真紅には私が固まっている理由がわからないようだ。
「めでたきことです。若君と市姫との御子ならばさぞかし聡明でしょうな♪」
重治も珍しく表情を崩していた。
五右衛門たちも皆喜びの声を上げてくれている。
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