マイホーム戦国

石崎楢

文字の大きさ
199 / 238

第192話:大いなる損失

しおりを挟む
ちょうど畠山政尚の軍が高取城を攻める前の1570年4月14日。
大和国忍海に畠山秋高率いる畠山軍が差し掛かっていた。

「止まれい!!」
畠山秋高の声で進軍を止めた畠山軍。
その前方には大和が誇る二つの軍が姿を見せていた。

「筒井順慶と十市遠長の軍でございます。」
畠山家重臣甲斐庄正治はその旗印を見ると秋高に告げた。

「それでは根来の実力を見せてもらおう。」
秋高が根来衆頭目の一人である津田算正に命令するも

偉そうに・・・最早ただ名家としての誇りだけにしがみつく俗物が・・・

津田算正からは返事がなかった。
しかし既に根来衆の鉄砲隊は柵を建て始めていたのである。

我ら二千の鉄砲隊が貴様らの主力であることを忘れるな・・・

「恥辱を・・・」
畠山秋高は怒りに震えているが、誰もなだめる者もいない。

この戦いで勝っても滅びの道は変わらん。無駄な死に様が明日に繋がるということはない。
畠山家の誇りと根来衆の力の誇示だけの戦いに・・・嘆かわしい。

既に重臣の甲斐庄正治でさえこの戦いに意味を感じていなかった。


「陣を敷け・・・迂闊に手を出すなよ。」
筒井順慶は家臣団や兵たちに指示を与えていた。
既に齢21ながら風格さえ漂う姿に慈明寺順国たち家臣団は感嘆するばかり。

「山田軍が来るまでにある程度の流れを掴むべきかと。」
ただ一人進言するのは筒井家家臣中坊秀祐。
正史上で筒井騒動を引き起こす奸臣である。
歴史の改変により、既に筒井家にいないが島清興に対し、家を去った者として嫌悪感を抱いていた。

そしてこれも運命の悪戯というべきか悪い巡り合わせというべきか・・・
十市遠長は中坊秀祐の考えに賛同したのである。
やはり元々は宿敵同士ということで筒井家への対抗心は隠しきれなかった。
大和四家の長老的な越智家広の死と知勇兼備の箸尾高春の不在も大きかった。

「順慶殿。吐田や楢原、布施城の布施行忠殿、高田城の高田当次郎殿も動いて四方から攻め込めば戦果は得られますぞ。」
十市遠長は順慶に進言する。

「根来の鉄砲隊は危険。攻めるより守るべき。今、清興殿が兵を率いてこちらに向かっておる。それまで兵を減らす訳にはいかぬと思うが・・・」
森好之は順慶の代わりにそれを拒む。

「戦略こそ我らの強み。山田家と共に戦って学んだことを生かすときでございましょう。」
中坊秀祐はそれでも退かずに意見を続けた。

「では我ら十市の兵は明日の夜、畠山の陣に夜襲を仕掛ける。」
そう言って筒井軍の陣を去っていく十市遠長。

これが運命の分かれ道となるのであった。


その日の夜、十市軍は陣の移動を始めていた。
越智城の方角へと移動を始める隊列が畠山秋高には見えていた。

「高取城へ向かっておるのか・・・追撃せねば・・・」
畠山秋高は家臣たちに指示をしようとするも津田算正がそれを遮った。

「いえ・・・これは我らに奇襲でも夜襲でも仕掛けようとする意図が見えますぞ。動いていない周辺の大和の国人衆と示し合わせるつもりでは・・・。」
「ではどうする?」
「動いたのは十市軍。ということは筒井軍は本陣から動いておりませぬ。ここは逆にこちらから夜襲を仕掛けましょう。我ら根来の短筒隊と秋高様の騎馬隊で奇襲をかけつつ、本軍で正面から力づくで攻め入る。」

津田算正はそう言うとニヤリと笑うのだった。


夜更け頃、静まり返った筒井軍の兵たちは突然の鉄砲の音に目を覚ました。

「何事だ!?」
「わが軍の右翼より畠山軍が夜襲を仕掛けてまいりました!!」
慈明寺順国が本陣に駆け込んでくる。

「右翼か・・・重信に迎撃させよ!!」
順慶が叫ぶも

「正面から畠山の本軍が攻めこんできますぞォ!!」
森好之も駆け込んできた。
そして次々と火矢が飛んでくる。

「火矢を明かり替わりとして・・・盾隊展開しろ!!」
しかし、そんな順慶の指揮も後手に回っていた。
次々と前の陣を打ち破っていく畠山軍。

「何ということだ・・・私のせいではないか・・・十市軍と我らを離してしまった。」
中坊秀祐は乱戦の中で奮闘していた。
そのとき銃声が轟き、その胸に激しい痛みと熱を感じながら落馬していく。

「本陣には近づけるな!!」
慈明寺順国は盾隊を本陣前に並べるとその背後に鉄砲隊を集結させていた。

「撃て!!」
射程に入った騎馬隊や足軽たちを次々と狙い撃ちしていく筒井軍の鉄砲隊。

なるほど・・・我ら以外にもこのような鮮やかな手並みの者達がおろうとは・・・

それを見ていた津田算正は感嘆していた。

火縄も使わぬ山田の銃のカラクリはわかっている。大量に作れる代物ではない。だが我らの鉄砲は違うのだ。

足軽たちを盾にした根来の鉄砲隊が反撃に転じる。
圧倒的な物量による鉄砲攻撃に筒井軍の本陣は危機にさらされていた。


「何をしているんだ・・・我らは!!」
十市軍は慌てて陣をひいて筒井軍の下に集結しようとするも、そこに伏兵の根来衆の鉄砲隊が中軍に狙いを定めていた。
激しい銃声と共に十市家の家臣団が落馬していく。

「殿を守れ!!」
森本主水介が叫ぶ中、喉を鉄砲で撃たれると声もなく落馬していく十市遠長の姿があった。

「殿が討たれた・・・なんということだァァァ!!」
十市軍は畠山軍の伏兵に襲いかかっていく。
あっという間に殲滅したが、奇襲による主君十市遠長の討死により士気の低下が顕著な十市軍は動きを止めてしまったのであった。

そして更なる悲劇が続く・・・
それは激しい銃撃戦の最中であった。

「何とか堪える・・・堪え切れば清興たちが来るのだ!!」
筒井順慶は必死に兵を鼓舞していた。
そこの一発の銃弾がその胸を貫いた。

「が・・・は・・・」
吐血しながら落馬していく筒井順慶の姿。

「仕留めたぞ・・・筒井順慶討ち取ったり!!」
その銃弾は津田算正の鉄砲から放たれたものだった。

よくやった・・・これで筒井軍も終わりじゃろうて・・・

畠山秋高はほくそ笑んだ。全てが思いのままにさえ感じていたが・・・

「ウオォォォ!!」
怒りに燃えた慈明寺順国や窪田内記たち家臣団は鉄砲にも怯まずに突撃をかけてくる。
想像以上の筒井軍の反撃に浮足立つ畠山軍。

「退きますぞ、我らの鉄砲隊に甚大な被害が出てしまう。」
「いたし方あるまい・・・大将は討ち取ったしな。」
津田算正の声と共に畠山秋高は兵を退かせるのだった。


翌4月15日、筒井軍と十市軍が再び合流したと同時に清興率いる山田軍も到着した。

「なんということだ・・・若君・・・」
清興は順慶の亡骸を見るとひざまずいてうずくまる。

「これはあまりに酷い・・・なんという損失なのだ。」
重治はそうつぶやくしかなかった。

十市家は兵は二百程失っただけであるが、当主の十市遠長が戦死。
筒井家は当主筒井順慶だけでなく、家臣の森好久、中坊秀祐も討死していたのだ。


「これでは追撃もできますまい。筒井家も十市家も此度の戦は我らの指揮下でお願い申し上げます。」
明智秀満は消沈している筒井家、十市家家臣団に声をかけるも完全に生気を失っていた。
そして畠山軍がはるか遠くまで引いて陣を構えているのがよくわかってもいた。

「半兵衛殿。根来の噂以上かもしれませぬな。」
「まともに鉄砲の打ち合いというのは避けねば・・・やはり・・・あの秘策を用いるしかないようです。」
重治は秀満にそう告げるのだった。

凄惨を極めた戦いで大和国にとって大きな損失となる筒井順慶、十市遠長の戦死。
果たして重治の言う秘策とはなんなのであろうか・・・
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...