マイホーム戦国

石崎楢

文字の大きさ
208 / 238

第201話:美佳とお市、景兼と小太郎

しおりを挟む
近江国余呉湖付近、浅井軍の砦の兵たちは信じられない光景を目の当たりにしていた。

「朝倉が・・・朝倉が攻めてきておる・・・」

朝倉軍の先鋒を担う朝倉景健率いる三千の兵はゆっくりと砦を囲み始める。

殿の御命令とはいえ、長き付き合いの浅井を攻めるというのは気が引ける。
確かに畿内にとっては従わない排除すべき存在ではあるが・・・

「砦の兵たちに降伏を勧告するのだ。」
朝倉景健はそう言うと遠く背後に見える朝倉義景の本軍を見つめていた。


「ワシは長政を何とか降伏させたいのじゃが・・・」
朝倉義景は家臣の堀江景忠に向けてぼやいていた。

「ですが、ちと長政殿はやり過ぎだったかと。市姫様の件は大輔殿だけではなく、信長亡くとも織田にも影響を及ぼすかと。」
「出来る限り迅速に、とにかく長政を降伏させる。さすれば越前にとって禍がまた一つ無くなるのじゃ。あとはワシが大輔殿に頭を下げ続ければよい。」

朝倉義景はそう言うと大きく嘆息するのであった。



その頃、近江国のとある山中の村。

「ここね・・・」
「そのようでございますな。」

姿を現した馬上の美しい女の姿に村人たちは目を疑っていた。
腰には刀を帯刀し、軽やかに馬から飛び下りるのは美佳。
従者として景兼と柳生厳勝もいる。

「失礼する。この村に京極という・・・」
景兼が言った瞬間、

「!?」
村人たちは農具を手に一斉に身構えた。

「京極などというお家柄の御方がこんな村にはいるわけねえべ!!」
「んだんだ・・・アンタ方みたいな立派ないで立ちのモンが来る場所じゃねえ!!」
口々に敵意を剥き出しにする村人たち。

「ごめんなさい。私たちは敵ではございません。都から参りました、私は京都所司代の山田美佳と申します。」
美佳が笑顔で頭を下げると

「天下の将軍様の・・・」
「な・・・なんと・・・ご無礼をォォォ!!」
村人たちは地面に額を擦り付けて平伏し始めるのだった。


「ここでごぜえますだ。」
村の長の案内で一軒の大きな古ぼけた屋敷に連れられた美佳たち。
そのときその縁側で虚ろな顔で空を見上げている男を見た景兼は刀を抜いた。

「・・・疋田豊五郎景兼ではないか・・・久しいな。」
「風魔小太郎・・・」
景兼はその男が風魔小太郎だとわかったのであったが、以前とは別人のように生気が感じられない。
再び、刀を鞘に収めるとそれを見た小太郎は少しだけ笑みを浮かべた。

「これはまさか本当に来られるとは・・・ワシは京極高吉と申します。」
屋敷の中からこれまた元気が全くない老人が姿を現す。

「こちらでございまする。」
高吉の案内で屋敷の中の一室に入ると布団から半身を起こすお市の姿。

「お市・・・」
美佳は涙を浮かべて抱きしめた。

「み・・・美佳・・・」
お市はそうつぶやくと肩を小刻みに震わせる。

「おお・・・言葉を話された・・・」
京極高吉の歓喜の声が響き渡る。

縁側に腰を下ろした風魔小太郎は安堵の表情になる。
まるで見張るかのように柳生厳勝が小太郎を睨みつけていたが、

「そちらの若きお侍さん。この方があの美しい御方を・・・市姫様を助けられたのですよ。」
それを見かねた高吉の妻お慶が厳勝をなだめた。

「どういう風の吹き回しかはわからんが、礼だけは言っておきます・・・」
その言葉を受けて頭を下げる厳勝。

「柳生の若はよく教育されているもんだな・・・」
小太郎はそう言うと再び空を見上げるのであった。


「ただいま戻りました。」
と声がしてお市たちの部屋に小法師が入ってきた。

「お義姉上様。この御子があたしを助けてくれました。」
お市はそう言うと小法師に微笑みかける。
真っ赤になって照れるその少年の姿に胸キュンになった美佳。

ヤバイ・・・将来有望じゃん。あたしにショタ属性があったとは・・・

「ありがとう・・・きみの名前は?」
そんな美佳の顔を見るとますます顔を赤らめる小法師。

「わ・・・わ・・・わたしは京極家嫡男の小法師でございまする。」
「小法師くんか♪ あたしはね、山田美佳。本当にアリガト!!」

美佳の名前を聞くと腰を抜かす小法師。

「え・・・あ・・・あの女京都所司代の山田美佳様・・・」
「有名人なんだ・・・あたしもやるもんだ♪」
美佳は嬉しそうな顔で頭を撫でるとそのまま小法師は美佳の膝に顔を乗せて甘え始めるのだった。

「これ・・・小法師。京都所司代様に・・・!!」
京極高吉は慌てふためくも美佳がそれを笑顔で遮った。

「いいんですよ。ところで京極高吉様。ご連絡いただきましてありがとうございます。それであたしの弟の岳人には連絡していないとは・・・?」
そんな美佳の言葉に、

「俺が判断した。市姫をあの男の側に置いておくのは危険だ。」
風魔小太郎が足を引きずりながらやってくる。

「待ってよ。岳人とお市は夫婦よ。」
「いいの・・・義姉上様。色々と小谷城で閉じ込められている間に知ったことがあるから・・・」
美佳を制するかのように口を開いたお市。

「あたしが死んでいる方が岳人には都合がいいのよ。色々と・・・」
そんな言葉を口にしたお市の顔を見た美佳は唇を噛み締める。

「あのバカ弟・・・今から姉川に行ってシバキ倒したる!!」
「それはダメです!!」
そんな美佳を景兼は必死になだめるのであった。



「風魔小太郎ともあろう者が人助けとは・・・何があった?」
景兼と小太郎は屋敷から出ると川沿いに佇む。
穏やかな山中の隠れ里の風情はまるで戦乱の世とかけ離れていた。
かつては栄華を誇った京極家が隠遁するには申し分がない場所だと景兼には思えたのだ。
だが、風魔小太郎にはそぐわない世界だとも感じていた。

「市姫に惚れた・・・それだけだ。」
「なんだとォ!?」
小太郎のその言葉に驚きを隠せない景兼。


1564年、上州国長野氏の領地内。

「なんだ・・・この男たちは・・・」

侵攻していた武田軍に立ち向かう男たち。そのあまりの強さに当時から天下無双と謳われた武田の兵もたじろいでしまうばかりであった。
上泉伊勢守信綱、神後伊豆守宗治、そして疋田豊五郎景兼のあまりの強さに武田軍の大将である甘利信忠も舌を巻くばかり。

「源四郎(山県昌景)や信春(馬場信春)に匹敵する男たちじゃ・・・。殺すな・・・生かして捕らえよ!!」

そのときだった。信忠に襲い掛かる一人の男。
手練れである信忠はそれをかわすと家臣団がその男に襲いかかっていくが、

「敵せず・・・」
あっという間に家臣団を全滅させたその男は返り血を浴びながら、冷たい視線を甘利信忠に向ける。

「一旦、退くぞ・・・。」

撤退していく武田軍。

「宗治・・・やれ!!」
神後宗治は上泉信綱の命を受けてその男に斬りかかる。

「おいおい!!」
瞬時に刀を抜いてその一撃を防いだその男。

「おぬしは悪そのものじゃ・・・。」
信綱はそう言うと刀を抜く。

「俺は北条の忍び、風魔忍軍頭領の風魔小太郎・・・斬れば大事になるぞ。」

日ノ本屈指の剣豪二人に挟まれながら、不敵な笑みを浮かべているその男、風魔小太郎の姿は景兼の心に強く刻まれたのであった。


そのような男がいくら日ノ本一の美女と誉高い市姫様に惚れるとは・・・

景兼には信じられなかった。

「俺も信じられないがな・・・女などはその場限りの快楽の道具に過ぎんと思っておった。しかし市姫は違った。どうにも手の届く存在ではない。だが・・・あまりに美しくあまりに脆い・・・」

そうなのか・・・

奥手な景兼には歯が浮くような台詞を並べる小太郎に対し尊敬の念さえ抱いてしまう。

「ワシはおぬしを・・・」
「いや・・・買いかぶるな。俺は悪だ。地獄に落ちるべき男。」
「・・・なんと。」
「俺には・・・許されていいかはわからんがな・・・。いや・・・永遠に振り払えぬ過去がある・・・」

そう言うと小太郎は寂しげな笑みを見せるのだった。

風魔小太郎の過去、何故日ノ本の混沌を望んでいたか・・・それが明らかになる。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...