マイホーム戦国

石崎楢

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第204話:風魔小太郎外伝 後編

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1552年、北条氏康は遂に関東管領上杉憲政を完全に打ち破り、関東における覇権を得た。
常陸国の佐竹や下野の宇都宮、安房の里見との敵対は続いていたが、その圧倒的な強さを示したことにより噛みついてくることもなかったのである。

相模国小田原城本丸館の一室。
北条氏康と風魔小太郎は酒を酌み交わしていた。

「小太郎。おぬしには本当に感謝しておる。」
「いや・・・殿のお力だ。俺は殿の書かれた道筋に沿っているだけだ。」

氏康は小太郎の顔を見るとため息をつく。

「我らは兄弟であろう。2人きりのときは殿と呼ぶのは好かんぞ。」
「俺は殿と父は同じでもそれ以外は違う。名前さえつけてもらえぬ下賤の者よ。」
「全てはこの時代のせいじゃ・・・何とかならんか・・・」

小太郎は氏康の言葉を受けると驚きの言葉を放つ。

「殿が天下を取ればよい。確かに氏綱様はこの北条家の土台を固めた。しかし殿には及ばん。領民たちに対する公事赦免令は見事だ。将軍の器だ・・・。」

氏康は小太郎のその言葉に対し首を横に振る。

「ワシには日ノ本をまとめるなど思いも及ばん。だが、こうしてこの北条の家が続いていく中で何が起こるかはわからん。もう足利は終わりじゃ。その後にはこの乱世の覇者が現れるかもしれぬ。そのときにどのような立場であってもこの北条の家が保たれる・・・それが希望じゃ。」

そう言うも氏康は嬉しかった。小太郎が自分のことを認めてくれていることを。
軍才に関していえば自分よりも父氏綱の色を濃くする小太郎を高く買っていたのだ。

「ともかく次は上杉憲政を追い詰めることではない。駿河は隙あらば伊豆を狙っておる。」
氏康は小太郎を見た。

「なるほど・・・今川義元は三河に目を向けているように見せているということか・・・」
「風魔の力を見せてくれ。」
「ああ。」


こうして風間谷に戻った小太郎。
そこに風魔忍軍総勢二百の忍びを集結させた。

「これより我らは伊豆へ向かう。」
「おう!!」

勝ち続ける日々の中で風魔忍軍の士気は高い。

「霧香、今川は手強いぞ。」
「はい。」

小太郎は霧香を抱き寄せるとそのまま奥の部屋へと消えていくのだった。


再び、相模国小田原城。

「手筈は整いましたぞ。今川が動きまする。」
氏康の弟である北条氏尭が言う。
「このワシをたばかったのか・・・氏尭!!」
声を荒げるのは憤怒の形相を浮かべる北条氏康。

「風魔小太郎はたかが忍びでありながら二百もの手練れを従えておる。その強さは我らにとっては最大の武器じゃが、諸刃の剣であるということ。あの男は危険じゃ・・・」
氏康の叔父にあたる北条長綱が促すように氏康を見つめた。

「叔父上までィ!! 小太郎はな・・・」
「わかっておる。ワシらは小太郎がはつねと兄上の子だとわかっておる。わかっておるから言っておるのだ。」
北条長綱の言葉に氏康は拳を震わせていた。

「ちと外に出る・・・」
大広間から出ていった北条氏康は暗闇の中に姿を消すのだった。


翌日の夜、亥の刻。風魔忍軍は箱根を越えて伊豆に入っていた。

「この辺りで休むか・・・」
小太郎は配下の忍びを五つの隊に分けて伊豆へ向かっていた。
それぞれが違うルートで韮山城を目指しながら、今川の動向を調べるためであった。
小太郎は霧香とともに一番最後に出発していた。
一番安全な箱根越え、完全に北条の勢力圏内。
油断するなという方が難しい状況で休憩をとる。

「何とも静かな夜ね・・・」
霧香が火を起こすと薪をくべていく。

「そうだな・・・」
火の明かりに照らされた霧香を見つめる小太郎。

綺麗だな・・・

頭によぎるのはこれから先のこと、修羅の道を歩んでいる小太郎にわずかながら見えていた光。
この女と所帯を持つのも悪くない・・・

俺は何を考えている・・・


そのときだった。

「ぐえッ!?」
風魔の忍びが一人断末魔を上げて倒れた。

「風魔小太郎か・・・その命もらい受ける。」
森の中から忍びの集団が姿を現した。

「何を生意気なことを!!」
風魔の忍びたちが反撃に転じるも

「ぐあああッ!?」
激しい炸裂音と共に次々と倒れていく。

「種子島・・・くそが!!」
小太郎は火のついた薪を鉄砲を持った忍びたちに次々と投げつける。

「ギャアァァァ!!」
火薬に引火すると爆音と共に炎に包まれていく敵の忍びたち。
しかし次々と現れていく敵の忍びたち。
まるで自分一人を狙うかのような展開に小太郎は焦りを感じていた。

何故、この行動が分かった?
俺だけを狙っている・・・? それがあまりに露骨すぎる。
先に行った廖鬼たちは大丈夫か・・・多分無事だ。
そう・・・これは罠か・・・

小太郎の周囲に残りの風魔の忍びたちが集まってくる。

「頭領、逃げてくれ!!」
「ワシらみたいな小悪党に楽しい夢を見させてくれた。アンタはここで死んじゃいけねえ!!」

そう言うと敵の忍びたちに向かって突っ込んでいった。

「お前らだけを死なせねえ。霧香?」
「はい・・・」
「俺の側を離れるな。お前だけは助けて見せよう。」
そんな小太郎の言葉に何故か動揺する霧香。だが小太郎にはその表情は見えていなかった。

配下の忍びたちが次々と命を落としていく中、小太郎は鬼神の如き戦いを見せていた。
そして敵の忍びの隊長らしき男の首を斬り落とす。

「ハア・・・ハア・・・そうか・・・」

小太郎は斬り捨てた敵の忍びの入れ墨に目をやった。

「霧香・・・どうやら伊賀者だ。今川に雇われておる連中だろう・・・」
そう言って小太郎は霧香の方を振り向いた時だった。

「!?」
小太郎の腹に小太刀が刺さっていた。

「何故・・・何故だ・・・ガハッ!?」

目に涙を浮かべた霧香の姿。小太郎は吐血するとよろめきながら大木に背もたれる。

「お許しください。小太郎様。わたしはあなたを斬らねばならないのです。」
悲しみの表情を浮かべながら小太郎へと歩み寄る霧香。

「おまえをそう仕向けたのは誰だ・・・俺を兄上は必要としなくなったということか・・・」
そんな小太郎の前で刀を抜いた霧香。その手は震えている。

「殿ではございません。それだけは真実でございます。」
霧香は刀を振り下ろした。

「霧香!!」
小太郎は無意識に刀を抜いてその一撃を防ぐ。しかし力が入らない。

「小太郎様ァァァァァ!!」
霧香は小太郎の刀を打ち払うと再び刀を構えた。

その瞬間・・・

「・・・」
死を覚悟した小太郎の目の前で霧香がまるでスローモーションのように倒れていく。
そしてその背後から現れた一人の男。小太郎には北条氏康だとわかった。

殿・・・これもよう理解できん・・・

「小太郎・・・間に合ったか・・・」
この危険な時間帯にただ一人で小太郎を助けるために追いかけてきたのだった。
残りの今川の忍びを全て斬り伏せた後に、小太郎を救うため霧香を斬り捨てたのだ。

「こ・・・小太郎様・・・あなたを討てば・・・遠き故郷の・・・家族に・・・」
霧香は小太郎の足にすがりつきながら必死に声を振り絞る。

「俺を売ったのか・・・そりゃ・・・親兄弟の為なら・・・そうだな・・・ごふッ!!」
小太郎は吐血するとそのまま大木に背もたれながらへたり込んだ。
そして息も絶え絶えの霧香の頭を撫でる。

「互いに・・・互いに・・・忍びでなければ・・・小太郎様・・・こ・・・た・・・ろ・・・」

涙を浮かべたまま動かなくなった霧香。それでも小太郎はその頬に手を当てていた。

「小太郎・・・お前を今川に売ったのは・・・」
「言わないでくれ・・・兄上。北条の家に内輪もめは要らぬ。」

そう言うと小太郎は霧香の身体を引き寄せて抱きしめる。
北条氏康は天を仰ぐと自らの刀をその大木に突き刺す。

うまくいかぬことばかりじゃ・・・クソが・・・

やがて闇の中に遠くから無数の灯火、それは廖鬼たち風魔忍軍の姿であった。



近江国京極家の隠れ里の山村。

「まあ、こんな女々しい話を天下の風魔小太郎様がするとは思わねえだろ。」
風魔小太郎はそう言って景兼をチラ見すると、

「・・・そうか・・・闇に落ちるのもわかる・・・うおおおん!!」
天下の剣豪疋田豊五郎景兼は号泣していた。

「この話には続きがあるぞ。これからどれだけ俺が悪事を働いたか・・・極悪非道の全てを・・・」
「もう良い・・・今宵は飲み明かすぞ。」
「極悪の限りを話させろ・・・話させてくれェェェ!!」

景兼は小太郎を引きずりながら京極家の屋敷へと戻っていくのだった。


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