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匠の技とピクニック

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5 匠の技とピクニック


「はぁ、はぁ。う…」
 ふと、うめき声が聞こえて目を覚ます。

「……い…やめ…」
「巫女?」
 
 畳の上で布団にくるまってる巫女がうなされてる。どうしたんだろう?
 ベッドから降りて、布団に近づく。
くるしそうな顔だ……。

「痛い、やだ……めて……助けて」
「巫女!おい、大丈夫か!?っわぁ!」

 
 肩を揺すってすぐ、巫女が目を覚ます。
 だ、抱きつかれています!!なう。
あれ?ハラスメント効果でてないんですけど?!ちょっと!?システム仕事して!!

「…ふぇ……紀京…ごめ…」
「おおう、よしよし、どした?怖い夢見たか?」

 巫女が震えながらしがみついてくる。
 汗びっしょりじゃないか。リアルの夢を見たのか?リアルの夢っていうのもおかしいけど…。

「水飲むか?」
ふるふると首を振る。
 うーむ。

「よっこいしょ」

 膝を抱えて、俺のあぐらの上に乗せて、胸元に巫女の顔を引き寄せる。
警告でてないから大丈夫だよな?
 頭を抱えて、背中をとんとん、と叩く。
こうすると落ち着くんだ。俺も小さい頃、母によくやって貰った。

 薄暗がりの中、障子を通して月明かりがほのかに光を広げている。
 まだ夜中かな。汗で張り付いた前髪をかき上げてやると、瞼が一瞬閉じて、また上がる。
 瞬きの間に翠の瞳が月明かりを弾いてキラキラ輝きを宿す。
 …綺麗だな…。
 
 巫女の顔の輪郭に沿って、白い光が優しく寄り添うように照らしていた。
 風が吹いて、空に浮かんだ雲が動いて…光と影が繰り返し俺たちを過ぎていく。
 巫女のしゃくりあげる声と、自分の心拍数が耳に沁みてくる。
 じっと翠の瞳が見上げてきて、その瞳に映り込むのが自分である事に今更驚いてしまう。
 お互い無言で見つめ合い、ただお互いを映し合う。
 あったばかりの彼女が突然知っている人のように思えて…不思議な気持ちだ。
 子供をあやすつもりが、目の前にいる人が大人なんだと自覚して戸惑ってしまう。



「これ、なあに?とんとん…気持ちいい」
「ん…された事ないのか。夜中にぐずった子供にするやつ。落ち着くだろ?」

「ボク、子供じゃないよ」
「うん、そうだな…でも大人でもいいんだよ。初体験なら楽しみたまえ」

「ふふ。紀京って、面白いね」
「巫女が笑い上戸なだけじゃないか?」

「そうかな。紀京は面白いよ。あと凄く優しい」
「そうかぁ?普通だろ。困ってる人がいたら優しくするだろ?」
「そうだね…そうありたいよ」



 胸の中で巫女が目を閉じて、俺の心臓の音を聞いてる。
 いやー、さすがに家族以外とこの距離は初めてだ。心拍数は落ち着く気配がない。
 自分で抱き寄せた癖になんでドキドキしてるんだろう。こんな風にした事がないんだよなぁ。
 小さな体のあったかい体温が溶け出して、頭までぐるぐるしてくる。巫女の頬がほんのり朱に染まってるのは気のせいか?どういう意味なんだろう。
 頭のぐるぐるが強くなってきた。限界だ。
 何か話を振るんだ!そうしよう!

 
 
「巫女の声綺麗だよな。祝詞の時もそうだけど、声が高いからか?よく響くし」
「人の声は音だから、音は周波数っていう…声が高いと周波数も高くなる。
 遠くに伝わりやすくなるんだぁ。
 祝詞や和歌は遠くに向けて詠む物だから。祝詞は本来、祭事でもなければ小さい声で囁くように言うんだけど…あれはボスに向けてやったからね」

 巫女、ちょっと元気ない。よっぽど嫌な夢見たんだな。少し、話すか…。



「ほぉ。なるほど、訓練するのか?」
「うん、ボイストレーニングみたいな事する」
「へぇ…俺も覚えたいなぁ。教えてくれるか?」
「いいよ。間違えると大変だから、ビシバシやるからね」

 ん、笑顔が戻ってきた。良かった。
 ビシバシは怖いけど。

「菅原道真は怨霊だよな?祝詞ってお祓いのためのものだっけ?攻撃になるのか?」

「正しくは祓い清めるためだけど、元々は賛美歌と同じで神様すごい!いつもありがとう、ボクたちを守ってね、っていう挨拶?褒め讃える的なものだよ。言葉の意味そのものがそういう物だし。
 菅原道真は元々天皇に仕えて右大臣にまで上り詰めたけど、それで恨みを買って左遷されて、失意のうちに亡くなった。
 死後に日本三大怨霊と言われるまでの悪霊になってしまったんだよねぇ。最期は祓われたか、祀り上げられて納得したか。諸説あるけど…。
 現在は二つの天満宮に祀って勉学と雷の神様になってる。人の恨みによって、人を恨むことになった悲しい人だから。
 今は神様で人を守る立場のはずだし、ボクは道真を神様と認識して挨拶したんだ。
 倒さないとだから倒したけど、救いになればいいなとは思う…偉そうだけどボクが出来ることはこの位だから」


 
 本当によく知ってるな…。
 陰陽師ってのは本当だな。力持つもの歴史を知るって言うし。道真の史実を知っていないと…できない事だ。祝詞を唱えただけでもすごいのにそれにもちゃんとした意味があった。
 
 物事を穿った目で見られる、唯一の手段とも言える知識の深さ巫女の中にある。
 全てを見通すためには穿つ、の本来の意味である真相や本質を捉える事をしなければ全てを洗い出す事はできない。
 
 巫女は、こういう人なのか…すごいよ。
 ただ強いだけの、可愛いだけの人じゃない。思わず唸ってしまう。



「巫女は物知りだし、だからこそ出てくる答えなんだな。俺は巫女の考え方が好きだ。
 ただ悪を懲罰するんじゃなくて、相手を尊敬して、救いあげるって、凄くいいよ。尊敬する。」

「そ、そぉ?紀京が言うなら、いいのかな…そんな事言われたの、はじめてだよ…」

 巫女がグリグリ顔を押し付けてくる。顔が赤いな。照れてる?
…んん。またこれだ。胸の中がほわほわしてる。なんなんだこれは。


 
「紀京、ありがとう。もうちょっとだけ…このままでも、いい?」
「おう…い、いいぞ…」
「んふふ」



 あー今度はギュッとするんだが。まじ何これ。
ゲームの中まで病気なのか?勘弁して。

 俺の気持ちを露知らずな巫女はほんのり微笑みを浮かべて目を閉じ、耳を俺の胸に押し当ててくる。
 勝手にドキドキしていた心拍数が落ち着いてくると、なんとも言えない微睡のひと時がやってくる。
 俺、結構本当は人見知りなんだ。清白みたいにわかりやすく拒絶もできないけど、こんなふうに会ってすぐくっついたのはじめてなんだぞ…。
 微睡みに片足を突っ込んだ俺の腕の中で巫女が寝息を立て出した。

 俺のこと信用してくれてるのかな…ホワホワした妙な気持ちが全身を包んでくる。
 ただただそれが気持ちよくて…瞼をそっと下ろした。



 ━━━━━━


「おはよぉ」

 朝日が差し込む部屋の中。
 店で寝るはずが、何故か同じ部屋で寝た俺。一緒の部屋で寝ようと粘ってきた巫女に負けて寝るんじゃなかった。
 いや、でも一人で泣かせるよりはよかったのか???でも、でも…うぐぐ……。
 清らかな朝の光が目に痛い。心にも突き刺さっています。



「おは…よう…違う、違うんだ!他意はないぞ!」
「他意ってなぁに?寝ちゃった。ごめんね、重たかったでしょ」

「や…重くは、ないです」
「そぉ?…ふぁ…もう起きる?」

「はい、起きます」
「どしたのぉ?へんな紀京」

 こてんと首を傾げる。お願いだから浴衣ちゃんとしてください!殆ど見えてる!!いや、俺は見てない!



しかも布団の中で抱き合って朝まで寝てたのか!マジでハラスメントシステム仕事しろ。何やってんだ俺は。
 嫁入り前の娘に…ああっ!!もう!!

「ほぁー。あくび止まんない…顔洗って来るねぇ」
「はい、タオルは上の棚です」
「はーい!」

 元気に駆け出していく巫女。
思わずほっとしてしまう。
もーずーっともやもほわほわしてるんだが!!!状態異常か!?
「法術展開!状態異常回復!状態異常回復!!」

 治んねー!なんなんだよもぉ!わああん!



 ━━━━━━

「紀京、朝の運動行きたいんだけど、いかがですかぁ」

 顔を洗って歯磨きしてきた巫女がフェイスタオルを首に提げて戻ってきた。
 あ、真っ黒服に戻したか。良かった。
 あのままだと俺がなんか変になるからな。うん。

「運動?走り込みでも行くのか?ちょっと換気してからでいいかな」

 俺は運動苦手な方なので、そのような風習は無いですけども。せっかくだしやってみてもいいかもな。
 窓を開けて、そよそよ吹く風を入れて換気する。暖かいなー。今日も小春日和か。
あれ?なんか違和感があるぞ?なんでだろう?

「運動はダンジョンに決まってるじゃん。紀京あれ持ってる?<聖術者の>って称号」

 いや、それ欲しいやつだけど難関ダンジョンですし。上限三人制限のかなりキツイやつ。
 だいぶ前にヒーラーだけでパーティー組んで酷い目にあったんだよな…。フッ。
 


 巫女が窓辺に並んで外を眺める。
 風に舞った花びらがヒラヒラと散っていく。桜はいいよな、あの色が好きだ。ほのかにピンクで少し紫がかって。夕暮れ時の妖艶さも別格の美しさだ。
 ……ふう、現実逃避終了。

 
「称号は欲しいけど、俺じゃ無理だお!!」
「ワンちゃんになってるよぉ?ほんじゃそれ取り行こ。一宿一飯の恩てやつ。あそこの湧き水欲しいの。お薬作らないともうなくなるし」

「はっ!?いや、あそこ難しいよな?まさか…」
「朝の運動程度ですけどぉ?」
「なるほど?」


 えっ?ホントに行くの?
 巫女ならソロでも行けるのか?
いや、間違いなく行けるな。道真の所よりは楽なはず。
 

「じゃあ、準備をですね」
「寝巻きのままでもいいよ?三分で終わるし」
「ラーメン作る間に終わらせるの?あそこを?」

「運動って言ったけど、準備体操かな。ラーメンってなあに?食べ物?」
「ラーメン知らんのね。カップ麺の話だが、食べるか?」
「うん!じゃあ一分で終わらせようか!楽しみだなぁ~」



 窓辺から微笑みながら桜を眺めてるけど、言ってることは怖いです。
 うーん、でもなんかそういうの良くない気がする。
 

「巫女の力におんぶにだっこはなんか、良くないと思うんだが」
「んぇー、じゃあ水汲むの手伝ってよ。それならいいでしょ?」

「お、それならいいぞ!そうしよう。おにぎりとカップ麺持って、湧き水沸かして食べよう」
「いいねぇ!ピクニックみたいだねぇ」



 よし!では水汲みに出発だ!!!


 ━━━━━━


「水汲みだって、言ったじゃないかぁぁ!!!」
「水汲みしたよぉ?」
「称号…」
「あれぇ?どうしてかなぁ?なんかついてるね?ボクびっくりだなぁ~」
「ぐぅ…」

 ただいまカップ麺にお湯を入れて三分待ってます。
 ダンジョンに入って、奥地にある生命の泉って回復ポイントで水を汲んで、出口の方が近いからってボス部屋に行って。

「くそ!体力の残し方がうますぎるっ!」
「あははぁ。初めてやったけど上手くいったなぁ」

 ニコニコしてる巫女。悔しい。
 ボスの体力をギリギリまで削り、俺の手を引っ張ってチョンってしたらトドメの一撃にカウントされて称号を貰ってしまいましたとさ。
 なんと言うことでしょう。匠の技かよぉ…。



「くそっ、やられた!おんぶにだっこよくない!こういうのはダメっ!」
「そぉ?じゃあ次からは、二人でちゃんと協力しようね」

「ハイ。それでお願いします。うわ、レベルもめちゃくちゃ上がってしまったじゃないか。マスター達と同じになっちまった」
 これは怒られるやつだ…。そしてもしかしなくても毎朝恒例になるのか?これは。

「レベルなんか黙ってればわかんないでしょ。二人のヒミツにしよ?」
「ヴっ…ハイ…そう、します」

 二人の秘密という単語にギュンとした。もうこれは考えるのをやめよう。巫女が何かするとこうなるというのはわかった。うん。ほっとこう。




「あ、三分たった?食べていい?」
「いいぞー、よくかき混ぜて食べるんだぞ。熱いからふーふーしてな」

「うん、お外だからいただきます、だけにしよ。いただきます!」
「召し上がれ!」
「ほー、いただきますに合いの言葉あるんだね…あちち」
「火傷するから気をつけてな」

 はーい、と返事が返ってきてラーメンを啜ってる。
 カップ麺はナチュラルボーンの人が作った商品だが、公式が買い上げて道具屋さんで売ってるんだ。星が付いてるメーカーの味に似てるらしい。

 俺はここに来るまで食べたこと無かったからなぁ。巫女が驚くのが目に見えてる。その反応が見たい。



「んん!これ、おいしい!!おうどんとも違うね?ピリッとする!なにこれ!すごぉい!」
 またもや目をぱっかり開けてびっくりしてる顔。うん、満足した。その顔が見たかった。
 
「ねー!あとお出汁が美味しい!あったかいね」

「そうだなぁ。雨に降られた時なんかに重宝するな。ちょっと塩気が強いから、スープは残した方がいいぞ」

「はあい!ラーメンって美味しいねぇ。ボク初めて食べた。あったかい。はー、幸せ」

うん、巫女のニコニコして食べてる幸せな姿はすごくいいんだけどな。ボス部屋の音楽が怖いんだよな。

 聖職者の 紀京 になってしまった俺は、うんざりしつつステータス画面を眺める。
 うーわ、こんなに上がるのか?
 神力、体力、俊敏、回復法術効力がそれぞれ四倍。おかしいよ。ラーメン作る時間で攻略するダンジョン報酬じゃない。
 はぁ…清白の一時間説教コースだなこりゃ。



「おにぎり美味しいねぇ。おかかが入ってる」
「おかか好きか?鮭と迷ったんだがすぐ出来る方にしたんだ」

「おかかも鮭も好きだよぉ。あれもいいよね、マヨネーズが混ざったヤツ」
「ツナマヨ?明太子マヨ?」

「明太子は知ってるけど、ツナも混ぜるの?美味しい?」
「今度作るよ。食べ物に関してだけは巫女の方が初心者だな?」

「あはは!紀京先生に沢山教えて貰いまぁす。」
「おう、任せろ」


 いつまで一緒に暮らせるかわからんけど、美味しいものいっぱい食べさせてあげよう。そうしよう。



 
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