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ピアノ室
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ピアノ室から僕らが出ると辺りはもう暗くなっていた。
悪戯に月や星が僕らの事を笑ってるように見えた気がした。
僕らの学校にはピアノが置いてある個室が40個くらいあって、放課後はそこで練習するのが常套なものだった。
だから僕も彼女もそうしたし、同じ個室で(ピアノはすることはあまりなかったけど)そのひとときを過ごしていた。
放課後なため、僕はとても眠くて、よくウトウトしていた。
防音の壁に遮られないピアノの音が隣や前の部屋から鳴り響いた。
何重にも重なるピアノの音。
拙い音が響き渡り少し外していたり、それはそれで僕は好きだった。完璧でないことが僕を表してるようで僕を安心させた。
でも、隣にいる君の小説をめくる音が、僕の中では1番重要で心を安らかにしてくれた。
君が、寝ている僕の頭を撫でる。寝たフリを続けた僕に迷惑をかけないようにゆっくりと優しく片手で小説を読んで、そうしていた。
薄目で見た君の姿はとても愛らしくて、ずっと太陽が微笑めばいいのにと切に願った。
「ドラミファソラシド」
その音階が何故か嫌になる。
恰も「私は正しいのだ」とそう主張しているように
押せばなるその音が厭らしく聞きたくなくなる。
誰かが間違えた不協和音が耳に入る。
心地よくなる。君の顔を見ると君は小説の世界に入り込みそんなことは微塵も気にしていなかった。
理解が及ばない範疇の話がある。
例えば「ド」がなぜ「ド」という名前なのかとか
そういう当たり前の中の話だ。そりゃ調べれば出てくるのだろうけど、僕にはどうしてもそれを理解したくないし理解出来ない。
理解が及ぶ範疇の話がある。
例えば「僕」は「君」を愛してて「君」は「僕」を愛しているという事だ。
それは特別でとても普通のことだった。
ただでも、当たり前ではなかった。
「僕のことを君は好きかい?」そう聞くと君はきっと「好きだよ。」と応えるのだろう。
嘘かもしれない。当たり前ではない。
でも何故か、心地が良かった。
いつの間にか寝ていた。
君の匂いや、小説を捲る音、それから歪なピアノの音、そういうものが僕を夢の世界へ誘った。
僕が見た夢はあまり覚えてない。
だけど君が僕に買った指輪がとてもごつくてそれでも僕はとても嬉しくて毎日付けていた。そんな夢だった。
現実的で夢とはわからなかった。
そういう願いだったのかもしれない。
まぁ、指輪はシンプルなものがいいのだけれど。
ピアノ室から出るともう辺りは暗かった。
月は出ていて、星が輝いていた。なんてことがあれば良かったのだが、雲で覆われ、そんなことは無かった。
僕達はよく手を繋いで帰った。
君はその度に照れる真似をした。それは僕はよくわかっていた。君にはそういうところが欠けていたし、でもその不自然な違和感が僕はとても心地が良くてつい笑ってしまっていた。
君が僕に「愛している」と送ったLINEもそうであった。
居心地が悪くて今にも画面の中、いや外まで飛び出して暴れそうなくらいに違和感の塊で、それがとてもおかしくて幸せでぼくは気付かないふりをした。
僕は彼女に優しい嘘をついた。きっと彼女はそれに気づいていたし、僕達は優しい嘘で会話を繰り返していた。
何度も何度も同じような、代わり映えのしない、居心地がとてつもなく悪い、そういう話をしていた。
お互いのバイトがない日はデートをした。
専ら、飲みに行く、そういうものだった。
イルミネーション等微塵もお互い興味がなかったが、何しろやることも無いのでそれを見たりもした。
けれど、イルミネーションなんてものは目に入らず、ずっと彼女の横顔ばかりを見て笑っていた。
繋いだ手がこしょばくて、幸せで、幸せと嗚咽が重なり合って、僕達の歩く足音は不協和音を繰り返していた。
喫煙所でタバコを吸っている時に不意に君が暗い顔をした。
きっとまた自分の中の違和感と話し合っているのだろうと、そして、普通というものを模索しているのだろうとそう僕は思った。
やはり面白くて僕は笑った。
すると君は「何故にやけているの?」と聞いてきた。
僕はいつも通り「君が可愛くて愛おしいからだよ」と
大半の本音と少しのやさしい嘘を織り交ぜてそう応えた。
君は怪訝そうな顔で、また暗い顔になった。
僕は「愛しているよ」と全て本音でそう伝えた。
「私もよ」そう君は答えた。
タバコの煙が宙に舞い、その言葉は空へと消えた。
勿体なくて僕はその副流煙を匂うふりをして吸い込んだ。
君の本音がわかったような気がした。
僕達は帰りが逆方向だったから、帰りの電車を待つ時には、あとに来る電車の方のホームにいた。
他愛のない話をして、お別れの時は寂しかった。
僕も、きっと君も。
「気をつけて帰ってね。愛してるよ」
そう僕が言うと
「君も気を付けるんだよ。私もよ。」
と呟いた。
銀色と赤色の鉄の塊が彼女を連れ去って行った。
電車の中でもLINEをして会話をした。
「夜は通話できるかい?」
「うん。」
「でも寝てしまいそうだね君は」
「いいや、私は寝ないよ」
そう言って君はいつも寝た。
いつも通りの優しい嘘で君は眠りについた。
(おやすみ。)
そうLINEを送っても返ってくる返信は深夜三時に寝ぼけ眼で送られた君からの(おやすみ。寝てた。ごめんね)だけだった。
朝は、おはよう。愛してる。
昼は、愛してる。
夜は、おやすみ、愛してる。
それで僕達はできていた。
君の無理に隠していた本音を僕は見ない振りをして笑って愛を囁いた。
ある時僕は彼女にひどいことを言った。
不意に出てそんな気はなかった。
タダでもいった事実と傷つけた事実だけは確実だった。
LINEのクリック音は規則的で、僕を不快にさせた。
直接話そうとしても彼女は直ぐに逃げた。
けれど話してくれた。
ピアノ室だった。
不協和音が鳴り響き、僕を不快にさせた。
何故だか分からなかった。
足音が揃っていないのが居心地が悪くて吐きそうになった。
正座をしていて足が痺れて動かなくなった。
生きていると実感したのに、君の目を見る度に僕は死にたくなった。
君は君が嫌とすることを次々に言った。
ピアノの音で掻き消される筈がない君の声が聴こえなかった。
幾度も幾度も聞いてきたその冷たい声がとても居心地を悪くさせた。
きっとこれは彼女が味わっていた感情なのだろうと思った。
そう思うと涙が出てきた。
僕のためではなく、彼女のために流した涙だった。
初めて人のために流した涙だった。
謝ることを嫌う彼女に何度も謝った。
それしかできなかった。
ピアノの音が揃った。
足音が揃った。
君と僕の声が重なった。
その時僕達の、居心地の悪い吐き気がするような
それでいて、愛おしくてたまらない
本当の物語が始まった。
悪戯に月や星が僕らの事を笑ってるように見えた気がした。
僕らの学校にはピアノが置いてある個室が40個くらいあって、放課後はそこで練習するのが常套なものだった。
だから僕も彼女もそうしたし、同じ個室で(ピアノはすることはあまりなかったけど)そのひとときを過ごしていた。
放課後なため、僕はとても眠くて、よくウトウトしていた。
防音の壁に遮られないピアノの音が隣や前の部屋から鳴り響いた。
何重にも重なるピアノの音。
拙い音が響き渡り少し外していたり、それはそれで僕は好きだった。完璧でないことが僕を表してるようで僕を安心させた。
でも、隣にいる君の小説をめくる音が、僕の中では1番重要で心を安らかにしてくれた。
君が、寝ている僕の頭を撫でる。寝たフリを続けた僕に迷惑をかけないようにゆっくりと優しく片手で小説を読んで、そうしていた。
薄目で見た君の姿はとても愛らしくて、ずっと太陽が微笑めばいいのにと切に願った。
「ドラミファソラシド」
その音階が何故か嫌になる。
恰も「私は正しいのだ」とそう主張しているように
押せばなるその音が厭らしく聞きたくなくなる。
誰かが間違えた不協和音が耳に入る。
心地よくなる。君の顔を見ると君は小説の世界に入り込みそんなことは微塵も気にしていなかった。
理解が及ばない範疇の話がある。
例えば「ド」がなぜ「ド」という名前なのかとか
そういう当たり前の中の話だ。そりゃ調べれば出てくるのだろうけど、僕にはどうしてもそれを理解したくないし理解出来ない。
理解が及ぶ範疇の話がある。
例えば「僕」は「君」を愛してて「君」は「僕」を愛しているという事だ。
それは特別でとても普通のことだった。
ただでも、当たり前ではなかった。
「僕のことを君は好きかい?」そう聞くと君はきっと「好きだよ。」と応えるのだろう。
嘘かもしれない。当たり前ではない。
でも何故か、心地が良かった。
いつの間にか寝ていた。
君の匂いや、小説を捲る音、それから歪なピアノの音、そういうものが僕を夢の世界へ誘った。
僕が見た夢はあまり覚えてない。
だけど君が僕に買った指輪がとてもごつくてそれでも僕はとても嬉しくて毎日付けていた。そんな夢だった。
現実的で夢とはわからなかった。
そういう願いだったのかもしれない。
まぁ、指輪はシンプルなものがいいのだけれど。
ピアノ室から出るともう辺りは暗かった。
月は出ていて、星が輝いていた。なんてことがあれば良かったのだが、雲で覆われ、そんなことは無かった。
僕達はよく手を繋いで帰った。
君はその度に照れる真似をした。それは僕はよくわかっていた。君にはそういうところが欠けていたし、でもその不自然な違和感が僕はとても心地が良くてつい笑ってしまっていた。
君が僕に「愛している」と送ったLINEもそうであった。
居心地が悪くて今にも画面の中、いや外まで飛び出して暴れそうなくらいに違和感の塊で、それがとてもおかしくて幸せでぼくは気付かないふりをした。
僕は彼女に優しい嘘をついた。きっと彼女はそれに気づいていたし、僕達は優しい嘘で会話を繰り返していた。
何度も何度も同じような、代わり映えのしない、居心地がとてつもなく悪い、そういう話をしていた。
お互いのバイトがない日はデートをした。
専ら、飲みに行く、そういうものだった。
イルミネーション等微塵もお互い興味がなかったが、何しろやることも無いのでそれを見たりもした。
けれど、イルミネーションなんてものは目に入らず、ずっと彼女の横顔ばかりを見て笑っていた。
繋いだ手がこしょばくて、幸せで、幸せと嗚咽が重なり合って、僕達の歩く足音は不協和音を繰り返していた。
喫煙所でタバコを吸っている時に不意に君が暗い顔をした。
きっとまた自分の中の違和感と話し合っているのだろうと、そして、普通というものを模索しているのだろうとそう僕は思った。
やはり面白くて僕は笑った。
すると君は「何故にやけているの?」と聞いてきた。
僕はいつも通り「君が可愛くて愛おしいからだよ」と
大半の本音と少しのやさしい嘘を織り交ぜてそう応えた。
君は怪訝そうな顔で、また暗い顔になった。
僕は「愛しているよ」と全て本音でそう伝えた。
「私もよ」そう君は答えた。
タバコの煙が宙に舞い、その言葉は空へと消えた。
勿体なくて僕はその副流煙を匂うふりをして吸い込んだ。
君の本音がわかったような気がした。
僕達は帰りが逆方向だったから、帰りの電車を待つ時には、あとに来る電車の方のホームにいた。
他愛のない話をして、お別れの時は寂しかった。
僕も、きっと君も。
「気をつけて帰ってね。愛してるよ」
そう僕が言うと
「君も気を付けるんだよ。私もよ。」
と呟いた。
銀色と赤色の鉄の塊が彼女を連れ去って行った。
電車の中でもLINEをして会話をした。
「夜は通話できるかい?」
「うん。」
「でも寝てしまいそうだね君は」
「いいや、私は寝ないよ」
そう言って君はいつも寝た。
いつも通りの優しい嘘で君は眠りについた。
(おやすみ。)
そうLINEを送っても返ってくる返信は深夜三時に寝ぼけ眼で送られた君からの(おやすみ。寝てた。ごめんね)だけだった。
朝は、おはよう。愛してる。
昼は、愛してる。
夜は、おやすみ、愛してる。
それで僕達はできていた。
君の無理に隠していた本音を僕は見ない振りをして笑って愛を囁いた。
ある時僕は彼女にひどいことを言った。
不意に出てそんな気はなかった。
タダでもいった事実と傷つけた事実だけは確実だった。
LINEのクリック音は規則的で、僕を不快にさせた。
直接話そうとしても彼女は直ぐに逃げた。
けれど話してくれた。
ピアノ室だった。
不協和音が鳴り響き、僕を不快にさせた。
何故だか分からなかった。
足音が揃っていないのが居心地が悪くて吐きそうになった。
正座をしていて足が痺れて動かなくなった。
生きていると実感したのに、君の目を見る度に僕は死にたくなった。
君は君が嫌とすることを次々に言った。
ピアノの音で掻き消される筈がない君の声が聴こえなかった。
幾度も幾度も聞いてきたその冷たい声がとても居心地を悪くさせた。
きっとこれは彼女が味わっていた感情なのだろうと思った。
そう思うと涙が出てきた。
僕のためではなく、彼女のために流した涙だった。
初めて人のために流した涙だった。
謝ることを嫌う彼女に何度も謝った。
それしかできなかった。
ピアノの音が揃った。
足音が揃った。
君と僕の声が重なった。
その時僕達の、居心地の悪い吐き気がするような
それでいて、愛おしくてたまらない
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