あの場所で待っている

ながれ

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玉子焼き

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「ねぇ、私玉子焼きになりたい」
ふと、君はそう呟いた。
「玉子焼き?」僕はそう聞き返す。
聞き間違いかと思った。
「そう。玉子焼き。甘ったるくてそれでいて中身はドロドロの半熟で君のお弁当に黄色く映えてよくはいってる。私、そんな玉子焼きになりたい。」
彼女はそう続けた。

確かに僕のお弁当にはよく玉子焼きが入っていた。
卵3個に砂糖を大さじ6杯ほどいれて、醤油で少し味付けをする。中は半熟で朝ごはんとお弁当、たまに余ると夜ご飯にも食べていた。
だいの甘党の彼女は僕の作る玉子焼きが大好きだった。お弁当にいつも2つ入れていく玉子焼きは僕とひとつは彼女にあげるようだ。
「ひとついるかい?」と言うと彼女の顔は太陽のように晴れて美味しそうに「いただきます」といって、はじめに行ったはずのその言葉もう一度言ってから食べる。「美味しいね」と彼女は言って、僕は「甘いでしょ?」と言うと、「それがミソだよ」と彼女は返す。それがたまらなく愛しく思えた。

しかし、それとこれとは別だ。
好きだからって玉子焼きになりたいとは聞いたことがなかった。
僕は思わず「どうして?」と彼女に疑問をぶつけた。
彼女は笑いながら「私もよくわからないわ。けれど、ふとそう思ったの。」そう言った。
僕はよく分からず、でも、「そうなんだ。なれるといいね」と返した。
何故か彼女の顔は暗く見えた。

1口食べる度にたまに甘すぎて吐きそうになる。
僕は甘いものがそこまで得意じゃない。だけどこれだけは吐きそうになってもやめられなかった。
お母さんが初めて作ってくれた料理だった。
僕はこの味を忘れたくないからいつも作るのかもしれない。

次の日僕は学校に遅刻した。
お弁当は冷凍食品。玉子焼きは作れなかった。
彼女はいつも通りに「おはよ」と言ってきた。
あの暗い顔はまるで無かったかのように、遅刻したこともなかったように当然のような挨拶だった。
僕も何も気にせずに「おはよ」と呟いた。
けど、少し含みがあったのか、「どうかした?」と質問された。
僕は普通の顔で「なんでもないよ」と返した。
君は哀しそうな目で「そっか」と呟いた。
授業が始まった。

いつものお弁当の時間が来た。
僕のお弁当には玉子焼きはない。
だから少しお弁当箱を開けることに抵抗を覚えた。
彼女は「食べないの?」と聞いてきた。
僕は、「食べるけど、今日は遅刻して玉子焼きがなくて。」そう答えた。
彼女は笑って「そんなの気にしなくていいのに」そう言う。含みのある笑いのように見えた。
僕はいただきますも言わずに冷凍食品を食べた。頭は空っぽで味はしなかった。

授業が終わり、彼女に
「また明日」そう言うと「さよなら」と言葉が返ってきた。大して気にしなかったがそれは最後のさよならだった。

その夜彼女は自殺した。
伝えられたのは朝礼時だった。

涙も出なかった。
どうしてかは分からなかった。

お昼ご飯の時間になる。

お弁当の中に入る玉子焼き。
彼女がそばにいるように当たり前のように入っていた。
僕はその甘ったるさに吐き気を覚える。
嗚咽混じりの一人きりのランチタイムだ。
「いただきます。」そう彼女の声が聞こえたような気がした。
「いただきます。」そう呟いて2つの玉子焼きを僕は食べた。
ただ、飲み込んだ感情が飲み込んだ玉子焼きのように上手くは呑み込めなくて、僕から涙が溢れた。

甘ったるさだけが口に残って僕はトイレに駆け込んで吐いた。
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