秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~

橘ふみの

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殺意は突然に

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「篠宮さん、家まで送るよ」 
「いや……」

 微笑みをこぼしながら、『ま、君に拒否権はないんだけどね? 送ってくよ、絶対に』みたいな圧力プレッシャーをかけながら私を見てくる瀧川くんに何も言えなくなる。できれば1人で帰りたいっていうか、色々と情報量が多すぎてパンク寸前だから1人になって考えたいと言いますか。

「ごめん、瀧川くん。私は1人で帰れるからっ」
「君のことが心配なんだ。送らせて? お願い」

『ガオォー! 送り狼だぞぉ!』なーんてことは瀧川くんに限ってない……はず。それに私の命令には従うって言ってたから、私が嫌がることを無理やり、みたいなこともきっと……いや、絶対にないと思う。だいたい瀧川くんのことだから私の自宅はもう既に把握済みだろうし、なんなら瀧川くんに調べられないことなんて何一つないだろうからなぁ……ちょっと怖い。

 瀧川くんへ視線を向けると、本当に心配そうな表情をして私を見つめてる。この優しさを無下にはできないか。

「ありがとう、瀧川くん。お願いします」
「うん、いい子だね。車回してあるから行こうか」
「分かった……って、えっ!? ちょ、ひゃあっ!」

 私を軽々と持ち上げて、お姫様だっこをする瀧川くん。いやいやいや、なんで? なんでそうなるの!? 無理無理!

「ちょっ、ちょっ、瀧川くん!」
「ん?」

 ゆっくり歩いて表情を緩めながら私を見下ろしている瀧川くんに触れられてるところが妙にアツい。さっきのキスのこともあるし、瀧川くんのこと変に意識しちゃって胸がドキドキしっぱなしだし、どうにかなっちゃいそうだよ。

「あ、あのっ、重いでしょ? 降ろしっ」
「ハハッ。何を言ってるの? 全然重くないよ。というか、篠宮さんを抱えきれないような貧弱な体だったら要らないや、死んだほうがマシだよ」

 えっと、何を言ってるの? 君は。

 満面の笑みで『これ、マジだから』と言いたげな瀧川くんに私の顔は強張って笑顔がひきつる。もしかして、いや、もしかしなくても瀧川くんって……えっと、なんていうかぁ、ちょっとヤンデレ気質? なのかな。

「ふ、太らないように気をつけ……ます」
「ククッ、篠宮さんは本当に可愛いね。大丈夫だよ? 俺そんな貧弱な体してないし篠宮さんがどれだけプニプニになってもその分俺が鍛えるから、何も気にしてくていいよ? 俺はどんな篠宮さんだって愛でるし、愛せる自信しかないから」

 うん、そうだね。瀧川くんが既にゴリゴリなのは抱えられた感覚で分かる。だからもうそれ以上は鍛えなくてもいいんじゃないかな?

「……ねえ、瀧川くん。もしかしてその体格を隠すためにわざとブカめなスーツ着てる? 結構着痩せしてるよね」
「あぁうん。いやぁ自分で言うのもなんだけど、容姿隠さないと言い寄られて面倒くさいんだよね。あとはまあ、組のこともあるし? 身バレ防止かな」

 そりゃそうだよね。だって瀧川くん、めちゃくちゃイケメンだし。こんなイケメンなうえに体格もいいだなんて知られたら、まあ大変なことになっちゃうのは目に見える。

「な、なるほど……大変だね。そのヘッドホンはピアス隠し?」
「いや、うーん。それはちょっと違うかな? これ、篠宮さんのことが欲しくならないように付けてる」

 ん? え? いや、どういうこと? 私の頭上に疑問符がちらほら浮かんでいるのを見てクスクス笑っている瀧川くん。

「ほら、篠宮さんって誰とでも分け隔てなく喋るでしょ? どこにいても君の声が聞こえてくるからさ、欲しくて疼かないようにヘッドホンしてる」

 苦笑いしてる瀧川くんを見て思わず笑ってしまった。

「笑うなんて酷いなぁ」
「ごめんごめん」

 どうしよう、なんか無性に瀧川くんのことが愛おしく思えちゃう。

「篠宮さん、安心してね。会社では業務以外でむやみやたらに話しかけたりはしないから」
「え?」

 なんで、どうしてそんなこと言うの?

 私たち同期だし、もっと仲良くなりたかったっていうのが私の本音。けど、瀧川くんは私と関わりたくなそうに見えちゃってたから、業務以外で瀧川くんに絡むことが徐々に無くなってって今に至る……みたいな感じだけど、これを機に数少ない同期として仲良くしていけたらなって、そう思ってちょっと浮かれてたのに。

 たしかに瀧川くんのことは危ない人だって正直思ったし、きっと関わらないほうが身のためだって、そんなこと頭では分かってるんだけど── でも、瀧川くんはきっと私“だけ”には優しい。それでいいじゃん、それの何がだめなの? その事実さえあればいいよ、なんだって。

「俺みたいなのと関わると会社であれこれ言われるかもよ?」
「そうかな、そんなことないと思うよ? 私は同期である瀧川くんと普通に会社でも仲良くしたい」
「うーーん」

 何やら考え事をし始めた瀧川くん。すると、ニヤリと口角を上げて顔がほころんでいる。あまりいい予感がしないのは私だけだろうか。

「な、なに……? 瀧川くん」
「ん~? いやぁ、会社でも仲良くしたいかぁ。そうだね、会社でも仲良くしよう」
「う、うん」

 そんなこんなで自宅のアパートまで送ってもらった私。いいって言ったのに玄関先まで送るの一点張りだった瀧川くんに根負けした私は、わざわざ玄関先まで送ってもらった。

「ありがとう、瀧川くん」
「うん。じゃあ、また明日。おやすみ、篠宮さん」
「うん、また明日ね。おやすみ」

 私の頭を撫でながら額にキスを落として、穏やかな微笑みを浮かべながら手を振ってくる瀧川くん。

「何かあったら連絡して」
「あ、うん……じゃあね」

 私は控えめに手を振り返して、玄関ドアの鍵を開けて中へ入った──。

 瀧川くんの言動も行動もちょっとした仕草も、いちいち私の胸をドキドキさせて揺すってくるから困る、非常に困る。

「はぁ、なんかどっと疲れたなぁ」

 でも、心と体はすごく満たされてて変な感じなんだよね。きっと瀧川くんの“想い”に触れたからだろうな。嘘偽りのない“好き”を向けられたのはいつ振りだろ? ちょっとくすぐったい。

 ── 翌朝、会社にて

 いつも通り出社して、いつも通り会社の廊下で気だるそうに歩いてる瀧川くんを見つけた。

「瀧っ、宮腰くん」

 私が少し後ろから声をかけると、ゆっくりこっちへ振り向いて軽く頭を下げてきた。相変わらず長い前髪にマスクにヘッドホン……ヘッドホン……あれ? ヘッドホンしてなくない!? ピアスは付けてないっぽいけど、もしかして忘れてきちゃったのかな!? これは大問題発生!

 私は必死にジェスチャーでヘッドホンのことを瀧川くんに伝えるも、どうやら全く伝わっていないのか『ん? なに?』みたいな感じで首を傾げている。いやいや、わかってよ、気づいてよ、ヘッドホン相棒が不在なことに!

「ヘッドホン! ヘッドホン!」

 瀧川くんに近づきながら小声で“ヘッドホン”と連呼する私。周りは『なにあれどうしたの? 篠宮さん』みたいな感じで私を見ている。ちょっと気まずいけどやむを得ない。

「え、ちょっ……なんでぇ……?」

 瀧川くんはそんな私をスルーして、すたすたと先へ行ってしまった。えぇ、なんか冷たくない……? 昨日の激しいキスあれはなんだったの? ってくらい冷めてない!?

「おはようございまぁす、美波さ~ん」
「うす。珍しいすね、宮腰さんと篠宮さんが仕事以外で絡んでんの」

 今年入ってきた新入社員の蛯原えびはらちゃんと鎌倉かまくらくん。私はこの子達の教育係なんてものをやっているわけで、一応瀧川くんも教育係ではあるんだけど── まあ、『これ』『それ』『あれ』『うん』『違う』的な感じで、淡々としてるっていうか……蛯原ちゃんは『マジで生理的に無理かも~』とか言って瀧川くんのことを毛嫌いしてる。鎌倉くんのほうは『無駄に絡んで来なくて気が楽っすわ』っていう感じで、鎌倉くんと瀧川くんの相性は悪くなさそうだから、瀧川くんには主に鎌倉くんの教育を任せてって感じかな。

「おはよう。蛯原ちゃん、鎌倉くん」

 ── いつも通りの瀧川くんに若干モヤモヤしつつ、カタカタとキーボードを打って淡々と業務をこなしていた。

 なによ、昨日の件は。瀧川くんと仲良くするという話はいずこへ? はぁ、どうしたんだろ私。なんかずっとモヤモヤしてるっていうか、瀧川くんのことで頭がいっぱいで他のことが考えられないっていうか……まったく仕事に集中できてない。

「はぁぁ」 

 コピー機の前で大きなため息を吐きながら、刷られていく紙をただただボーッと眺める。

「篠宮さん」

 ボソッと声が聞こえて振り向くと、片手に書類を持ってる瀧川くんが立っていた。相変わらず気配が無いっていうか存在を消すのが上手いっていうか……あの圧倒的なオーラをここまで消し去れるのって普通に考えたらやばいよね。プロだわ、プロ。

「ん? どうしたの?」
「悪いけどこれ、コピーしてくれる?」
「ああ、うん。できたら持ってくね」
「ありがとう」
「いえいえ……ひゃあっ!?」

 うなじをツーッと指でなぞられた感覚がして、思わず声を出してしまった。慌てて周りを確認してみたけど、とりあえず誰にも気づかれていない模様。

「ちょっ、宮腰くん……!」
「ん?」
「ん? じゃなくて! やめてよ、もうっ!」
「ごめんごめん、ゴミがついてたから」

 私達が小声でコソコソ喋っていると、ハイテンション気味で私と瀧川くんの肩をガバッと組んできたのは、私達の教育係をしてくれていた倉本くらもとさん。

「よぉ、同期で仲良くやってんな! みやみやコンビ~」

 “宮”腰と篠“宮”だから“みやみや”コンビ。こんな呼び方するの倉本さんだけだけど。

「倉本さん。私達を見つけるなり肩組んでくるのやめてくださいよ、重い」
「そんなつれないこと言うなよ~。な? 宮腰」
「倉本さん、篠宮さんに触れるのはセクハラですよ。やめたほうがいいんじゃないですか」

 たっ、瀧川くん! 普段あまり喋らないのにそんなことを言うもんだから、倉本さん驚いて開いた口が塞がらない状態になってるよ!?

「お、おう……そ、そうだな?」

 ほら、あの倉本さんが気後れしちゃってるよ!? ていうか、いくらなんでも異物を見るような目で瀧川くんを見るのはやめたほうがいいんじゃないですか、倉本さん!

「あ、えーっと、倉本さん。さっき部長が倉本さんのこと探してましたよ?」
「お、マジか。サボってたのバレちまうな~。じゃ、お前ら仲良くやれよ~」

 なんとなくこれ以上は危険かも……という謎のセンサーが発動して、咄嗟についた嘘なのにそれを信じて私達の頭を乱雑に撫でて去っていく倉本さんを眺めて、『ゴメンナサイ』と心の中で呟いた。

「俺、あの人苦手なんだよね」
「え?」
「篠宮さんにベタベタ触れるから」
「はは、そうかな……?」
「気に入らないなぁ、ああいうの」

 ── 殺意は突然に

 背筋がゾゾッとするような殺意に似たものを瀧川くんから感じる。“裏社会の闇をたくさん抱えています”みたいな表情をするのはやめて。ここ、会社だから!

「なんか寒くない?」
「だよな。一瞬すげえ寒気したわ」

 ほらぁ……一部ザワザワしてるじゃん、瀧川くんの殺気で。ここにいる人達は誰一人として知らない、宮腰(瀧川)くんの裏の顔を。
 
「瀧っ、宮腰くん。ちょーっと来てくれる?」
「え? あ、うん」

 会社でこうも露骨に殺意を放たれては困る……というか、バレて困るのは瀧川くん本人だけど。とにかく『会社で殺意は出さない、心の奥底にしまっておくこと!』と注意をするために、私は瀧川くんを連れて滅多に人の来ない資料室へやってきた──。
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