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アクシデントは突然に
しおりを挟む「蛯原ちゃん鎌倉くん。資料しっかりまとまってたね、ありがとう」
「ども」
「いえいえ~。ま、ほとんど鎌倉にやらせましたけどぉ~」
今日は華の金曜日、そして時刻は18時。昨日といい今日といい瀧川くんのことで色々とありすぎたから宅飲みでもしちゃおうかな~。いや、たまには後輩達を誘って飲みに行くというのも先輩である私の役目なのでは。瀧川くんのことに思い耽けるのは、その後でもいいでしょう。
「あっ、美波さ~ん。今日飲みに行きませ~ん? いい居酒屋見つけたんですよぉ」
蛯原ちゃんってエスパーなの? タイミング良き、グッチョブ蛯原ちゃん。
「今飲みに誘おうかな~って思ってたとこ」
「以心伝心ですね~」
「ははっ、そうだね。よし、飲みに行こっか。鎌倉くんもどう?」
ちらりと鎌倉くんを見上げると……うん、これは行く気満々そうだ。鎌倉くんって飲み会とかそういうの断らないんだよね。無理してないといいけどって思うけど、無理もしてなさそうだから大丈夫かな?
「行きます」
「じゃあ蛯原ちゃんオススメの居酒屋に行こっ」
「篠宮さん、俺も行くよ」
「「「え!?」」」
意外な人物のその言葉に驚きを隠せなかった私達は、一斉にその声の主のほうへ振り向いた。
「え、なに?」
いやいやいや、「え、なに?」じゃなくて……こっちが『え? なに? どうしたの?』って状況だよこれ。だってあの瀧川くんが……だよ? 飲み会はおろか、社内で食事をしてるところさえ誰も見たことがないし、マスクを取った姿さえ誰も見たことがないんだよ? それはもう驚くしかないでしょ。驚かないほうがおかしいくらいだよ。
「明日大雨降るんじゃないですかぁ?」
「宮腰さんがこういうの来るの初めてっすね」
「……よ、よし、行こう……みんなで!」
どういうテンション感が正解なのか分からず、とりあえず瀧川くん初の飲み会参加ということで、にこにこ微笑みながら手をパチパチ叩いて拍手してみた。
「美波さんってたまぁに変わってますよね~。そういう所が可愛かったりするですけどぉ」
「いや、お前に言われたくねぇと思うぞ」
「はあ? どういう意味よ、それ」
喧嘩が勃発しそうな場をなんとか宥めて、私達は徒歩圏内にある居酒屋へ向かった──。
個室へ案内され、各自ジャケットを脱いでハンガーにかける。もちろん瀧川くんは脱がない……はずだと思ってた。脱ぐとは思わないじゃん、だってわざわざ隠してるんだよ!? ブカめなスーツ着て。なのにあっさりジャケットを脱いでハンガーにかけてるし。しかもワイシャツはジャストサイズだから体格がくっきり目立つし控えめに言ってムキムキでえろい。
私を含め、後輩達も開いた口が塞がらない状態になっている。そして瀧川くんはあろうことかマスクも取った……いや、飲食店に来たんだからマスクを取るのは当たり前っていうか、マスクを取らないと飲み食いできないからね、うん。普通なんだけども。
「え、なに」
なんて言いながら前髪もかき上げた瀧川くんに「ひっ」と小さな悲鳴を上げる私と蛯原ちゃん。
「なっ、ちょっ! 瀧っ、宮腰くん! いいの!?」
小声で必死に訴えかける私。
「ああ、うん。このメンツなら問題ないかなって。あ、俺のことは会社の連中にペラペラ話すのはやめてね。特に蛯原さん」
その言い方なんかトゲがあるよ!? それにその瞳の奥が全く笑ってない感じ、後輩相手にやめなさい! 瀧川くん!
「は、はあ……いや、なんか普通にドン引きなんですけどぉ」
驚きのあまりドン引いた顔をしながら、椅子に座った蛯原ちゃん。鎌倉くんはもう既に興味がなさそう顔をしてメニュー表を見ている。私は苦笑いしながら蛯原ちゃんの隣に座って、瀧川くんは必然的に鎌倉くんの隣に座った。
注文した品が続々と届いて、運んで来てくれる店員さんは瀧川くんを見るなりギョッと目を見開いて、瞳がハートになっているのは言うまでもない。それもそうだよね、こんなイケメンなかなかいないし滅多に拝めないよね。
そして結構可愛い店員さんが多いにも関わらず、そんな店員さんには目もくれず私をガン見してくる瀧川くん。
えっと、なに?
「な、なに?」
「ん? いや、別に」
「ていうかぁ、なんでその顔隠してるんですかぁ? 出してたら絶対にモテますよねぇ?」
「ああ、そういうのが面倒くさいんだよね」
「へぇ~、変なの~」
蛯原ちゃんは瀧川くんの容貌を見ても、あまり興味がなさそうな感じだけど……なんだろう、ちょっとモヤモヤするなぁ。瀧川くんの素顔を知ってるのは私だけだったのに~とか、蛯原ちゃんにもその素顔普通に見せちゃうんだぁ~とか、よく分かんない感情が渦巻く。そのモヤモヤが気持ち悪くてビールを一気に流し込んだ。
「おぉ~、今日は飲むデーですかぁ? 付き合いますよ~」
「ありがとう、蛯原ちゃん。ジャンジャン飲もう!」
「篠宮さんまたビールすか?」
「あ、うん」
鎌倉くんはいつも気が利くっていうか、黙々と食べて飲んで注文してくれて片付けてくれて、全てさりげなく淡々とこなしてるって感じの男子。仕事もそんな感じだし、容姿も良いから結構女子社員に人気なんだよね。まあ、ちょっとぶっきらぼうだけど……なんて思いながら鎌倉くんを見てるとパチッと目が合って、とりあえず真顔もおかしいか……と思った私は満面の笑みを浮かべた。
すると、死ぬほど無表情になった鎌倉くんにさすがの私も心がポキッと折れた。微笑んでいた顔をゆっくり真顔に戻して、内心大号泣。私の微笑みは怖いなのだろうか、微笑みの練習でもしようかな。そんなことを考えてると、脚に誰かの足がコツンと当たった。まあ、誰かのっていうか、正面に座ってる瀧川くんの足だろうけど。
チラッと瀧川くんを見てみると、目を細めて不機嫌そうに私をジッと見つめながら日本酒をロックで飲んでいる。ものすんごく何か言いたげ。でも、何をポロッと言うか分かったもんじゃないから、私はスマホを手に取り瀧川くんへメッセージを送った。
〖なに? どうしたの?〗
〖俺の目の前で他の男とイチャつくのは解せないな〗
〖何をどう解釈したらそうなるの? イチャついてないし〗
〖篠宮さんは何も分かってないね、もっと自覚しなよ〗
瀧川くんに視線を向けると、スマホを置いて水を飲むように日本酒をゴクゴク飲み干してる、顔色ひとつ変えずにね。瀧川くんって酒豪タイプ……?
「宮腰さん酒強そうっすね」
「んー、どうだろう。弱くはないかな」
「あたしもお酒強くなりたぁい」
「お前は無理だろ、もう顔赤いぞ」
「うっさいなぁ、あたしはこういう体質なんですぅ~」
蛯原ちゃんは強いタイプではないけど弱くもないし、悪酔いはしないタイプ。まあ、毎回寝ちゃうってだけ。いつも鎌倉くんが送ってってくれてるから、その辺は安心っていうか、心配はしてないんだけど……この2人、お酒の勢いであ~んなことやこ~んなことシたりとかあるのかな? なんて2人がベッドの上で乱れてる姿を想像するというとってもはしたない先輩。そんなイケナイことを考え始めてしまった脳ミソは一旦取り出そう、うん。けしからん。欲求不満なのか、私は。
邪念を洗い流すべく再びビールを一気飲みして、ひたすらビールを飲み続けた……ら、酔っ払ってしまった──。私と蛯原ちゃんは完全に酔っ払い状態で瀧川くんと鎌倉くんは涼しい顔をしている。お酒強すぎでしょ、君達。
「篠宮さん、そろそろやめときなよ」
「あぁうん、これ飲んだらやめとく~」
「うわぁ、なぁんか宮腰さん過保護っぽぉい」
「お前もやめとけよ、めんどくせぇ」
「はぁあ~?」
「んもぉ~、2人ともす~ぐ喧嘩しないのぉ」
なんて言いながらビールを飲もうとしたら、ダバダバァッと胸元にビールを溢してしまった私。
「篠宮さんおっぱいにビール飲ませてどぉすんの~? ウケるぅ~」
「あははっ、やっちゃった~! いい歳して恥ずかしいなぁ~」
女子2人でキャッキャッしながら盛り上がっていたら、瀧川くんのジャケットがフワッと私を包み込んだ。
「悪いけどもう篠宮さん連れて帰るね。好きなだけ飲み食いしてくれていいよ、支払いはもう済んでるから。じゃ、また月曜」
「え、あっ、ちょっ……」
荷物を全て持って、私を立ち上がらせた瀧川くんは腰に手を回して支えてくれてる……のはいいんだけど、非常にまずいのでは? 急に親密になりすぎじゃ……? みたいな感じで疑われない?
ちらりと蛯原ちゃんを見ると……寝てる、ぐっすり寝てる。鎌倉くんは『お疲れっした~、さいなら~』と言わんばかりの顔。この状況に全く興味がなさそうだった。
「あ、えっと……蛯原ちゃんのことよろしくね?」
「うす。宮腰さん、ご馳走様でした」
「いえいえ。行こうか、篠宮さん」
「う、うん」
少しフラフラはするけど歩けないこともないし、そんな支えてくれなくても大丈夫だよ? って伝えたいけど、瀧川くんのぬくもりを知ってしまってる私は、離れたくないと思ってしまう。
「あ、あの、上着ごめんね? クリーニングに出して返すから」
「そんなのいいよ。透けてるのが嫌で俺が勝手に掛けただけだし、気にしないで?」
透けてるって……インナーのキャミが透けてるだけなんだけどなぁ。
お店から出ると高級車が1台停まってて、わざわざ後部座のドアを開ける為だけに車から降りてきた強面の男。
「お疲れ様です、若」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます。すみません」
「ハハッ、可愛いね? 篠宮さん」
いや、ドア開けてくれたからただお礼を言っただけなんだけど? 瀧川くんって何でもかんでも可愛いって言ってくれるから、嬉しい反面ちょっと胡散臭いかも? とか思っちゃう。ま、可愛いって言われて嬉しくない女はいないでしょ。嬉しいよ、とってもね。
── そんなこんなでアパートに到着した。運転手さんにお礼を言って、玄関まで送るって聞かない瀧川くんと玄関前。
「わざわざありがとう、じゃあまたっ」
「篠宮さん、ちょっと待って」
「ん?」
隣にいる瀧川くんをチラッと見上げると、真剣な面持ちで玄関ドア付近を見ていた。一体どうしたんだろう?
「篠宮さん、今日しっかり施錠した?」
「え? あ、うん。毎日ちゃんとしてるけど」
「そっか、だよね」
そう言うと下に停まってる車に何かの合図を送る瀧川くん。すると運転手さんがこっちに向かってきた。
「篠宮さんごめん、ちょっと中に入ってもいいかな?」
「え? い、いいけど……どうぞ?」
物々しい雰囲気に酔いが徐々に醒めていく。
「中の確認お願いします。俺は篠宮さんから離れるわけにはいかないので」
「御意。では、お邪魔します」
鍵をしっかり閉めたはずのドアはガチャッといとも簡単に開いて、運転手さんが中へ入っていった。
なんで、どうして鍵が開いてるの……? ちゃんと閉めたはず、鍵を閉め忘れたことなんて一度もない。サーッと血の気が引いて体が小刻みに震え始める。どうしよう、怖い。
「篠宮さん大丈夫だよ、俺がいるから」
「……うん、ありがとう」
私の背中に手を添えて優しく撫でてくれる瀧川くんの大きな手が緊張を少しほぐしてくれた。
「若」
「どうでした?」
「空き巣で間違えないかと。人はいません」
「そうですか、徹底的に調べて捜してください」
「御意」
── 空き巣は突然に
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