秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~

橘ふみの

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豪邸は突然に

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「──さん、篠宮さん」
「あ、うん」

 警察が来て、瀧川くんと一緒に家の中に入ったのはいいんだけど、通帳も印鑑もタンス預金も全部盗まれてるし、下着も何着か無くなってる。元々高価なアクセサリーとかは持ってないからその辺は盗まれてないけど、こんな安物のアクセサリーたちが残ってたってなんの意味もない。

 私にはお金が一番必要なものなのに──。

「ごめん篠宮さん、君のことはもう調査済みなんだ」
「……そっか」

 家庭の事情は把握してるってことでしょ? そんなことだろうなとは思ってた。私ことを全部調べて、お金が必要なのにお金が無くなって可哀想な女だって、そう思ってる? かわいそう? 哀れな女? こんな私は瀧川くんの瞳にどう映ってるのかな。

「篠宮さんのお母さんっ」
「大丈夫だから、なんとかするし」

 同情とかそういうのは要らない、惨めになるから。だから私は文哉にも言わなかった、あの人に同情されるのも癪だったし。まぁそもそも同情すらしない人だとは思うけど。自分が一番で、自分が一番可哀想なんだって人だったから。

「ねえ、篠宮さんっ」
「だからいいって! そういうの!」

 酔いも醒めて、ただ瀧川くんに八つ当たりすることしかできない。『大丈夫?』とか『俺にできることがあったら何でもするよ』とか、そういうのは要らないの。

「勘違いしないでほしい。俺は篠宮さんが『助けてほしい』って言うまで何もするつもりは一切ないよ。君がどれだけ苦しんでも、君が俺を必要としない限りは何もしない。だからお願い、早く俺を頼ってよ」

 どうして、なんで瀧川くんがそんな辛そうな顔をするの……?

「……ごめん、瀧川くん。大きな声出しちゃって」
「謝ることはないよ、気にしないで?」

 ── それから被害状況の確認とか被害届の提出とか全部瀧川くんが付き添ってくれて、とても心強かった。瀧川くんがいてくれて本当によかったって、そう思う。

「篠宮さん」
「ん?」
「もしよければ俺の家に来ない?」
「……え?」
「落ち着くまで家に来なよ。あ、もちろん“タダで”とは言わないよ?」

 正直、今のアパートに住むのはもう怖くて無理だし、次の住居がすぐ見つかるとは限らないし、通帳に入っていたお金は全額戻ってこないだろうし、タンス預金なんて一銭も戻ってこないイコール家を借りる……なんて今の私には無理だし、ホテル暮らし……は現実的ではない(お金がかかるから)。

 でも、さすがにただの同僚ってだけなのに、住まわせてもらうのは如何なものか。そもそも付き合ってもない男女が同じ屋根の下で……とか、普通に考えたらナシというかアウトだよね。いや、でも今どきルームシェアとかザラだし、おかしくはないのかな。家賃とか光熱費を折半で……とかなら正直あがたいけど、これ、住んでる場所によりけりじゃない? 瀧川くんが超高級タワマンとかに住んでたりしたらどうする? ありえる、じゅうぶんにありえる。

「はっきり言うとお金は必要ない、これは篠宮さんの事情を考慮してとかじゃなくて、シンプルに困ってないから要らないんだよね。だから、篠宮さんの“体”が欲しい」
「……は?」

 夜の街並みを走る高級車に揺られながら、私はヤクザの息子に向かって『は?』と思いっきり素で反応してしまった。

「君の体が欲しい」
「いや、あの、仰ってる意味がよく分かりません」
「手料理が食べたいんだ、篠宮さんの」
「……は?」

『は?』パート2。

「愛する人の手料理が食べたいんだ。ほら、料理をするってのも体力は必要だと思うから大変かな? って。篠宮さんに負担をかけてしまうかもしれないけど……って意味の『体が欲しい』なんだけど」

 いや、紛らわしいにもほどがあるしびっくりするよ、それは。『君の体が欲しい』なんて言われたら、えっちなことかな~? とか思っちゃうでしょ? 普通は。

 ん? あれ、私って……いつからセックスしてないっけ。セックス最後にシたのはいつなのか問題が発生!

「え、やば」
「ん? どうしたの?」
「あ、ああ、ごめんなさい。なんでもない……です」
「いや、なんで敬語?」

 やばいよ、私。だって高3の時に付き合ってた人とシたっきりセックスなんてしてない。え、何年前? 8年前……? いやいや、笑えない。セックスがどんなものだったかも忘れてるよ。そもそもセックスが気持ちいいとか、満たされるとか、そんな感情も当時はよく分からなかったし。はは、オワッテル。

「ねえ、篠宮さん。俺に甘えてよ、満たすから。だから、俺のことも満たしてよ」

 穏やかで優しく、それでいて強く、そして甘く……私を誘惑するような声。そんな声の瀧川くんを見ることができない……というか見る勇気がない。だって、きっと……私を見ている瀧川くんは凄く艶っぽくて優しい瞳をしているだろうから。

「あ、あの、私達ただの同僚だし、一緒に住むのって世間一般的にはどうなのかな? って思ったりして……そもそも迷惑じゃない?」
「むしろ俺の傍にいてくれないほうが迷惑かな。篠宮さんがどこで誰と何をしているのか……とか色々考え始めたら気が狂いそうになるし、日々悶々と過ごすほうが俺にとっては苦痛で仕方ないよ」
「……は、はあ……なるほど……?」

 瀧川くんに視線を向けると、『絶っ対に逃がさないよ、もう逃がさないって決めたんだ』って言いたげな顔をして私を見ていた。狙った獲物は確実に仕留める系男子だ──。

 私は住む家が欲しい、瀧川くんは私に住んでほしい。そして手料理が食べたい……と。正直、私にはなんのデメリットもない。むしろメリットしかないんじゃないかな? だって手料理を作るだけだよ? 本当にそんなことでいいの……?

「申し訳ないけど、君を逃がすつもりはないよ? 俺」

 そんなこと分かってるよ……だって瀧川くんからは逃げられないって本能で感じるから。

「あの、本当にいいの?」

 私が作る料理なんて普通なものばかりだし、大して美味しくもないと思うけど。

「俺達にとってプラスでしかないし、良いも悪いも俺は篠宮さん中心で世界が廻ってるからね」

 満面の笑みをこぼしながらサラッと意味不明なことを言う瀧川くんに、とりあえずひきつった笑みを浮かべておいた。

 ── 豪邸は突然に

 えーっと、この豪邸はナンデスカ。

 あの後、自宅へ戻って必要最低限の荷物をまとめ、瀧川くん宅を訪れたのはいいんだけど……閑静な高級住宅街に一際は目立つご立派な豪邸が佇んでいる。

 んーっと、瀧川くんってまさかの一軒家住み?

 そして私は、一番重要なことを忘れていた。瀧川くんが極道ヤクザだということを──。もしかして、ここが瀧川組だったりして……? ムリムリムリムリ! そんなの無理だよ!?

「ククッ、大丈夫だよ? ここ俺の家だから実家ではないし組とか関係ないよ。だから安心して?」
「そ、そっか……」

 なら安心安心……っていやいやいや、だとしたら一人暮らしでこの規模は感性諸々バグりすぎてないかな!?

「篠宮さんの為に建てたんだ」
「そ、そっか……ん? ……え? ……は?」

 待って、ハイ? 『篠宮さんの為に建てたんだ』って言ったよね……? え? ちょ、まじで意味が分かんないんですけど、どういうことですか?

「いつか篠宮さんと暮らせればな……と思って」

 やめて、そんな曇りなき眼で私を真っ直ぐ見つめてこないで。瀧川くん、これはさすがに愛が重すぎるよ。

「あ、でも、押し付けるつもりはないよ? 篠宮さんが気に入ってくれればここに住んでもいいかな~って感じで建てただけだし。今思えば篠宮さんの意見も聞かず建てたのは失敗だったかな~ってちょっと反省してる」

『ハハッ』とか笑ってるけど全然笑い事じゃないし、私の為にどんだけの大金叩いたの……? 瀧川くん、君はどこで何を拗らせてしまったら『家を建てよう!』って思考になってしまったのか。とにかく瀧川くんの愛はちょっと……“重いいじょう”なのかもしれない。

「さ、どうぞ?」

 一歩踏み出せば玄関の中なのに、ここまで来て躊躇してしまう私。

 も、もしかしたらさ? 『待て』を聞いてくれなくて、あーんなことやこーんなことになっちゃったら? どうする? 経験無さすぎて上手くできる自信もないし、『うわ、こいつ下手くそ』とか思われたら立ち直れないかも……って、いやいや、なんでセックスする前提で話を進めてるの? 私は。

「ハハッ。そんな期待されちゃうと興奮しちゃうなぁ」
「……はい?」

 私の隣にいる瀧川くんを見上げると、悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見下ろしていた。

「躊躇ってるってことは、俺とのこと意識してくれてるんでしょ? ほんっとたまんないね、篠宮さんは。あまり可愛いことされると困るんだけど」

 満足げな顔をしてにこにこ微笑む瀧川くんに少しイラッとする。だって瀧川くんって常に余裕そうっていうか、私をリードしちゃうっていうか……なんだろう、経験値の差ってやつが露骨に出て悔しくもある。

 私は一歩踏み出して玄関の中に入った。

「イジワルだね、瀧川くん」

 ムスッとしながら私がそう言うと、『困ったなぁ』みたいな顔をして苦笑いしてる。

「ごめんね? 好きな人ほどイジメたくなっちゃうのかも」
「そんなの知りません」
「ハハッ」

 ── それから諸々の説明ルームツアーを終えて、私は今浴室にいます。

「最新の浴室ってすごいなぁ」

 シャワーが1つだけじゃないって言えば伝わるかな?

「えっと……」

 シャワーのお湯を出そうとボタンをポチッと押したら、高い位置に設置されてるシャワーから大量の水が降ってきて、全裸の私に襲いかかってきた。

「ぎゃあぁぁーー!!」

 こういう時、可愛い声が出る人って羨ましいなって思うくらい、お世辞にも可愛いとは言えない声が出て、とにかくシャワーを止めなきゃってテンパりすぎた私は、色々とボタンを押しまくって、ありとあらゆる所から水が出てくるというカオスな状況を作り上げてしまった。

「ひやぁぁーー!!」

 可愛くない声パート2。

「篠宮さん大丈夫!? ごめん、ちょっと開けるよ!」
「え、あ、えっ!? ちょ、ちょ、ちょ……っ!?」

 私は咄嗟に下と上をバッと手で隠して、浴室ドアに背を向けた。背を向けた後に『これじゃお尻が丸出しじゃん……』とは思ったけど、正面を見られるよりはマシだと自分に言い聞かせた。

 バンッ! と勢いよくドアが開いて瀧川くんが浴室に入ってくる。

「ちょ、なんで水!?」
「ご、ごめん! なんか水が出てきて!」
「ああ、ごめんね? 説明不足だったかな」

 瀧川くんは水でびしょ濡れになりながら、私のほうを一切見ることなくシャワーの水を全部止めてお湯を出してくれた。冷えた体にシャワーのお湯がじんわりと染み渡る。

「風邪引かないようにゆっくり温まりなよ」
「え、あ、あの……瀧川くんも早く入らないと風邪引く……よ?」
「俺のことはいいから」

 素っ気なく浴室から出ていった瀧川くん。

 これはこれでショックっていうか、全く見向きもしなかった瀧川くんに『私の体は女としてそんなにも魅力がないのだろうか』とか思ったりして、ちょっと傷つくかも。

「いやいや、そんなことより早く出ないと瀧川くんが風邪引いちゃう」
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