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キスして、仕事して
しおりを挟む「随分と良さそうだったね、篠宮さん」
私の髪を撫でながら満足げに微笑んでる瀧川くん。それが恥ずかしくて思わずその手を軽く払ってしまった。
「あ、ごっごめん瀧川くん」
「いや、俺のほうこそごめんね? 調子に乗りすぎちゃったかな。お腹空いてる? 簡単なものだけど何か作るね」
「あっ、ちょっ……瀧川……くん……」
私の頭をポンポンと撫でて上から退くと、寝室から出ていってしまった。にこにこしてたからどんな心境なのか読めなかった。でも普通に考えたら手を払われるとか傷つくよね。悪いことしちゃったな、ちゃんと謝らないと。
服を着てリビングへ行くと朝食の準備をしている瀧川くんがチラッと私を見た。
「あ、あの……さっきはごめんね?」
「ん? あぁ篠宮さんが謝ることじゃないよ。俺の配慮不足だった、ごめんね。お風呂入ってきな? さっぱりしておいで」
「……うん、ありがとう」
── シャワーを浴びてリビングへ戻ると朝食が出来上がっていて、とても美味しそうな匂いがする。お腹が鳴っちゃいそうなのを必死に押さえた。
「おかえり。もう食べれるよ」
そう微笑む瀧川くんは普段通りの瀧川くんで、さっきの出来事はあまり深く考えなくても大丈夫かな……? と自分の中で折り合いをつけることにした。
「ありがとう、瀧川くん」
にしても瀧川くん、料理もできちゃうんだ……というか、瀧川くんにできないことってあるのかな? いや、多分ないだろうな。
ていうか、私が作らなきゃいけないんだった! すっかり忘れちゃってたな、ここへ住む条件のこと! なにを呑気にシャワーなんてしてたんだろ、私の存在意義がぁっ!
「ん? どうしたの?」
「ご、ごめん! 私が作らないといけなかったのに、瀧川くんに作ってもらっちゃって本当にごめん!」
「え? ああ、うん。全然気にしないでよ。俺が疲れさせちゃったから、そういう時は俺が全部やるからいいよ? 篠宮さんはゆっくりしててくれれば」
たしかに疲れさせてきたのは瀧川くんでもあるけど、それに乗っかった私にも責任はあるわけで、そもそも私が手料理を瀧川くんに振る舞う代わりにここへ住ませてもらうって話だったじゃん……?
「いや、そういうわけにはっ」
「正直言うとね、俺的には篠宮さんがいてくれればなんだっていいんだよ。ごめんね? こんな面倒な男で」
瀧川くんは本当に優しくて、とっても甘い……というか緩い。きっと、いや、絶対モテるだろうなー。会社では陰キャ風に過ごしててあんな感じだからモテるとかは私の把握してる限りはなさそうだけど、素の瀧川くんだったらモテないはずがないもん。だって、こんなにかっこよくて、こんなにも優しいんだよ? モテないほうがどうかしてるよ。
瀧川くんは今までどんな恋愛をして、どんな愛し方をしてきたのかな。
ズーンッと気が落ちて心なしか肩も重い……っていやいや、とにかく! 私が瀧川宅へ来たのは家賃や光熱費の代わりに瀧川くんへ手料理を提供するって話だったでしょうが。瀧川くんの優しさに甘えるのは違うし、やることはしっかりやらないと! こういうのが曖昧になっちゃうのはダメ、線引き重要!
「これからはちゃんとするから、ありがとう瀧川くん。以後、気をつけます」
「ハハッ、篠宮さんらしいね。さ、食べようか」
「あ、うん」
テーブルを挟んで向かい合って座った私達。
「いただきます」
「どうぞ」
ジーッとアツい視線を感じつつも『美味しい』と瀧川くんに伝えて、黙々と料理を口に運びながら今日の夜ご飯はどうしようかなーとか、嫌いな食べ物とか確認しとかなきゃ……とか色々考えてた。
「……あの、瀧川くん?」
「ん?」
「そんなに見られたら恥ずかしいんだけど……」
「ああ、ごめんね? 篠宮さんが俺の作った料理を食べてるなんて、感慨深いなぁって思ってさ。俺の作った料理が篠宮さんの体の一部になると思うと嬉しくて」
瀧川くん、その考えはちょっと……重いよ。
「ま、まあ……たしかに一部にはなるね……うん……」
血となり肉になり骨になり?
「余すところなく全てを俺で埋め尽くして満たしたい。外側も内側も全部俺で満たされればいいのに。常に繋がってたいよ、篠宮さんと」
ごめん瀧川くん、君の“愛”はとびっきり重たい。
「はははっ」
ひきつった笑みを浮かべる私に対して、パァッと明るい笑みを浮かべている瀧川くん。その笑顔が可愛かったりして、本当にこの人ヤクザなのかな? って思ったりもするけど、今思えばセックスする時に上を脱がなかったのは入れ墨が入ってて、私に見せないようにする為だった……? とか考えてる。
瀧川くんは優しいから、怖がらせないようにって思ってくれたのかも……私はただの一般人だから。そもそも見せびらかす為に入れたわけでもないだろうし。
もしかしたら見せたくないとか? 私に見せられない何かがあるとか? まさか、元カノの名前が刻まれてる……? いや、瀧川くんに限ってそういうのは刻まないと思うけど……まあ、どうなんだろ。瀧川くんっていまいち読めないっていうか掴めないからなぁ。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
「お粗末様でした。ここ、俺が片付けするから篠宮さんは洗濯頼めるかな?」
「ありがとう。うん、分かった」
洗濯っていっても、スイッチ押すだけですよね? これ。特に何もすることないし、何の気なしに瀧川くんの衣類と一緒に私のも洗っちゃったけどよかったかなぁ? ま、今さら取り出すのも無理だけど。
「ふぅーー」
それにしても、やっぱ瀧川くんと私じゃ住む世界が違うっていうか……あまり簡単な問題じゃないっていうか……このまま毎日あんなことやこんなことシちゃう流れになるのかな? ちょっとそれはまずいかも……とか考えながら洗濯機の中でグルグル回ってる洗濯物と睨めっこする私。
正直、毎日あんな気持ちいいセックスされたらおかしくなっちゃうし、身が持たないよ? そんな体力ないし。そもそも瀧川くんめちゃくちゃ余裕そうだったのがズルいっていうかタフすぎなんだって。
「篠宮さん」
「ん? ……って、ちょっ!?」
後ろからガバッと抱きついてきた瀧川くん。
「なーに考えてたの?」
「い、いや……特には」
「ふーーん」
私の頬を優しくムニュムニュして、クスクス笑ってる瀧川くんは一体なにがしたいのだろうか──。
「ちょ、やめてよ瀧川くん」
「愛でたいんだよ、君のこと」
いや、もっと他の愛で方あるでしょうが……とは思ったけど、これを言っちゃうと物凄い愛で方をしてきそうな瀧川くんだから口が裂けても言えない。
「ねえ篠宮さん、今日2人でどこか行こうか」
「んっ」
耳元で囁きながら私の頬をムニュムニュしていた瀧川くんの指は、私の唇を優しくなぞってトントンしてくる。
「篠宮さんって口小さいよね? ほんっと可愛い」
なんて言いながら、しれっと胸を触ってこようとする瀧川くんのお腹に思わず、ドスッ! と肘打ちをしてしまった。
「いてっ」
「あ、ごめん……じゃなくて、もうっ! 調子に乗らないの!」
「ハハッ、ごめんごめん。篠宮さんが可愛くてつい触れたくなっちゃうんだよね」
嬉しそうにニコニコしながら両手を上げて私から離れた瀧川くん。肘打ちされたのが嬉しかったのか、私に怒られたのが嬉しかったのか……どちらにしろ瀧川くんはちょっと、いや、かなり変わってる。
「あ、そう言えばっ」
私が喋り始めたタイミングでリビングのほうから着信音が聞こえてくる。多分瀧川くんのスマホだろうな。
「ん? なに?」
「いや、私はいいから電話出なよ」
「君より優先すべきことはないよ、俺には」
そんな曇りなき眼で見つめてこないで?
「あるよ、ありすぎるよ。まずは電話を優先してください」
真顔無言で見つめ合う私達。根負けしたのは瀧川くんのほうだった。
「分かったよ、出ればいいんでしょ?」
なんてちょっと拗ねながらリビングへ行った瀧川くんの後を追う。私から少し離れたところで電話をしている瀧川くんが、なんとなく不機嫌になっていくのが伝わってきた。どうしたんだろう、大丈夫かな。
「それ俺必要ですかね? はあ、そうですか。あまり篠宮さんとの時間を削られたくはないんですけど。はあ、なるほど? ああ、分かりましたよ。では」
電話を切って大きなため息を吐いてから私のほうへ振り向いた瀧川くん。
「篠宮さんごめん、ちょっと仕事が入っちゃって」
げんなりして今にも死んじゃいそうな顔をしてる瀧川くんに慌てて近寄って、『仕事なら仕方ないよ』とフォローしながらあたふたする私。
「いや、あのっ、私は全然大丈夫だから! 仕事がんばってね!」
すると、更にげんなりして落ち込んでいく瀧川くん。待って待って、なんかミスった!? 私!!
「篠宮さんは俺との時間が削られても""全然""大丈夫なんだね……へえー、そっか。俺はこれっぽっちも大丈夫じゃないのにな」
ぶっっすーとしながら不貞腐れてる瀧川くんは子供っぽいっていうか、本当にこの人ヤクザ? と疑いたくなる。
「いや、あの、そういうことじゃなくて! ほら、これから2人の時間たくさんあるし、タイミングなんていくらでもあるっていうか、ね? 機会を見つけて色んな場所に行けるし~みたいな! だから、仕事して?」
この用事って絶対ヤクザのほうの仕事だよね? 私のせいで仕事が疎かになっちゃうのは避けたい。だって、そんなの責任取れないし! うちの会社でのことなら、いくらでも私がやるけど、ヤクザのほうは私じゃなんともならないから! だからお願い……ちゃんと仕事して!?
「篠宮さん、キスして」
「へ?」
「キスして」
「え?」
「キースー、して」
「いや、仕事して?」
「無理、キスして」
「仕事して」
「ならキスしてよ。じゃないと俺、何しでかすか分かんないよ」
お、脅しですか。そんな闇落ちしたような瞳で私を見つめないで。
真顔無言で見つめ合う私達。根負けしたのは私のほうだった。瀧川くんに近づくと満足げな笑みをこぼしながら屈んでキス待ちをしてる。私はチュッと触れるだけのキスを瀧川くんの唇に落とした。
「甘さが足りないんじゃない? 篠宮さん」
「え? ちょっ……!?」
── この後、立てなくなるくらい甘くて深いキスをされて、瀧川くんは上機嫌で仕事へ向かった。まあ、ちょっと駄々こねてたけどね?
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