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過去 神尾&瀧川 視点
しおりを挟む「おい杏奈、寝るならベッド行けよ」
「んー、もっと美波お姉ちゃんと語らいたぁい」
「寝ちゃったら運んであげて?」
そう言って優しい笑みを浮かべながら俺を見てくる美波に胸が高鳴る。こうやって3人でいるのも8年ぶりか。
あの頃はこれが当たり前の光景だったのにな──。
「ったく、次なに飲む? 俺ビールにすっけど」
「じゃあ私もビールで」
美波ってわりと酒強ぇタイプなんだな……いや、俺と飲んでる時点で多少なり警戒されてんだろうから、そりゃ酔いもしねぇわなと思いつつ、冷蔵庫からビールを取り出して戻ると杏奈が机に伏せて寝息を立てていた。
「寝るんかい」
「眠そうだったもんね」
「ったく、ほれ」
「ありがとう」
美波にビールを渡して、仕方なく杏奈を抱えてベッドまで運んだ。ここ広いとはいえワンルームだし、杏奈が視界に入るところにいる以上、俺が変な気を起こすことはない。ま、美波も杏奈がいることでちょっとは安心してくれりゃいいんだけど。
「悪かったな」
「え? 何が?」
「色々と付き合わせて。杏奈はしゃぎまくってたし」
「ううん、私のほうこそごめんね。楽しかったよ」
『あの人と何かあったのか?』なーんて、そんなことは聞いてやらねぇ。ぶっちゃけどうでもいいし、なんつーか癪に障るからな。
まあでも、お前には言いたいことも聞きたいことも山ほどある──。でも今の俺達はただの知人で、仕事仲間ってだけだ。どこまで踏み入っていいのかイマイチ分かんねえんだよな。
けどまぁ、まさか仕事で再会するとは思ってもなかったからな。このまま会うこともねえだろうしって思って、俺の気持ちとかそういうのはもういいやって諦めてたっつーか、美波が幸せならそれで……とか思ってたけど、いざ再会したとなると色々言いたいし聞きたくもなるもんだろ?
まあ、美波が嫌がったら話題変えりゃあいいし、酒の勢いっつーことで何とかなんだろ、多分。
「なあ、美波」
「ん?」
「俺のことが嫌いになって別れたってことは……ねえよな?」
チラッと美波を見ると、ビールを飲んでいた動きがピタッと止まった。
やべぇか? そっこー地雷踏んだ? まあでも、それが一番気になんだろ。つーかぶっちゃけ納得できねぇまんま別れちまったし、あん時は本当にガキで意地になってたっつーか、後に引けなくなったっつーかさ。俺マジでお前のこと好きだったんだけど──。
「……うん、まあ、そうだね」
またビールを飲みはじめて少し困ったように気まずそうな笑みを浮かべる美波。そんな美波を俺は今からもっと困らせるけど、こんな機会もう二度とねえだろうから許してくれ。
「よかったわ。じゃあ俺の勘違いじゃなければさ……俺ら好き同士だったのにあん時別れたってことだよな」
「……ま、まあ……うん」
長年モヤモヤしていた気持ちが少しずつ晴れていく。やっぱ俺、美波のことが好きなんだなって改めて実感することにもなっちまったけど、まあもう遅いわな。美波の心はもう、あの男のもんになってんだろ──。
「綺麗事言うつもりはねえからハッキリ言うけどさ、美波と別れた後に何人かと普通に付き合ったし、付き合ってない女とヤったりもっ」
「ちょ、ちょっ、ちょっ! 杏ちゃんいるのにそんな話しちゃダメでしょ!」
「いや、あれはもう朝になるまでは絶対に起きない。一度寝たら起きないで有名だぞ。忘れたのか?」
「……ああ、まあ、たしかにそうだったね」
「でさ、どうも上手くいかなくて、なんでかなー? って考えた時に毎回浮かんでくるのが美波だった。そんで毎回死ぬほど後悔してんだよな。『なんであん時手離したんだろう』とか『あの頃はクソガキで自分よがりなセックスしかしてやれてなかったな』とかっ……んぐっ!?」
美波が血相を変えて俺の口の中へありとあらゆるツマミを突っ込んできた。
「ばっ、バカじゃないの!? 寝てるとはいえ杏ちゃんがいるのに!!」
昔からそうだった。笑ってる時も、怒ってる時も、何をしている時も、美波は綺麗で可愛い。こんないい女、なんで手離しちまったんだろうな──。
「なあ、美波」
「なによ」
「俺、お前のこと── いや、うん……美波のこと幸せにしてやりたかったわ」
『お前のこと今でも好き……かも』なんて言えねーよな。
「私、颯真と付き合ってた時ちゃんと幸せだったよ。ちょっと荒々しくて困ってた部分もあるけど」
冗談でも茶化してるわけでもない。こういう時、美波は必ず俺の目を見て真っ直ぐ応えてくれる。それは昔も今も変わんねぇのかよ……厄介な女。
ますます欲しくなんじゃん、これ。
いっそのこと無理やり……なんてしたら一生後悔すんぞ、俺。
「美波、今好きな奴いる?」
俺はほんの少しの希望を抱いて、美波の答えを待った。
「……いるけど、ダメかな……多分」
まあなんかあったっつーのは明白で、その好き奴が俺じゃないってことは言われなくても分かってる。だいたい都合がよすぎんだろ、仕事で再会しなければ特に俺からアクション起こすつもりもなかったのに、再会を機に……とか甘ったれた考えしてんなよ。
そろそろマジで踏ん切りつけなきゃなとは思ってたし、いっそのこと潔くフラれとくか。
いや、待てよ。美波の好きな男ってあの宮腰だろ……? いいのか、本当に。ヤクザなんだろ? いやいや、どう考えたってよくねーし危ねえじゃん。やめとけよ、せめて普通の男にしてくれ。じゃないと俺、お前のこと諦めきれそうにねえわ──。
篠宮さんを傷つけてしまった、何よりも大切な人を──。
でも、言えなかった。いや、言えるはずがないじゃないか。俺に──“子供”がいるかもしれないなんて。こんな確証のない話、篠宮さんには言えない。
『俺の子供? そんなの絶対にない、ありえない』と言いきれないことを俺はしていたから、篠宮さんに後ろめたさしか感じなくて、篠宮さんの目をまともに見ることができなかった。
篠宮さんの綺麗な瞳にこんな男の姿を映してほしくなかったし、その瞳は俺の全てを見透かしそうで怖かった──。
「奈津っ……大石さん」
「司君!」
俺に抱きついてこようとした大石さんを止めると、『え?』みたいな顔をして俺を見上げている。
「すみません、そういうのはやめてください」
「……っ、ごめんなさい。あの司君、なんで私のこと名字呼び?」
「今そんなこと重要ですか? まあ簡潔に説明すると、篠宮さんのことは名字呼びで貴女のことを下の名前で呼ぶのは篠宮さんに無駄な不安要素を与えてしまうかなって思っただけです。それよりお子さんは?」
「……そ、それがまだ……ちょっと目を離した隙にいなくなっちゃって」
頑なに『大事にはしたくない』と言う大石さん。まあ、立場的なものもあるだろうし警察に……という選択を避けたくて俺を呼び出したってことか。
「組の連中に情報は共有しました。この辺りの防犯カメラなども余すことなく調べあげます」
「ありがとう……司君」
「俺はもうここにいても意味はないので帰ります、では」
喫茶店から出ようとするとギュッと腕を掴まれて、それが誰なのかは見なくても分かる。俺はその手を払って後ろへ振り向いた。
「ごめんなさい。でも、あの子が見つかるまでは傍にいて……お願い」
「それは俺の役目ではないと思いますが」
「電話での話……ちゃんと話したいの」
それを言われると俺はこの場を去ることはできない。逃げようとしたなんて卑怯だとは思うけど、それでも……どうしても篠宮さんとの関係を壊したくなかった。
「場所、変えましょうか」
「うん」
組系列の店に大石さんを連れてきて、人払いも済んだ。ここの空間にいるのは俺達だけ。
「ごめんなさい。最低な女っていうのは重々承知の上だけどあの時、司君と元旦那とも体の関係を持っていたから正直どっちの子供か分からないの。タイミング的にどっちでも可能性があって……」
「……そうですか。その辺をとやかく責め立てるつもりはありませんよ。俺も適当に遊んでただけなので」
「……そう。こんなこと言うつもり無かったのにテンパっちゃって……本当にごめんなさい。だからって責任を取ってほしいとか、そんなこと微塵も思ってないから」
俺の子だった場合、責任はない責任も取らない……なんてそんなことは言ってられない。俺にも非がある以上は何かしらの形で償わないと──。そう思うのに篠宮さんの存在がチラついて、どうにか隠蔽できないか……とか考えている自分に吐き気がする。
本当のことを知った篠宮さんはきっと……俺のもとを離れていくだろうな。
「こんなこと篠宮さんにバレたら大変よね」
「……それ、どういう意味ですか」
うつ向いてた顔を上げて睨み付けるように大石さんを見ると、大石さんも酷く冷めた目をして俺を見ていた。
「酷いわね、こんな時にも篠宮さんのことばかり考えてるなんて。自分の子供かもしれない子が行方不明になっているっていうのに」
「申し訳ないですけど、俺には篠宮さん以上に大切なものなどありません」
「あの時、司君を選んでたらなって何度も後悔したのっ」
「そういう無駄話はやめてくれませんか」
「フフッ、本当に酷い男ね。でもあの時、私が“特別”だったのには変わりないでしょ? だって何度も何度も貴方の都合で狂ったように抱かれてたんですもの。なのに……あんなアッサリ捨てられるなんて、思ってもなかったわ」
「目的は」
「目的……? 嫌な言い方をするわね。あの子が見つかるまで、ただ私の傍にいてほしいだけよ」
大石さんの目的はなんだ? 何を考えているのか分からない。いや、この際なんだっていい。今後これをネタに揺すられる可能性がある以上、全てをハッキリさせておくべきだし、こんな重要なことを他人の口から知るなんて篠宮さんを深く傷つけてしまうことになる。だから俺の口からちゃんと篠宮さんに説明したい。
「分かりました。見つかるまでは貴女といます」
「本当? 心強いっ」
「お子さんと俺のDNA鑑定をさせてください」
「……え?」
「篠宮さんには俺から全て説明しますので、この事は他言無用でよろしくお願いします。万が一、この事が篠宮さんに知られた場合、昔関係があったからといって俺は容赦しませんよ」
「っ、わ……分かったわ」
ごめん篠宮さん、君になんて言えばいいのか、今どういう連絡をするのが正解なのか、俺には分からない……こんな男でごめんね。どうか、こんな俺を見捨てないでほしい。
時間だけが流れていく。思った以上に手こずってる状況に苛立ちが隠せない。
「まだですか」
「すっ、すみません!!」
「謝れなんて言ってないですよ。“まだか”と聞いているんです」
「ひっ! そ、それが妙なんです」
「妙とは?」
「何度見ても、連れ去られた……という感じではなくて……」
「はあ……で?」
「っ、男の顔がハッキリ映ってる映像もないですし、あの周辺の監視カメラは全て確認しましたが、どれも楽しそうに子供が笑ってて……そして、途中で追えなくなってますね」
「そうですか、もっと捜索範囲を拡げて人を増員してください」
「ぎょ、御意!」
連れ去りとみてまず間違えはない。連れ去り……ねえ。これが赤の他人による犯行なのか、身内による犯行なのかで大きく変わってくる。
「すみません。元旦那さんいう可能性は? 今日が面会日だった……とか」
「それはないわ」
嘘はついてなさそうだな。
それにしても、子供が連れ去られたっていうのに落ち着きすぎてないか? 電話ではかなり焦ってた様子だったけど、実際に会ってみたらそうでない。
けど、この数ヶ月一緒に仕事をして大石さんが子供を大切にしているっていうのは明白だ。非現実的なことが起こると、妙に冷静になる時は確かにある。大石さんはそのパターンのタイプなんだろう、多分。
俺自身が色々と混乱していて頭が通常通りに回らない。どうればいいんだ、この状況。
はやく、早く篠宮さんに会いたい──。
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