秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~

橘ふみの

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苦しい、それでも

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「なあ、美波」
「ん?」
「俺、美波のことっ」

 颯真が何か言おうとした時、着信音が鳴り響いた。颯真はスマホを手に取ると『え? なんで?』みたいな顔をして、少し戸惑っているようにも見えた。

「どうしたの? 颯真」
「え? あ、ああ……いや、大石さんから。こんな時間に電話とか初めてだわ。つーか休みにかかってくんのが初めて」

 大石さんって今も瀧川くんと一緒にいるのかな……多分いるよね。だって瀧川くんから連絡ないんだもん。

 瀧川くんと一緒にいるのに颯真に電話してくるなんて……もしかしたらあの2人、仕事で会ったりしているのかな? いや、だとしたらなんで私抜きなのか分かんないしあんな慌てないよね。

 どちらにしろ休みのこんな時間に電話をかけてくることがなかった人がかけてきてるってことは、よほどのことがあったのかもしれない。

「出たほうがいいんじゃない?」
「だな……はい、もしもし。お疲れ様です、どうしたんですか? え? あ、ああ……なるほど。まだ見てないですね、はい。そうですか、分かりました。はい、おやすみなさい」

 あっさり電話を終えた颯真が何やらスマホを構いはじめた。

「なんか元旦那に送ったと思ったショートメールを間違えて俺に送ってたらしい。だから見なかったことにして消しておいて~だってよ」
「へぇ、そうなんだ」
「……は? いや……なんだこれ」
「どうしたの?」
「え、いや、さすがにプライベートなことだし美波に見せるわけには……って言いたいところだけど、これは美波も知っておいたほうがいいかもな」

 そう言いながら私にスマホを差し出してきた颯真。大石さんが送ってきたメッセージを見て、私は言葉を失った──。

 〖ごめんなさい。実はあの子を妊娠した時、当時未成年だった子と肉体関係を持っていたわ。避妊も一切していません。だから、もしかしたらあの子は貴方の子じゃないかもしれないの。本当にごめんなさい。今日そのことを相手側にも伝えたわ。責任を取るって言ってくれてる。なので今後の慰謝料や養育費や諸々について話がしたいです。連絡ください〗

 なによ、これ……どういうこと?

「これって、宮腰さんとの子かもってこと……だよな」

 きっと颯真は大石さんと瀧川くんの関係を知ってるんだ。大石さんがわざわざ颯真にそれを話したってこと……?

「……そう、かもね」
「っ。なぁ美波、やっぱやめとけってあんな男。ろくでもねぇじゃん」
「たきっ、宮腰くんは……宮腰くんは、そんな……」

『そんな人じゃない』そう言いたいのに言葉が詰まる。だって瀧川くんは、はっきり私に言った……ろくでなしのクズだったって。だけどそれはもう過去のことだし、今は私のことを一番大切にしてくれて、考えてくれているって……そう思ってた。

 大石さんと瀧川くんとの間に子供がいたとして、私は瀧川くんの“一番”になれるのかな……? そもそも私は邪魔者でしかないんじゃないかな──。

 人の幸せを奪って、その上に成り立つ私の幸せなんて……そんなの本当に幸せだって言える? 私はきっと、耐えられない。

「美波、こんな時に言うのは卑怯だって分かってる。でもあんな男に取られるくらいなら言う。ごめん俺、まだ美波のことが好きっぽいわ。つーか好き。やっぱ忘れられねぇよ、お前のこと。友達からでもいいから俺達やり直さないか?」

 颯真は冗談でこんなことを言う人ではない。お互い大人になったし、今の私と颯真なら多分上手くやっていける気がする……あの頃とは違うから。きっと幸せになれると思うし、危険に晒される……なんて非日常的なことだって絶対にない。

 今、颯真を選べば私は──。

「……ごめんなさい颯真。それでも私、もうあの人じゃないといけないの」

 ── 苦しい、それでも私は瀧川くんのことがどうしようもなく好き。

「そっか。美波って真っ直ぐっていうか一途だよな。つーか意外と頑固っていうか、怖いもの知らず的な?」

 ニヒッと笑って私を見ている颯真に思わずつられて笑ってしまった。

「これからも“仕事仲間”としてよろしく頼むわ」
「うん。ありがとう颯真」
「嫌になったらいつでも歓迎してやるから来いよ、俺んところに」
「そうならないように頑張るね」
「ハハッ、可愛いけど可愛くねえ」

 なにってわけじゃないけど、私達は朝までお酒を飲んでオールした。

「美波大丈夫か? ちゃんと帰れる?」
「大丈夫だよ。オールとかもうする歳じゃないね」
「マジでそれな、気をつけて帰れよ」
「うん。杏ちゃんにもよろしくね」
「おう」

 まだ瀧川くんから連絡はない、ということは家に帰ってきてないんだろうな。

「ふぅー」

 大石さんと一夜過ごしたの? 何をしてたの? なんて、私が言えたことじゃないか。

 電車の中でウトウトしつつなんとか駅にたどり着いて、瀧川くん家までタクシーを使うことにした。車の揺れが心地よくて、ゆっくり目を閉じる。

「──さん、お客さん!」
「ん……あっ、はい」
「着きましたよ」
「すみません、ありがとうございました」

 寝ちゃってた……お酒を飲みながらオールなんてするもんじゃないな。重怠い体はお酒のせいなのか、瀧川くんと大石さんのことが気になってなのか、どっちか分からないけど……たぶん両方かな。

 あれ、鍵が開いてる。閉め忘れ? いや、そんなことはない。ということは……?

「篠宮さんっ!!」

 慌てた様子でリビングから出てきた瀧川くん。

「メッセージも既読にならないし電話も出ないから心配した」
「ご、ごめん」
「……どこへ行ってたの」

 少し低い声の瀧川くんを見上げると、目を細めて私を見下ろしていた。

「神尾さんと一緒にいた?」
「え……?」
「神尾さんの匂いがする。お酒くさいし、何をしてたの」

 どうして、なんでそんなに疑われなきゃいけないの? 怒ったような目で私を見ないで、怒ってるのは私のほうなんだから。

「瀧川くんこそどこで誰と何をしてたの」
「……いや、それはっ」
「私は神尾さんと一緒にいたよ、神尾さんの妹も一緒に。後ろめたいことなんて一つもないからはっきり言える」
「っ、後ろめたいことがない……? なんで元カレと一緒にいるんだよ、どうしてこうも自覚がないかな。もっと危機感持ってよ!」
「なによ、それ……瀧川くんだって大石さんと一緒にいたんでしょ!? 今の今まで!! 私が何も知らないとでも思ってるの!?」
「篠宮さん、これにはちゃんと事情がっ」
「私より大石さんのほうがいいの!? なんで、どうして大石さんを選んだの!?」
「俺は君より大切なものなんて何一つ無い。俺がいつ大石さんを選んだって? 俺は篠宮さんのことしか考えてないよ!!」
「私とのデートより大石さんを選んだじゃん!!」
「それとこれとは別だろ!? なんでそうなるんだよ……俺はいつだって篠宮さんを中心に考えてる!!」
「だったら行かないでほしかった……どんな理由があっても私を優先してほしかった!!」
「っ、子供じみたこと言わないでよ……俺がなんの考えもなく動くと思う? 君を置き去りにして。俺は君とのことを真剣にっ」
「私のせいにしないでよ!! 『君のため』『篠宮さんのため』って……瀧川くんのせいじゃん、瀧川くんが撒いた種じゃん……適当なことしてるから私に後ろめたい気持ちがあって何も言えなくなるんだよ!? それを私のせいにしないで! もういい、瀧川くんなんて知らない! ……っ、ちょっ、離して!」

 私の腕を力強く掴んで荒々しく引っ張る瀧川くんが今どんな表情をしているのか、私には分からなかった。

「きゃあっ!?」

 瀧川くんの部屋に連れ込まれてベッドに押し倒される。

「ごめん、もう無理。君からあの男の匂いがするのも、君が俺を拒絶するのも、我慢ならない。君は俺だけのものだよね……? ねえ、あの男とヤった? どうだった? 気持ちよかった? イっちゃったの? ねえ、何回イった? ほら、俺のほうがいいってその可愛い口で言ってよ」

 瀧川くんの瞳から優しさも光りも失われて、もう何も見えていない。それが怖くて、悲しくて、苦しい。

「……た、瀧川くん……っ、こんなのやだっ……」
「ハハッ、俺とヤりたくないくらいあの男に抱かれた? もう疲れちゃった? そんなの俺には関係ない、知らないよ」
「瀧川くんっ、待って! 嫌だよ、こんなの!」
「……そっか、だったら俺はしない。でもごめん、もう止められない」

 あの時、私の部屋から没収したアダルトグッズが入ってる紙袋を漁って取り出してきたのは、あの玩具だった──。

「君が俺のモノ以外でイかないって証明してよ」
「……な、なにを言ってるの……」
「イかないように頑張ってね」


 ── あれからどれくらい時間が経った?

 私の乱れた姿が気に入らないのか、冷めた表情で私を見下ろしてる瀧川くん。

「篠宮さん、イっていいだなんて俺一言も言ってないよね? 俺以外のモノを咥えてイくなんて許せないなぁ。ほら、ちゃんと我慢しなよ」
「っ!!」

 私を見る瀧川くんは呆れたように鼻で笑っている。そこにいつもの優しさなんて一切なかった。

「こんなことされてイきまくっちゃうなんて……ハハッ、篠宮さんも相当な変態だね? あぁご褒美になっちゃったかな? 本当に悪い子だ、君は」
「瀧川くん……っ、もうやめてっ……」

 にこにこ笑っている顔は酷く冷めていて、瞳には何も宿っていない。元々嫉妬深くて独占欲の塊みたいな人だとは思ってたし、執着がすごくてちょっと愛が重くて異常なのも分かってたけど、ここまで私の声が届かない瀧川くんは嫌だよ。

 この状況をどうすればいいのか分からない。頭が混乱して、思考が全く追いつかなくて、涙が止まらなくなる。

「……っ、瀧川くん……お願い……っ、もうやめて……うぅっ」
「……っ!? ご、ごめん、ごめんね篠宮さん……っ、俺本当に……ごめん」

 私の泣き顔を見て我に返った瀧川くんは血の気の引いた顔をしながら何度も『ごめん』と謝って、ベッドの縁に腰かけて頭を抱えていた。

「ごめん篠宮さん、こんなつもりじゃ……本当にごめん、何してるんだ俺……怖かったよね……ごめんね。篠宮さん、俺達しばらく距離を置こう。俺の近くにいないほうがいい」

 なにそれ、距離を置いてどうなるの? どうにもならないよ。私のことはもうどうでもよくなっちゃった?

「瀧川くんっ」
「これ以上君を傷つけたくないんだ。俺のせいなのに君を傷つけて泣かせて、俺は一体何がしたかったんだ……ごめん、落ち着くまで君とはいられない」

 絞り出すような震える声の瀧川くん。広くて大きな背中が、とても小さく見えた。瀧川くんと大石さんとの間に子供がいるかもしれないって、そう思うと胸が張り裂けそうなくらい苦しい。それでも私は、瀧川くんのこと諦めたくないの。だって、瀧川くんのことが好きだから。

「私、そんな中途半端なことするくらいならこの家出ていく。もう瀧川くんとは関わらない、この関係は終わり。それでもいいの?」
「……っ、篠宮さんがそうしたいなら俺はその通りにする。こんな俺に君を引き止める権限なんてないよ」

 なによ、それ──。

「瀧川くんは私のこと好きじゃないの? 瀧川くんの気持ちってその程度だった? そんな簡単に私のこと諦めれちゃうの? 私のこと愛してるって嘘だった? 全部、嘘だったの……?」

 バッと勢いよく振り向いて私を見た瀧川くんは、かなり焦っている様子だった。

「ちっ、違う、違うよ。俺、本当に篠宮さんのことがっ」
「だったら傍にいて、離さないでよ、私のこと。ちゃんと抱きしめて、私のこと愛してるって言ってよ。好きなら遠ざけるようなことしないで!!」
「し……篠宮さん……」
「だいたい、瀧川くんがろくでなしのクズだったってことはもう分かってる! いつかそのツケが回ってくるだろうなって思ってたし、女関係で揉めるなんて瀧川くんに限らずあることじゃん! 後ろめたいことはないって、私のことだけを愛してるって言うのなら、ちゃんとなにがあったか説明しなさいよ!」
「う、うん、ご、ごめん……」

 今までにないくらいの気迫で瀧川くんに物を言う私に、若干押され気味の瀧川くんがちょっと情けない男になっているのは言うまでもない。

「あとちなみに私は変態じゃないから前言撤回して。変態なのは瀧川くんでしょ、一緒にしないで」

 私は瀧川くんにプレッシャーをかけながら、冷めた目でジトーッと見つめる。すると、汗をダラダラ垂らしながら目を泳がす瀧川くん。この人は本当にヤクザなのだろうか、と疑いたくなるほど私には弱いらしい。

「ご、ごめんなさい……篠宮さんは変態じゃないね、変態なのは俺だよ」

『君がいないと生きていけない、俺死んじゃうよ』みたいな顔やオーラが瀧川くんから露骨に出てて、それがどうしようもなく愛おしいし、安心してホッとする。

 やっぱり私は、瀧川くんじゃなきゃダメみたい──。
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