秘めごとは突然に ~地味な同僚くん、実はヤクザでした~

橘ふみの

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この先も

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「ごめんね、篠宮さん……」

 瀧川くんから話は全部聞いた。まぁあのメッセージでだいたいのことは予想できてたから、想定内の話ではあったかな? 思ったよりも冷静に話を聞けてた自分に驚く。正直こんなデリケートな話を騒ぎ立てながら聞いても……って感じではあるし。

 DNA鑑定の結果が出るまで10日くらいだから、それ次第でまた話が変わってくるってことだよね……?

「これは私が首を突っ込める話ではないと思うし、瀧川くんと大石さんがこの先どうするか……の問題だとは思うけど、私は──」

『私はこの先も瀧川くんと一緒にいたい』そう言いたいのに、今このタイミングで言うのは卑怯なのかな。

「篠宮さん……俺、この先も君と一緒にいたい。こんなこと言われても困らせるだけだとは思うけど、それでも俺は……君と一緒にいたい」

 真っ直ぐ私を見る瀧川くんの瞳は、不安や後悔で揺らいでいた。そして、どことなく“腑に落ちない”というような表情をしているのを私は決して見逃さなかった。

「ねえ、瀧川くん。何か気になってることでもあるの?」
「え?」
「納得いかないって、そんなような顔してる」
「……いや、これは篠宮さんに言うべきではないと思う。だからごめん」

 もう今更なんじゃないかな。だってこの現状を変えることなんてできないわけだし、今更なにを言われたってもう瀧川くんのことを諦めることも、無かったことにすることも私にはできないから、向き合っていくしかないと思ってる。

「言って……ちゃんと話して。私、もう覚悟はできてるから」

 何があっても、この気持ちに蓋をすることはできないし、しない。

「……ごめん、こんな時に自惚れてもいいのかな。篠宮さんに『好きだ』って、そう言われてる気がしてっ」
「好き」
「……え?」
「好きなの、瀧川くんのこと。だからもう逃げない、何があっても離してやんない。覚悟してね、瀧川くん」

 瀧川くんは呆然として、ちょっと間抜けな顔で私を見ている……と思ったら、溶けちゃいそうなくらいへにゃへにゃな顔をして、両手でバッ! と顔を隠した。

「ご、ごめんっ! こんな時に喜んでる場合じゃないっていうのは分かってるんだ、分かってるのにごめん。死ぬほど嬉しくて……ありがとう、篠宮さん」

 うぶな恋する乙女みたいになってる瀧川くんが本当におかしくてお腹を抱えながら笑うと、少しムッとしてる瀧川くんにまた笑えて仕方なかった。裏表が激しすぎる瀧川くんにどうしようもなく沼ってしまう私は、きっとどうかしてるんだと思う。

「で、なんなの? 瀧川くん」

 真顔でジッと見つめると、困ったような顔をする瀧川くん。

「え……ちょ、切り替えが早すぎて怖いよ。篠宮さん」
「言っとくけど私、そんな弱い女じゃないから」
「……う、うん……それはもう知ってるよ」
「ほら、さっさと言いなさい」
「あ、はい……」

 男は女の尻に敷かれてるくらいがちょうどいいの。だから最初が肝心! それに瀧川くんは私のガン詰めにめっぽう弱いということは、この数ヶ月で把握済み。瀧川組の人達がこんな瀧川くんの姿を見たらかなり驚くだろうな。ごめんなさい、瀧川組のみなさん。私は容赦なく瀧川くんを尻に敷きます!!

「えっと、まず大前提として、だからと言って可能性が無くなるわけではないし、俺に非があるのは当然で『俺のせいじゃない』とかそういうことを言いたいわけじゃないってことは頭の片隅に置いておいてほしい」
「うん」
「本当に言わなきゃいけないかな? あまり気が進まないんだけどっ」
「は や く」
「……ごめん、お願いだから嫌わないでね? 俺のこと」
「事によりけり」
「やっぱ無理だよ、言えない」
「ウジウジしない!!」

 ガクッと肩を落としてうつ向いた瀧川くん。きっと私の目を見て話せない内容なんだろうなって察した。

「……あの時、避妊をしてなかったのは事実だけど中に出したことはない。当時ピル飲んでるって大石さんが言ってたから『ま、いっか』って適当だったんだ……大石さんがそれらしき薬を飲んでるところも何度か見かけたことがあったし。だから大丈夫だろうって浅はかな考えで避妊はしなかった。避妊しなかった俺が悪いのは百も承知だけど、可能性として大石さんが本当にピルを飲んでいたとしたら……俺との子っていうは、ないような気がする。あと、今回のオチがどうも腑に落ちないかな。結局は元旦那さんと大石さんの勘違いで起こったなんて、そんな話あるのかなって」

 飲んでいた薬がピルだったとするなら、妊娠の可能性は著しく低下するとは思うけど、タイミング的には瀧川くんと関係を持ってた付近でもあるから何とも言えないのが今の現状でもある。

 そして、今回の連れ去り事件の結末は大石さんと元旦那さんが面会日をお互い勘違いしてて、いつもの待ち合わせ場所に子供がいたから元旦那さんは連れて行った……とのこと。まあ、大石さんが見当たらないのは少し変だなとは思ったけど……みたいな感じだったらしい。

 ていうか、今の瀧川くんじゃ考えられないくらい適当な男だったんだなって信じられないよ。全く想像がつかないんだもん。だって瀧川くんが避妊しない(ゴムをつけない)なんてことは一度もなかったし、『性欲処理でしかない』みたいな抱き方を私にしたことなんて一度もなかった。本当に同じ人物なのかな? って疑うレベルだよ、本当に。

「ごめん篠宮さん、こんなこと聞きたくなかったよね……本当にごめん」

 ずっと謝ってばかりの瀧川くん。きっと死ぬほど後悔してると思う、過去の自分が行ってきた行為を。

「何も話してくれないよりは全然マシ」
「……ごめんね」

 ── それから瀧川くんは常に私との間に一定の距離を保つようになり、スキンシップも一切無くなった。

 あの騒動後、大石さんと颯真が打ち合わせで会社へ来た……のはいいけど、仕事だしちゃんとしなきゃって思うのに、いざ大石さんを目の前にすると上手くいかなくてミスを連発しちゃう。それを瀧川くんがフォローしてくれたりして、なんかもう嫌になってきた。

「すみません、少し外します」

 大石さんが出ていって、少し休憩しようかってなった私達。

「ちょっとお手洗いに……」

 廊下を歩いていると前から大石さんが歩いてきて、パチッと目が合った。

「篠宮さん、少しいいかしら」
「はい」

 会社の外に出てベンチに座った私達。わざわざ外に出たってことは、きっとあの話をされるんだろうなってそう思った。

「意外と折れないのね、あなた。てっきり司君のもとから離れていくと思ってたんだけど」
「……離れる理由が今のところ無いので」
「フフッ、図太い神経してるわ」
「それ、あなたに言われたくはないです」

 シンッと静まり返って、無言の時間が流れる。

「あの、どこまでが仕組まれたことだったんですか」
「酷い言い様ね。まあ、そうね……全部よ。あなた達が水族館へ行く日を狙ったの。で、神尾君を水族館へ行かせたのも私。ま、篠宮さんが水族館へ行くのは賭けだったけれど」
「……何を企んでるんですか、何がしたいんですか、大石さん」

 膝の上に置いてある手を痛いくらいにギュッと握り締めて、ただ耐えるしかなかった。今までに無い感情が渦巻いて、自分が自分じゃなくなりそうで怖かった。

「気に入らないの、ただそれだけ。正直うちの子がどっちの子か分からないのは事実よ。どっちの子でも私の子であることには変わりないし、大切なのも変わりないわ。でも……司君との子だったら嬉しいなって思ってる。この意味、分かるわよね? 私、司君のことが好きだったの。さて、戻りましょ?」

 立ち上がって会社へ戻ろうとする大石さんの腕を咄嗟に掴んでしまった。

「なによ。痛いわ、離して」
「……気に入らないって、何がですか」
「随分と頭がお花畑なのね。決まってるでしょ……? あなたの存在が気に入らないのよ。私のことはあっさり捨てたくせに、あなたは司君に大切にされて、愛されてるんでしょ? そんなのっ」
「大石さん、会社でトラブルがあったみたいです。すぐ戻ってくるように……だそうです、行きましょう。すみません篠宮さん、また」

 大石さんを連れて去ってく颯真に救われた。私のことが憎くて憎くて仕方ないって目をしていた大石さんが正直怖くて、震えていた。

「篠宮さん」
「瀧川くん」 
「ごめん、何もされてない?」
「うん。大丈夫だよ」
「……篠宮さん、これは俺の不誠実さが招いた結果でしかない。何をしたって大石さんは俺を許さないとは思う。でも、俺にとって大切なのは篠宮さんなんだ。だから大石さんとのこと……ちゃんとケジメをつけたい。不安にさせてるのに、もっと不安にさせちゃうことになる。本当にごめんね」

 不安で押し潰されそうなのも事実だけど、瀧川くんが大石さんを傷つけたのも事実。でも、正直大石さんと瀧川くんの関係はお互い様で同意の上だったとは思うから、瀧川くんのせいっていうのもおかしな話。

 けど……瀧川くんのことが好きだった大石さんからしたら、きっと辛かったんだと思う。何もなければ、何もないで済んでたはずなのにこんな形で再会して、あんな遊び人だった瀧川くんが私を大切に……なんて現実を目の当たりにしたら、当時の感情が甦ってきて憎しみに変わるのも必然かなって思う。

「DNAの結果が出たら大石さんと話がしたい。いいかな、篠宮さん」
「うん」
「ごめんね、ありがとう」

 瀧川くんは元々『ごめん』や『ありがとう』をたくさん言ってくれる人だった。でも、それ以上に『好き』や『愛してる』をたくさん伝えてくれる人。なのに最近の瀧川くんは、私に愛を伝えてくれることが少なくなって、その変わりに謝ることばかりが増えてった。

『ごめん、ごめんね』って申し訳なさそうに謝る瀧川くんを見るたびに、『どうして愛してるよって言ってくれないの?』って心が痛くて苦しくて辛くて、想い合ってるはずなのにちゃんと結ばれることのないまま、結果を待つ日々が続く。

「いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「うん、ありがとう」

 今日はヤクザあっちの仕事とDNAの結果が出る日……そして、大石さんと瀧川くんが会って話をする日でもある。私は全てのことが終わるまで瀧川くんを待つことしかできない。

 いつも通り家事を済ませて、いつ帰ってくるかも必要なのかも分からないのに夜ご飯の支度をしたりして、お風呂に入りながら不安に押し潰されそうになる。瀧川くんがこのまま帰ってこなかったらって恐怖に怯えてむせび泣く。

 ── 縮こまってソファーに何時間も座っている私。いつの間にか日付も変わっていて、気づいた時にはもう2時を回ろうとしていた。

 ガチャッ……と玄関のほうから音が聞こえて、そっちのほうへ視線を向けると瀧川くんの姿が──。

「ただいま」
「おかえりなさい」
「ごめん、寝れなかったよね」
「ううん」
「……たくさん不安にさせてごめんね。大石さんの子は俺の子じゃなかった」

 瀧川くんが私に差し出してきたのは、DNA鑑定の結果が書いてあるであろう用紙が入った封筒だった。それを受け取って、中を確認することなく机の上に置いた。私は瀧川くんの言葉を信じてる、こんなの見なくたっていい。

「大石さんと話もしてきた」
「そっか」
「心配かけてごめん、待っててくれてありがとう」
「うん」
「篠宮さん……君に触れてもいいかな」

 今にも泣き出しそうな顔と声で、ゆっくり私へ震える手を伸ばしてきた瀧川くん。

「瀧川くんが触れてくれないと困っちゃうよ、私」

 涙が滲んで瀧川くんがしっかり見えない。でも、瀧川くんの少し震えている手がそっと私の頬を包み込んで、『ここにいるよ』って教えてくれる。優しくてあたたかいこの手に触れられて、心も体も満たされていく。

 その指先から愛が、熱が、伝わってくる──。

「ごめん、ありがとう篠宮さん」
「……っ、好き……瀧川くんのことがっ……」

 私を抱き寄せてギュッと力強く抱きしてくる瀧川くん。私も力いっぱい瀧川くんを抱きしめた。

「篠宮さん、君のことを愛してる。俺だけの篠宮さんになってほしい……この先もずっと一緒にいたい。俺と結婚してください」

 ん? いや、え? ちょっ、え? 聞き間違え……かな? 『付き合ってください』だよね? 普通は、多分。

「あ、あの……瀧川くん? 私の聞き間違えだとは思うけど……『結婚してください』じゃなくて『付き合ってください』だよね?」
「交際期間って重要かな」
「うん、多分ね」
「そ、そっか……先走ってごめん。あの、篠宮さん」
「あ、はい」
「俺の彼女になってください」
「うん。ヤクザの女になる覚悟はもうできてるよ」
「ハハッ。ほんっと君には敵わないな……愛おしくてたまらないよ」

 ── この日、瀧川くんは一切私を離してくれなくて、何度も何度も愛を囁いて、何度も何度も丁寧に私を抱いた。

「瀧川くん……んっ、もう無理……だからぁっ」
「はぁっ……っ、もっと、もっと俺を感じて? 愛してるよ、篠宮さん」
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