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「幻を追い求めて」3話
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「幻を追い求めて」3話
追田の描いたデッサンは貼り出されたどの生徒の絵の中でも輝いていた。
先生も絶賛し、追田に期待を寄せているのが態度でよく分かった。
あんなに最初に意気揚々と追田に話していた自分が恥ずかしくなり、それ以来、成瀬静は上を向けなくなった。
上を向いたら、あの絵が、自分が、こちらを見てくる。
そう、成瀬静に追田紡求(つむぐ)は眩し過ぎたのだ。
あの日以降、成瀬にとって絵を描くということが楽しみから苦痛に変わった。
今まで迷わず真っ直ぐ描けた線は歪み、アタリも上手く取れなくなった。それまでハッキリとしていた絵は曖昧で、ぼんやりとした印象の絵に変わっていき、まるで別人のような絵の完成度になっていった。
しかし、成瀬自身、描くことは止めなかった。というより、彼には絵を描くことしか出来なかったのだ。
成瀬はひたすら絵を描くことが出来るが、友達を作ったり行事を楽しんだりといわゆる青春というやつを謳歌するには意地っ張りな彼の性格上、容易ではなかった。
一方、追田は成瀬と違って持ち前の人懐っこさと社交性で友人を多く作り、常に楽しそうに笑っていた。その分、彼が授業以外で絵を描いてるところを見たことが無い。
成瀬はすぐに追田に追いつけると思った。描けば描くほど上達し、また安心して絵を描ける日々が戻ってくる。追田という男の顔を、あいつが描いた自分の絵を堂々と正面から見れると成瀬は信じて疑わなかった。
成瀬は不安で不安で仕方なかった。追田という初めて自分の前に現れた恐怖を早く消し去りたかったのだ。
しかし、一年以上月日が経ってもそんな日はやってこなかった。絵は上達するどころか、「前回と何が変わったのかよく分からない。」と先生に一蹴される始末。
それでも必死に前屈みになって絵を描け続けた。
成瀬の姿勢はどんどん猫背になっていった。
「成瀬くん、おはよう。」
すれ違い様に追田から挨拶されても会釈程度で返した。あまり追田と関わりたくなかったからだ。
目が合うと、それまで絵に熱中していた何かが全部消えてしまう気がしたから。
そんな自分の態度を見て周りはヒソヒソ話を始めた。しかし、当の追田本人はというと、キョトンとした顔で成瀬を見ているだけだった。
「ただいま。」
「おかえり。」
家に帰ると母が迎えてくれる。
「今日のご飯、静が好きなカレーよ。甘口にしといたからね。」
もう辛口でも食べれるようになった母のカレーを掻き込み、自分の部屋に戻った。
引き出しからスケッチブックを取り出し、無我夢中で描き始める。
暫く前屈みになってデッサンの課題を描いていると、もう時計の針は一時と夜更けを指していた。集中していたからか喉が渇いてることにも気付かなかった成瀬は、水を飲もうと椅子から立ち上がった。
ゆっくりドアを開けて台所の方に足音を立てないように歩くと、リビングの方から二人の話し声が聞こえてきた。
「おい。あんな学校に通わせて大丈夫なのか?まさか大学にまで行って絵描いて遊ぶなんて言うんじゃないだろうな」
「あなた、そんな言い方ないじゃないですか。」
毎日聴いている声だ。
「学校でくらい好きな事をして過ごさせてあげるべきよ。大人になったらそうはいかないでしょう?」
相手の機嫌を伺う声が聞こえる。
「みんな学校を卒業したら自然と大人になっていくものよ。静もそう。お父さんも何だかんだ高い授業料払ってくれてるじゃないですか。」
「まあ、そうだが…」
そこには幼い頃、自分の描いた絵を褒めてくれる母はいなかった。自分が見た光景は幻だったのかもしれない。
その日、初めて成瀬は、描いた絵をゴミ箱に捨てた。
追田の描いたデッサンは貼り出されたどの生徒の絵の中でも輝いていた。
先生も絶賛し、追田に期待を寄せているのが態度でよく分かった。
あんなに最初に意気揚々と追田に話していた自分が恥ずかしくなり、それ以来、成瀬静は上を向けなくなった。
上を向いたら、あの絵が、自分が、こちらを見てくる。
そう、成瀬静に追田紡求(つむぐ)は眩し過ぎたのだ。
あの日以降、成瀬にとって絵を描くということが楽しみから苦痛に変わった。
今まで迷わず真っ直ぐ描けた線は歪み、アタリも上手く取れなくなった。それまでハッキリとしていた絵は曖昧で、ぼんやりとした印象の絵に変わっていき、まるで別人のような絵の完成度になっていった。
しかし、成瀬自身、描くことは止めなかった。というより、彼には絵を描くことしか出来なかったのだ。
成瀬はひたすら絵を描くことが出来るが、友達を作ったり行事を楽しんだりといわゆる青春というやつを謳歌するには意地っ張りな彼の性格上、容易ではなかった。
一方、追田は成瀬と違って持ち前の人懐っこさと社交性で友人を多く作り、常に楽しそうに笑っていた。その分、彼が授業以外で絵を描いてるところを見たことが無い。
成瀬はすぐに追田に追いつけると思った。描けば描くほど上達し、また安心して絵を描ける日々が戻ってくる。追田という男の顔を、あいつが描いた自分の絵を堂々と正面から見れると成瀬は信じて疑わなかった。
成瀬は不安で不安で仕方なかった。追田という初めて自分の前に現れた恐怖を早く消し去りたかったのだ。
しかし、一年以上月日が経ってもそんな日はやってこなかった。絵は上達するどころか、「前回と何が変わったのかよく分からない。」と先生に一蹴される始末。
それでも必死に前屈みになって絵を描け続けた。
成瀬の姿勢はどんどん猫背になっていった。
「成瀬くん、おはよう。」
すれ違い様に追田から挨拶されても会釈程度で返した。あまり追田と関わりたくなかったからだ。
目が合うと、それまで絵に熱中していた何かが全部消えてしまう気がしたから。
そんな自分の態度を見て周りはヒソヒソ話を始めた。しかし、当の追田本人はというと、キョトンとした顔で成瀬を見ているだけだった。
「ただいま。」
「おかえり。」
家に帰ると母が迎えてくれる。
「今日のご飯、静が好きなカレーよ。甘口にしといたからね。」
もう辛口でも食べれるようになった母のカレーを掻き込み、自分の部屋に戻った。
引き出しからスケッチブックを取り出し、無我夢中で描き始める。
暫く前屈みになってデッサンの課題を描いていると、もう時計の針は一時と夜更けを指していた。集中していたからか喉が渇いてることにも気付かなかった成瀬は、水を飲もうと椅子から立ち上がった。
ゆっくりドアを開けて台所の方に足音を立てないように歩くと、リビングの方から二人の話し声が聞こえてきた。
「おい。あんな学校に通わせて大丈夫なのか?まさか大学にまで行って絵描いて遊ぶなんて言うんじゃないだろうな」
「あなた、そんな言い方ないじゃないですか。」
毎日聴いている声だ。
「学校でくらい好きな事をして過ごさせてあげるべきよ。大人になったらそうはいかないでしょう?」
相手の機嫌を伺う声が聞こえる。
「みんな学校を卒業したら自然と大人になっていくものよ。静もそう。お父さんも何だかんだ高い授業料払ってくれてるじゃないですか。」
「まあ、そうだが…」
そこには幼い頃、自分の描いた絵を褒めてくれる母はいなかった。自分が見た光景は幻だったのかもしれない。
その日、初めて成瀬は、描いた絵をゴミ箱に捨てた。
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