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「幻を追い求めて」5話
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「幻を追い求めて」5話
教師が職員室の扉を開け、自身のデスクの椅子に座った。
成瀬もゆっくりと既に開いてる扉を潜った。
教師の方を見ると、いつものように怠そうにしている教師が、少し表情を強張らせていた。
「成瀬。ずっとお前の絵を見てると思うんだが、」
教師は外の風景を見ながら口を開く。もうそろそろ冬も終わりを告げるように桜の木の蕾が膨れ上がっていた。
「お前にはどうも自分らしさが無い。それっぽいのが初日に描いたあの絵くらいだ。」
握っていた手に力が入り、画用紙にシワが大きく入る。
自分自身、迷走しているのは分かっていた。
教師の視線は外の桜の木から成瀬に移る。
「いくら何でも追田の描き方に寄せすぎだ。相手の良いところを見て学ぶのも大事だが、それで自分の個性を完全に潰すのは悪手だぞ。」
一瞬、教師が何を言っているのか分からなかった。
「一度考えるのを止めて描いてみたらどうだ?」
それ以降、教師は何か口を動かしていたが、その内容が成瀬の耳に届く事はなかった。
ふらふらと教室に足を踏み入れる。
持っていたシワ塗れの画用紙を震えた指で広げる。
そこには憎い男の顔がこちらを見ていた。冷や汗が頬を伝った。
ふと視線を感じ、後ろを勢いよく振り返る。
そこには、優秀な例としてまだ飾られてある自分自身がこちらを眺めていた。
どこか緊張して眉を顰めた自分が自分を見ている。
成瀬は足早に教室を出た。
もう辺りは日が落ちかけていて、遠くから運動部の生徒の笑い声が聞こえる。
どんどん足の動きは速くなる。
渡り廊下に差し掛かった際にようやく顔を上げた。
そこにはちょうど追田も渡り廊下に足を一歩踏み出すところだった。
横を見ると、恐らく普通科の生徒であろう女子もいた。
追田は成瀬に気がつくと少し女生徒の前を歩いて横に一つスペースを空けた。
成瀬は走ってその場を逃げるように通り過ぎた。
女生徒がびっくりしたような顔でこちらを見たのは端に見えたが、追田の顔は確認できなかった。
いや、確認したくもなかった。
通学路の反対方向にある少し雨で泥濘んだ道を歩く。歩く度に潮の香りが風と共に感じる。
もう波の音がすぐそこまで聞こえるくらいまで泥塗れになった靴を動かした。その靴は泥に砂がくっつき、砂塗れになっていった。
目の前には広い海が広がっている。もう日は落ちてる為、海は昼間の綺麗なコバルトブルーが今では真っ黒にくすんでいた。
ー「井の中の蛙大海を知らず」
もし蛙がこの海を見た時、どう思っただろうか。
恐怖で慄く?それとも見なかったフリをする?
そもそもこれが何なのか理解出来ない?
成瀬は持っていた画用紙をくしゃくしゃに丸める。
そうして、それを思いっきり振りかぶり、投げた。
その割には、遠くまで行くこともなく、ポチャンとした音も鳴らず、それは暫く海の上を転がっていた。
涙は出なかった。これからはあの画用紙が全部、代わりに水分を吸ってくれるだろうから。
その日、自分らしく描いていたあの絵は、幻となって消えた。
教師が職員室の扉を開け、自身のデスクの椅子に座った。
成瀬もゆっくりと既に開いてる扉を潜った。
教師の方を見ると、いつものように怠そうにしている教師が、少し表情を強張らせていた。
「成瀬。ずっとお前の絵を見てると思うんだが、」
教師は外の風景を見ながら口を開く。もうそろそろ冬も終わりを告げるように桜の木の蕾が膨れ上がっていた。
「お前にはどうも自分らしさが無い。それっぽいのが初日に描いたあの絵くらいだ。」
握っていた手に力が入り、画用紙にシワが大きく入る。
自分自身、迷走しているのは分かっていた。
教師の視線は外の桜の木から成瀬に移る。
「いくら何でも追田の描き方に寄せすぎだ。相手の良いところを見て学ぶのも大事だが、それで自分の個性を完全に潰すのは悪手だぞ。」
一瞬、教師が何を言っているのか分からなかった。
「一度考えるのを止めて描いてみたらどうだ?」
それ以降、教師は何か口を動かしていたが、その内容が成瀬の耳に届く事はなかった。
ふらふらと教室に足を踏み入れる。
持っていたシワ塗れの画用紙を震えた指で広げる。
そこには憎い男の顔がこちらを見ていた。冷や汗が頬を伝った。
ふと視線を感じ、後ろを勢いよく振り返る。
そこには、優秀な例としてまだ飾られてある自分自身がこちらを眺めていた。
どこか緊張して眉を顰めた自分が自分を見ている。
成瀬は足早に教室を出た。
もう辺りは日が落ちかけていて、遠くから運動部の生徒の笑い声が聞こえる。
どんどん足の動きは速くなる。
渡り廊下に差し掛かった際にようやく顔を上げた。
そこにはちょうど追田も渡り廊下に足を一歩踏み出すところだった。
横を見ると、恐らく普通科の生徒であろう女子もいた。
追田は成瀬に気がつくと少し女生徒の前を歩いて横に一つスペースを空けた。
成瀬は走ってその場を逃げるように通り過ぎた。
女生徒がびっくりしたような顔でこちらを見たのは端に見えたが、追田の顔は確認できなかった。
いや、確認したくもなかった。
通学路の反対方向にある少し雨で泥濘んだ道を歩く。歩く度に潮の香りが風と共に感じる。
もう波の音がすぐそこまで聞こえるくらいまで泥塗れになった靴を動かした。その靴は泥に砂がくっつき、砂塗れになっていった。
目の前には広い海が広がっている。もう日は落ちてる為、海は昼間の綺麗なコバルトブルーが今では真っ黒にくすんでいた。
ー「井の中の蛙大海を知らず」
もし蛙がこの海を見た時、どう思っただろうか。
恐怖で慄く?それとも見なかったフリをする?
そもそもこれが何なのか理解出来ない?
成瀬は持っていた画用紙をくしゃくしゃに丸める。
そうして、それを思いっきり振りかぶり、投げた。
その割には、遠くまで行くこともなく、ポチャンとした音も鳴らず、それは暫く海の上を転がっていた。
涙は出なかった。これからはあの画用紙が全部、代わりに水分を吸ってくれるだろうから。
その日、自分らしく描いていたあの絵は、幻となって消えた。
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