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「幻を追い求めて」6話
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「幻を追い求めて」6話
うちの学校近くの桜は早目に咲く。
花びらが窓の向こう側で舞う中、成瀬は一つ飛ばされた番号をパソコン越しに眺めていた。
記念受験のようなものだった。
そう、すでに進路は決まっている。
四月からは土木工事会社に勤めることになっている。
もう卒業式は終わっている為、これが最後の通学だった。
お世話になった教師に会いに行こうかと思ったが、落ちた後に会うのも何だか気が進まなかったので、そのまま学校の門を潜った。
最後に歩く通学路。
ーもうここには来ないだろう。
そう、成瀬は思った。
今日はあの時と違って地面は泥濘んでいなかった。
遠くから見える海。
もうあの海も見納めか。最初は見るとなんだか息苦しくなるなと思っていたが、今となっては少しでも寂しく感じるものだな。
バスの車内、海を眺めると綺麗な桜吹雪が舞っていた。まるでみんなの門出を祝っているかのようだった。
だがその中に自分が含まれているとは、その時の成瀬にはどうしても考えられなかった。
ー考えられる為に離れるんだ。
そう自分に言い聞かせた。
家に帰るとまたいつも通り母が迎えてくれた。
「おかえり。どうだった?」
母が心配そうな目をしながらエプロンで手を拭いている。
俺は静かに首を横に振った。
それを見た母は少し困り眉をしたが、すぐに笑って話す。
「今日はカレーよ。たくさん食べなさい。」
成瀬はすぐに部屋に戻ろうと廊下を歩き始めたが、すぐ後ろからまた母の声がした。
「そういえば、さっき追田くん?ていう子が家に来たわよ。」
暫く耳にしないようにしていた男の名前が頭に直接入ってきた。
振り返ると母は嬉しそうに笑っていた。
「なんだか静に聞きたいことがあるみたいだったわよ。明日の昼過ぎにあそこ、学校近くの海岸に行くから会わないか?って言ってたわ。」
心臓が徐々に鼓動を速くする。また冷や汗が滲み始めた。
母はそんな自分に気づきもせず続きを話す。
「静、友達の話なんて全くしないから驚いちゃったわよ。気さくでしっかりしてて良い友達じゃない。」
ーなんの用だ?一対一で話すことなんて何もないはずだぞ。
走ってもないのに息が上がる。母は何かまた話していたが、逃げるように部屋に戻った。
部屋に入って成瀬はすぐベッドにうつ伏せになった。
思い出したくもない男の顔が頭を過ぎる。
だが、ただそれだけで他には何も頭に浮かばなかった。それぐらい奴との関係性など希薄でしかなかった。
そう悶々と考えていると母に呼ばれ、家族で食卓を囲んだ。
目の前にはドロっとしたカレーの上に黄色い液体のようなものが掛かっていた。
「今日はチーズを掛けてみたの。」
母が尋ねる前に答えを言った。スプーンで掬ってゆっくり口に入れ、咀嚼する。スパイシーな香りの割には味は甘ったるく、それに加えてミルキーな塩味が後から口の中に広がった。
「いやーそれにしても、思ったより早く静は大人になったなあ!」
父が自分のグラスに瓶ビールを勢い良く注ぎ込む。
「あんなに絵ばっかり描いてたのに、来月からは社会人だからなあ!」
ニコニコと大口を開けて笑う父はグラスから溢れそうな泡を見て「おっとっと」とグラスをすぐさま持ち上げる。
「いやー、これで安心安心。」と一気にビールを煽った。
その間、成瀬はずっと黙ってカレーを咀嚼していた。もうカレーの器に黄色い物体は消えていた。
「それにしても」
「お父さん。」
父がまたビールをグラスに注ごうとするところに母が口を挟んだ。
「今日はこの子の友達が家を訪ねて来たんですよ。」
「何、本当か!静、お前そんな友達がいたのか!」
もっと最悪の方に話が振られ、俺はまた掻き込むようにカレーを食べて部屋に戻った。
次の日、俺は大海には行かなかった。
うちの学校近くの桜は早目に咲く。
花びらが窓の向こう側で舞う中、成瀬は一つ飛ばされた番号をパソコン越しに眺めていた。
記念受験のようなものだった。
そう、すでに進路は決まっている。
四月からは土木工事会社に勤めることになっている。
もう卒業式は終わっている為、これが最後の通学だった。
お世話になった教師に会いに行こうかと思ったが、落ちた後に会うのも何だか気が進まなかったので、そのまま学校の門を潜った。
最後に歩く通学路。
ーもうここには来ないだろう。
そう、成瀬は思った。
今日はあの時と違って地面は泥濘んでいなかった。
遠くから見える海。
もうあの海も見納めか。最初は見るとなんだか息苦しくなるなと思っていたが、今となっては少しでも寂しく感じるものだな。
バスの車内、海を眺めると綺麗な桜吹雪が舞っていた。まるでみんなの門出を祝っているかのようだった。
だがその中に自分が含まれているとは、その時の成瀬にはどうしても考えられなかった。
ー考えられる為に離れるんだ。
そう自分に言い聞かせた。
家に帰るとまたいつも通り母が迎えてくれた。
「おかえり。どうだった?」
母が心配そうな目をしながらエプロンで手を拭いている。
俺は静かに首を横に振った。
それを見た母は少し困り眉をしたが、すぐに笑って話す。
「今日はカレーよ。たくさん食べなさい。」
成瀬はすぐに部屋に戻ろうと廊下を歩き始めたが、すぐ後ろからまた母の声がした。
「そういえば、さっき追田くん?ていう子が家に来たわよ。」
暫く耳にしないようにしていた男の名前が頭に直接入ってきた。
振り返ると母は嬉しそうに笑っていた。
「なんだか静に聞きたいことがあるみたいだったわよ。明日の昼過ぎにあそこ、学校近くの海岸に行くから会わないか?って言ってたわ。」
心臓が徐々に鼓動を速くする。また冷や汗が滲み始めた。
母はそんな自分に気づきもせず続きを話す。
「静、友達の話なんて全くしないから驚いちゃったわよ。気さくでしっかりしてて良い友達じゃない。」
ーなんの用だ?一対一で話すことなんて何もないはずだぞ。
走ってもないのに息が上がる。母は何かまた話していたが、逃げるように部屋に戻った。
部屋に入って成瀬はすぐベッドにうつ伏せになった。
思い出したくもない男の顔が頭を過ぎる。
だが、ただそれだけで他には何も頭に浮かばなかった。それぐらい奴との関係性など希薄でしかなかった。
そう悶々と考えていると母に呼ばれ、家族で食卓を囲んだ。
目の前にはドロっとしたカレーの上に黄色い液体のようなものが掛かっていた。
「今日はチーズを掛けてみたの。」
母が尋ねる前に答えを言った。スプーンで掬ってゆっくり口に入れ、咀嚼する。スパイシーな香りの割には味は甘ったるく、それに加えてミルキーな塩味が後から口の中に広がった。
「いやーそれにしても、思ったより早く静は大人になったなあ!」
父が自分のグラスに瓶ビールを勢い良く注ぎ込む。
「あんなに絵ばっかり描いてたのに、来月からは社会人だからなあ!」
ニコニコと大口を開けて笑う父はグラスから溢れそうな泡を見て「おっとっと」とグラスをすぐさま持ち上げる。
「いやー、これで安心安心。」と一気にビールを煽った。
その間、成瀬はずっと黙ってカレーを咀嚼していた。もうカレーの器に黄色い物体は消えていた。
「それにしても」
「お父さん。」
父がまたビールをグラスに注ごうとするところに母が口を挟んだ。
「今日はこの子の友達が家を訪ねて来たんですよ。」
「何、本当か!静、お前そんな友達がいたのか!」
もっと最悪の方に話が振られ、俺はまた掻き込むようにカレーを食べて部屋に戻った。
次の日、俺は大海には行かなかった。
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