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「幻を追い求めて」7話
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「幻を追い求めて」7話
なるべく絵を描くことからも家からも距離を置きたかった。家は会社から近い安いボロアパートで暮らすことを卒業する前から決めていた。母は心配していたが、今は両親と距離を置きたいなど言えなかったので、世間で言う「一人暮らしをしてみたい」というよくある若者の悩みのように軽口感覚で母を宥めた。
とは言っても、体力に自信が無いのに体力仕事をするのは不安だった。実際、働き始めの最初の一、二ヶ月は慢性的な筋肉痛で地獄だった。しかし、案外ずっと仕事をするとどうにかなるもので、今ではすっかり肉体労働の身体になっていた。
それでも、ずっと姿勢は悪いままだった。現場の先輩からはよく猫背なところを弄られたが、学校で過ごしている時と比べたらあまり気にならなかった。
いつも鉛筆や筆を握っていた右手には今はスコップを握っている。絵を描く事もほとんど無くなった。
あんなに学校では人の輪に入らない事を揶揄されたが、会社に入って仕事をしてみると案外そういう人は自分の他にたくさんいることが分かった。
正直、学校に入る前はこういった力仕事を下に見ていた。しかし、就職してみるとこんなに自分にとって居心地が良い仕事だとは思わなかった。
そう思えばそう思う程、自分にとって絵を描く事は特に必要な事ではなく、自分の人生にとって、通っていたあの学校は行かなくても良かった場所なのだという事実が、自分がただの凡人だという事実が、自分の心を蝕んでいくのが分かった。
だが、そういった考えは五年の月日が流れば感覚も麻痺していき、次第にもう何とも思わなくなっていった。
家には年末年始にほんの少しだけ帰るだけになっていた。距離を置いたからか、あんなに困っていた両親との会話もそこまで苦痛ではなくなった。今ではたまに心配性の母と通話できるくらいになった。
そして今日もまた同じようにすっかり錆びてしまったアパートの階段を急いで降りて職場に向かった。
何でも今日から新しい仕事に取り掛かるということを事前に上長から聞いていたからだ。きっと準備など時間が掛かるはずだ。
出勤してみると、職場がざわついていたので直属の上司を探す。上司はいつも通り喫煙所で煙草を吸っていた。
「何かあったんですか?」
上司が煙を吐くと淡々と話し始めた。
「あー、実は新しい道路工事の依頼が来たんだけどなぁ。」
上司は煙草を処理して喫煙所を出る。慌てて成瀬も後を追った。
「自治体が有名なデザイナーと組んで企画しているらしい。」
特に珍しい話ではなかった。地域の注目度を上げる為にもよくあることだ。
職場の様子が違う事の謎が解け、話題に対して興味が薄れてきたところで上司の声が横から聞こえる。
「しかし、変わったデザイナーだな。仕上がりが気になるから小まめに直に様子を見にくるらしい。」
成瀬は外の景色を見た。
ーもう紅葉の季節か。ここら辺は桜は有名だけど、紅葉で有名どころは何にもないよなぁ。
「何でも学生の頃から名を上げてたらしいな。ここら出身のデザイナーだから自治体が声をかけたそうだ。」
ーもう十月か。一年なんてあっという間だな。今年は年末どうしようかな。実家にいつもより早く帰って部屋の掃除でもしようかな。
「成瀬、知ってるか?そのデザイナーの名前。」
突然、名前を呼ばれて肩がビクリと強張る。
「いえ。知りません。」
「テレビにも出たことがあるって竹田が言ってたぞ。」
「俺、普段テレビ観ないんで。」
上司がカラリと笑う。
「おいおい、しっかりしろよ、若者ぉ。」
上司が自分の肩をバンッと軽く叩く。
「おーい!竹田、成瀬にも教えてやってくれ、そのデザイナーの名前。」
上司が最近入った中途社員の名前を呼ぶ。
するとさっきまで座って前髪を弄っていた竹田が面倒臭そうにこちらを見て大きく口を開けた。
「だーかーらー!追田紡求だって、言ってるじゃないですか!」
なるべく絵を描くことからも家からも距離を置きたかった。家は会社から近い安いボロアパートで暮らすことを卒業する前から決めていた。母は心配していたが、今は両親と距離を置きたいなど言えなかったので、世間で言う「一人暮らしをしてみたい」というよくある若者の悩みのように軽口感覚で母を宥めた。
とは言っても、体力に自信が無いのに体力仕事をするのは不安だった。実際、働き始めの最初の一、二ヶ月は慢性的な筋肉痛で地獄だった。しかし、案外ずっと仕事をするとどうにかなるもので、今ではすっかり肉体労働の身体になっていた。
それでも、ずっと姿勢は悪いままだった。現場の先輩からはよく猫背なところを弄られたが、学校で過ごしている時と比べたらあまり気にならなかった。
いつも鉛筆や筆を握っていた右手には今はスコップを握っている。絵を描く事もほとんど無くなった。
あんなに学校では人の輪に入らない事を揶揄されたが、会社に入って仕事をしてみると案外そういう人は自分の他にたくさんいることが分かった。
正直、学校に入る前はこういった力仕事を下に見ていた。しかし、就職してみるとこんなに自分にとって居心地が良い仕事だとは思わなかった。
そう思えばそう思う程、自分にとって絵を描く事は特に必要な事ではなく、自分の人生にとって、通っていたあの学校は行かなくても良かった場所なのだという事実が、自分がただの凡人だという事実が、自分の心を蝕んでいくのが分かった。
だが、そういった考えは五年の月日が流れば感覚も麻痺していき、次第にもう何とも思わなくなっていった。
家には年末年始にほんの少しだけ帰るだけになっていた。距離を置いたからか、あんなに困っていた両親との会話もそこまで苦痛ではなくなった。今ではたまに心配性の母と通話できるくらいになった。
そして今日もまた同じようにすっかり錆びてしまったアパートの階段を急いで降りて職場に向かった。
何でも今日から新しい仕事に取り掛かるということを事前に上長から聞いていたからだ。きっと準備など時間が掛かるはずだ。
出勤してみると、職場がざわついていたので直属の上司を探す。上司はいつも通り喫煙所で煙草を吸っていた。
「何かあったんですか?」
上司が煙を吐くと淡々と話し始めた。
「あー、実は新しい道路工事の依頼が来たんだけどなぁ。」
上司は煙草を処理して喫煙所を出る。慌てて成瀬も後を追った。
「自治体が有名なデザイナーと組んで企画しているらしい。」
特に珍しい話ではなかった。地域の注目度を上げる為にもよくあることだ。
職場の様子が違う事の謎が解け、話題に対して興味が薄れてきたところで上司の声が横から聞こえる。
「しかし、変わったデザイナーだな。仕上がりが気になるから小まめに直に様子を見にくるらしい。」
成瀬は外の景色を見た。
ーもう紅葉の季節か。ここら辺は桜は有名だけど、紅葉で有名どころは何にもないよなぁ。
「何でも学生の頃から名を上げてたらしいな。ここら出身のデザイナーだから自治体が声をかけたそうだ。」
ーもう十月か。一年なんてあっという間だな。今年は年末どうしようかな。実家にいつもより早く帰って部屋の掃除でもしようかな。
「成瀬、知ってるか?そのデザイナーの名前。」
突然、名前を呼ばれて肩がビクリと強張る。
「いえ。知りません。」
「テレビにも出たことがあるって竹田が言ってたぞ。」
「俺、普段テレビ観ないんで。」
上司がカラリと笑う。
「おいおい、しっかりしろよ、若者ぉ。」
上司が自分の肩をバンッと軽く叩く。
「おーい!竹田、成瀬にも教えてやってくれ、そのデザイナーの名前。」
上司が最近入った中途社員の名前を呼ぶ。
するとさっきまで座って前髪を弄っていた竹田が面倒臭そうにこちらを見て大きく口を開けた。
「だーかーらー!追田紡求だって、言ってるじゃないですか!」
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