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「幻を追い求めて」17話
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「幻を追い求めて」17話
あれから数日経ったが、まだ追田は一度も家には帰っていない。
成瀬は箸をカチカチ鳴らして目の前にある生姜焼きを睨んでいた。
「行儀悪いっすよ、成瀬先輩。」
見上げると鼻に胡麻油の匂いが入ってくる。そこには、竹田がニラレバ定食が乗ったお盆を持って立っていた。
「それにしても、最近先輩のストーカー見ないっすね。」
竹田が隣の席に座り、水の入ったグラスに口をつける。
ストーカーというのは異論は無いので成瀬はそのまま火が微妙に通っていない玉ねぎを口に運んだ。
「最近現場にも顔を出さないっすし、忙しいんすかね?」
咀嚼した玉ねぎがシャキシャキと音を鳴らす。
「知らない。」
「何も聞いてないんすか?」
ー知るはずが無いだろう。話を聞こうにも本人が帰って来ないんだから。
気にはなるが、じゃあ態々チャットでメッセージを送ってまで聞こうという気にはなれなかった。
「おーい、先輩、聞いてますかぁ?」
その後、上司にそれとなく追田のことを聞いてみたが、「他の仕事の打ち合わせがあるから、進捗確認には少しの間来れそうにない」としか聞いていないらしい。
ー無理矢理おれをアパートに連れて来たくせに。
自分には何も連絡が無いことに苛立ちを覚えたが、静かで清潔感のある部屋で快適な一人暮らしというのは悪くないと思った。
成瀬は客室のベッドに横たわり、シミが一つも無い白い天井を眺める。
ー「何が目的なのか、とかある程度探り入れておいた方が今後の役に立つんじゃないすか?」
食堂で竹田に言われた言葉が頭の中を反芻する。
成瀬は重い腰を上げてリビングに行くと、カーテンを閉め忘れて裸になった合わせガラスの窓から、海が見えた。
春にはあんなに綺麗な薄紅色が広がっているのに、今は真っ黒な海がただ静かに佇んでいるように見えた。
ー「なんか静に聞きたいことがあるみたいだったわよ。明日の昼過ぎにあそこ、学校近くの海岸に行くから会わないか?だって。」
また、あの日の事が頭を過ぎる。
成瀬は腰に手を当てて背筋を伸ばし、上を見上げた。
そしてリビングを出て、あれから一度も触れていない銀色に光るドアノブを回す。
一斉に黒い自分たちがこちらを見る。成瀬は少し後ろに仰け反ったが、最初見た時よりは衝撃は少なかった。
「悔しいけど、やっぱり上手いな。」
今まで、一度も声に出せなかった言葉が口から出る。
正確に描かれた自分の顔をまじまじと眺めると、追田のレベルの高さが嫌でも伝わってきた。
しかし、そんな正確な彼のデッサンの中で唯一狂った場所があった。
「なんで俺、こんなに姿勢良いんだ?」
画用紙に描かれたどの成瀬も、まるで演劇で華麗な社交ダンスをする役者のような美しい立ち姿だった。
成瀬が眉を顰めていると、ドアノブがゆっくり回る音がした。
成瀬が驚いて音の方を見ると、見覚えのある茶色いスーツの袖が見えた。
あまりにも集中して眺めていた為、追田が帰って来たことに気づかなかったようだ。
「追田、聞きたい事があるんだけど。」
そう言って成瀬は、追田によって30度ほど開いているドアをさらに奥に押した。
成瀬はギョッとした。
そこには普段、朗らかな笑みをしてるなどとは考えられない、ぴくりとも口角が上がっていない冷てついた表情をした追田がいた。
あれから数日経ったが、まだ追田は一度も家には帰っていない。
成瀬は箸をカチカチ鳴らして目の前にある生姜焼きを睨んでいた。
「行儀悪いっすよ、成瀬先輩。」
見上げると鼻に胡麻油の匂いが入ってくる。そこには、竹田がニラレバ定食が乗ったお盆を持って立っていた。
「それにしても、最近先輩のストーカー見ないっすね。」
竹田が隣の席に座り、水の入ったグラスに口をつける。
ストーカーというのは異論は無いので成瀬はそのまま火が微妙に通っていない玉ねぎを口に運んだ。
「最近現場にも顔を出さないっすし、忙しいんすかね?」
咀嚼した玉ねぎがシャキシャキと音を鳴らす。
「知らない。」
「何も聞いてないんすか?」
ー知るはずが無いだろう。話を聞こうにも本人が帰って来ないんだから。
気にはなるが、じゃあ態々チャットでメッセージを送ってまで聞こうという気にはなれなかった。
「おーい、先輩、聞いてますかぁ?」
その後、上司にそれとなく追田のことを聞いてみたが、「他の仕事の打ち合わせがあるから、進捗確認には少しの間来れそうにない」としか聞いていないらしい。
ー無理矢理おれをアパートに連れて来たくせに。
自分には何も連絡が無いことに苛立ちを覚えたが、静かで清潔感のある部屋で快適な一人暮らしというのは悪くないと思った。
成瀬は客室のベッドに横たわり、シミが一つも無い白い天井を眺める。
ー「何が目的なのか、とかある程度探り入れておいた方が今後の役に立つんじゃないすか?」
食堂で竹田に言われた言葉が頭の中を反芻する。
成瀬は重い腰を上げてリビングに行くと、カーテンを閉め忘れて裸になった合わせガラスの窓から、海が見えた。
春にはあんなに綺麗な薄紅色が広がっているのに、今は真っ黒な海がただ静かに佇んでいるように見えた。
ー「なんか静に聞きたいことがあるみたいだったわよ。明日の昼過ぎにあそこ、学校近くの海岸に行くから会わないか?だって。」
また、あの日の事が頭を過ぎる。
成瀬は腰に手を当てて背筋を伸ばし、上を見上げた。
そしてリビングを出て、あれから一度も触れていない銀色に光るドアノブを回す。
一斉に黒い自分たちがこちらを見る。成瀬は少し後ろに仰け反ったが、最初見た時よりは衝撃は少なかった。
「悔しいけど、やっぱり上手いな。」
今まで、一度も声に出せなかった言葉が口から出る。
正確に描かれた自分の顔をまじまじと眺めると、追田のレベルの高さが嫌でも伝わってきた。
しかし、そんな正確な彼のデッサンの中で唯一狂った場所があった。
「なんで俺、こんなに姿勢良いんだ?」
画用紙に描かれたどの成瀬も、まるで演劇で華麗な社交ダンスをする役者のような美しい立ち姿だった。
成瀬が眉を顰めていると、ドアノブがゆっくり回る音がした。
成瀬が驚いて音の方を見ると、見覚えのある茶色いスーツの袖が見えた。
あまりにも集中して眺めていた為、追田が帰って来たことに気づかなかったようだ。
「追田、聞きたい事があるんだけど。」
そう言って成瀬は、追田によって30度ほど開いているドアをさらに奥に押した。
成瀬はギョッとした。
そこには普段、朗らかな笑みをしてるなどとは考えられない、ぴくりとも口角が上がっていない冷てついた表情をした追田がいた。
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