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「幻を追い求めて」19話
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「幻を追い求めて」19話
成瀬は追田を横目で見る。なぜだか、今は追田の話をどこか他人事のように、スッと自分の胸の中に入れることができた。
あんなに大きな壁のような、登っても登っても足元すら見えなかったような追田が、今ではすぐ隣に立っているように感じた。
「お前にも知らないことってあるんだな。」
成瀬の言葉に追田は目をぱちくりさせ、やがて吹き出すように笑った。
「なに言ってるんだい!当たり前じゃないか!」
追田はケラケラと笑っている。その反動で少し肩がいかる。
笑いすぎて目から涙が出ていた追田は目元を拭う。少し隈が薄ピンクになる。
あんまりにもケラケラ笑うものなので、思わず成瀬は反論した。
「お前に描けないものなんて無いと思ってた。」
「それは僕を過大評価してるよ、成瀬くん。」
「そのデッサン、と言っても良いのか分からないが、よく出来てる。まあ、実物とは違うけどな。」
追田は、飾ってあるこの間描いたであろう、スコップを持つ成瀬の絵を手に持った。
「いや、デッサンだよ。僕はあの日見た君を、幻となってしまった君を、ただデッサンしてるだけなんだ。」
遠い日を慈しむように追田は絵を撫でた。
「でも、自分で壊しちゃったんだけどね。」
「壊しちゃいない。」
追田は顔を上げた。
成瀬も自分自身が放った言葉に心底驚いていた。
ー俺は今なにを言ったんだ?
「でも、君はもう絵を描かないだろう?あれから描いてる?」
「いや、描いていない。描いていないけど。」
成瀬は大きく息を吸った。
「思い出したことがある。」
追田は小首を傾げる。
「俺は、あの日、お前と会ってから自分らしい絵を描くことを幻にしていた。」
追田は唸った前髪の隙間から確かな眼差しでこちらを見ていた。
「お前はずっと諦めずにあの時の俺という幻を追い求めていたんだろう?」
追田は表情を変えず、成瀬の言葉に頷いた。
「お前がどんなに頑張っても手に入らないものがあるのなら。」
成瀬は息継ぎをして言った。
「俺も、手に入れるまで頑張ってみても良いかもしれないって思えた。」
「なんだ、そりゃ。」
追田は素っ頓狂な声を出して、またケラケラと笑い始めた。
「成瀬くん。」
追田は成瀬を再び凝視する。茶色い瞳は爛々と輝いていた。
「成瀬くんって、本当に面白いね。」
そう言うと、追田は下に飾ってあった一枚の皺くちゃで鼠色に汚れを吸った画用紙を徐に渡してきた。
「じゃあ、やっぱりこれは必要だね。」
成瀬はいくつもの曲線が重なった部分だけ辛うじて見えるその画用紙を、長年忘れていた忘れ物を、大事に手に取った。
成瀬は追田を横目で見る。なぜだか、今は追田の話をどこか他人事のように、スッと自分の胸の中に入れることができた。
あんなに大きな壁のような、登っても登っても足元すら見えなかったような追田が、今ではすぐ隣に立っているように感じた。
「お前にも知らないことってあるんだな。」
成瀬の言葉に追田は目をぱちくりさせ、やがて吹き出すように笑った。
「なに言ってるんだい!当たり前じゃないか!」
追田はケラケラと笑っている。その反動で少し肩がいかる。
笑いすぎて目から涙が出ていた追田は目元を拭う。少し隈が薄ピンクになる。
あんまりにもケラケラ笑うものなので、思わず成瀬は反論した。
「お前に描けないものなんて無いと思ってた。」
「それは僕を過大評価してるよ、成瀬くん。」
「そのデッサン、と言っても良いのか分からないが、よく出来てる。まあ、実物とは違うけどな。」
追田は、飾ってあるこの間描いたであろう、スコップを持つ成瀬の絵を手に持った。
「いや、デッサンだよ。僕はあの日見た君を、幻となってしまった君を、ただデッサンしてるだけなんだ。」
遠い日を慈しむように追田は絵を撫でた。
「でも、自分で壊しちゃったんだけどね。」
「壊しちゃいない。」
追田は顔を上げた。
成瀬も自分自身が放った言葉に心底驚いていた。
ー俺は今なにを言ったんだ?
「でも、君はもう絵を描かないだろう?あれから描いてる?」
「いや、描いていない。描いていないけど。」
成瀬は大きく息を吸った。
「思い出したことがある。」
追田は小首を傾げる。
「俺は、あの日、お前と会ってから自分らしい絵を描くことを幻にしていた。」
追田は唸った前髪の隙間から確かな眼差しでこちらを見ていた。
「お前はずっと諦めずにあの時の俺という幻を追い求めていたんだろう?」
追田は表情を変えず、成瀬の言葉に頷いた。
「お前がどんなに頑張っても手に入らないものがあるのなら。」
成瀬は息継ぎをして言った。
「俺も、手に入れるまで頑張ってみても良いかもしれないって思えた。」
「なんだ、そりゃ。」
追田は素っ頓狂な声を出して、またケラケラと笑い始めた。
「成瀬くん。」
追田は成瀬を再び凝視する。茶色い瞳は爛々と輝いていた。
「成瀬くんって、本当に面白いね。」
そう言うと、追田は下に飾ってあった一枚の皺くちゃで鼠色に汚れを吸った画用紙を徐に渡してきた。
「じゃあ、やっぱりこれは必要だね。」
成瀬はいくつもの曲線が重なった部分だけ辛うじて見えるその画用紙を、長年忘れていた忘れ物を、大事に手に取った。
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