幻を追い求めて

三旨加泉

文字の大きさ
20 / 30

「幻を追い求めて」20話

しおりを挟む
「幻を追い求めて」20話


 飛行機が遠くで飛んでる音が聞こえる。まだ日は昇っていないが、時計は朝の時刻を差していた。
 寝惚け眼で成瀬が起きると、すでに卵が焼ける匂いとフツフツ白身が沸騰する音が聞こえた。
 ドアを開けると追田が目玉焼きを狐色に焼き上がったトーストに乗せていた。

「今日も仕事忙しいのか。」
 そう成瀬が聞くと、追田はトーストを咥えながら頷いた。
「成瀬くんの分の目玉焼きもあるよ。」とトーストを咀嚼して飲み込んでから追田が言った。
 フライパンの蓋を開けると、そこには白身が少し泡立って固まった目玉焼きが鎮座していた。それをフライ返しで掬い、お皿に移す。
 目玉焼きは白身の先がボコボコと小さく凹凸していて、まるで砂浜に打ち出された白波のようだった。
 それを見て成瀬は、昨日の追田の言う幻の空間で二人で話したことを思い出した。
 振り向くと、昨日追田が渡してくれた画用紙がキャビネットの上に立て掛けられている。
 あんなに見るのが嫌だった自分が描いた絵も、今は目を見据えることさえできる。もはや思い出の一つとさえ思えた。

「なぁ、どうして俺を描きたいって思ったんだ?」
 追田はちょうど別添えで置いてあるサラダを口に運ぼうとしていたところだった。
「どうしてって昨日言ったじゃないか。」
「そうだけど。他にも自信満々に絵を描く奴なんて腐る程いるだろ。特に、あの教室の中ならな。」
 追田はポカンと口を開けていたが、肩をすくめて、今度こそ細切りにされた野菜たちを口に運んだ。
 その様子が妙に鼻についた。
「おい、別におかしなことは聞いてないだろ。」
「成瀬くんは分かってないなぁ。」
 追田の口からシャキシャキと野菜が咀嚼される音が聞こえる。
「僕はね、傲慢さこそが人を人たらしめていると思うんだよね。」
「は?」
 思わず不快そうな声が口をついて出る。
 追田はそんな声など全く気にせず再びサラダをフォークで掬った。
「だって人間って、こんな点と線で出来たものから美しさも醜さも感受しようとするんだよ。傲慢じゃないか。」と追田は手で丸を作り、それを望遠鏡のように覗き込んだ。
 成瀬は追田の言葉を頭の中で反芻させたが、やっぱり意味は分からなかった。
「成瀬くんの姿はそれを体現しているようなものでね。それを初めて見た時は僕、興奮しちゃって寝れなかったんだよ!」

 成瀬は改めて自分がいかに凡人なのかを、追田がいかに常軌を逸した感覚の持ち主なのかを再認識した。
 眉を顰めていると食事を終えた追田はさも当たり前のようにスケッチブックを取り出した。

「おい。何してるんだよ。」
「成瀬くんの食べてる姿を描いたら僕の求めてる姿に近づけそうな気がして。」
「今すぐやめろ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...