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「幻を追い求めて」23話
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「幻を追い求めて」23話
「おい。何しれっと描き始めてるんだ。まだ話は終わってない。」
「えー、もういいじゃない。それより、さっきの表情もう一回して。珍しかったから。」
成瀬が呆れ果ててる間に追田は鉛筆を滑らせる。彼のぺしゃんこになった癖っ毛から水が滴り、肩に掛かった白いタオルに落ちる。
「せめて髪乾かしてから描けよ。」
「成瀬くん、まるで僕のお母さんみたいだね。」
追田の他人事は無視して成瀬は再び熟考する。
「なぁ、友人のいない俺が言うのもなんだが、学生時代の友人は大事にした方がいいんじゃないか?」
ーまた追田の母親みたいなことを言ってしまっただろうか。まあ、追田の母親に会ったことなんて一度も無いけどな。
そう苦笑していると、追田は口をへの字にして成瀬を見ていた。水分を吸ってまつ毛にまでかかった前髪から栗色の瞳がこちらを捉える。
「じゃあ、成瀬くんが行ってみる?」
「え?」
あまりにも突拍子もない追田の発言に成瀬はポカンと口を開けた。
「なに言ってるんだ。親しくもない俺が行っても意味ないだろ。みんなが会いたいのはお前だろ。」
「君が行っても大して変わらないさ。」
追田のまるで取るに足らないことのような口振りに成瀬は狼狽する。
「俺は行かないからな。」
追田は返事の代わりに若干鼻で笑いながらスケッチブックを閉じ、髪を乾かしに部屋を出て行った。
「それで納得いかなくてまたイライラしてるんすか。」
「俺は何もおかしなことなんて言ってない。」
竹田がベンチから見えるうろこ雲を見ながら言った。
「俺は学生時代の友だちに会わなくてもいい派っすね。」
成瀬は、つい先ほど追田が現場の人間に差し入れた変わった形のクッキーを口に運ぶ。
「そんなもんなのか?」
「成瀬先輩、友だちがいたことないから、なんか友人関係はキラキラしたものだと勘違いしてますよね?人間関係って先輩が思うよりずっと複雑なんすよ。」
耳が痛かった。クッキーのサクサクした咀嚼音が脳に響く。
確かに友人はわざと作らなかったが、どこか常に他人と過ごせている追田たちを羨望していたのかもしれない。
成瀬が考えを巡らせている内に竹田はベンチから立ち上がり、腕を空に浮かぶうろこ雲に向けて伸ばす。
「いやー、ようやく長期休暇っす!成瀬先輩は仕事納めしたら何か予定あるんすか?」と竹田はこちらに振り向き様に聞いた。
「俺は画材屋に寄ろうと思う。」
「え。絵でも描くんすか?」
「まあ、これでもデザイン科出身だからな。」
「あー!そういえばそうでしたね。全然そんな風に見えないんで忘れてました!」
「お前は一言多い。」
「すんません」と竹田が舌を出して謝る。
「なに描くんすか?」
「まだ決めていない。それでも、なにか、準備だけでもやりたいんだ。」
竹田は暫く成瀬の顔を凝視していたが、やがてうろこ雲に視線を向けた。風で揺れる派手な髪色はまるで収穫し忘れた稲穂のようだった。
「俺、実は転職しようかなって思ってるんす。」
成瀬もうろこ雲を見上げる。
「ここも中途で入ってきたからな。次はもう少し長く続けよ。」
「ちょっとは寂しがって下さいよ。」
「俺が寂しがる奴に見えるのか?」
竹田はうーんと唸るとカラッと笑って言った。
「ぜーんぜん!」
「おい。何しれっと描き始めてるんだ。まだ話は終わってない。」
「えー、もういいじゃない。それより、さっきの表情もう一回して。珍しかったから。」
成瀬が呆れ果ててる間に追田は鉛筆を滑らせる。彼のぺしゃんこになった癖っ毛から水が滴り、肩に掛かった白いタオルに落ちる。
「せめて髪乾かしてから描けよ。」
「成瀬くん、まるで僕のお母さんみたいだね。」
追田の他人事は無視して成瀬は再び熟考する。
「なぁ、友人のいない俺が言うのもなんだが、学生時代の友人は大事にした方がいいんじゃないか?」
ーまた追田の母親みたいなことを言ってしまっただろうか。まあ、追田の母親に会ったことなんて一度も無いけどな。
そう苦笑していると、追田は口をへの字にして成瀬を見ていた。水分を吸ってまつ毛にまでかかった前髪から栗色の瞳がこちらを捉える。
「じゃあ、成瀬くんが行ってみる?」
「え?」
あまりにも突拍子もない追田の発言に成瀬はポカンと口を開けた。
「なに言ってるんだ。親しくもない俺が行っても意味ないだろ。みんなが会いたいのはお前だろ。」
「君が行っても大して変わらないさ。」
追田のまるで取るに足らないことのような口振りに成瀬は狼狽する。
「俺は行かないからな。」
追田は返事の代わりに若干鼻で笑いながらスケッチブックを閉じ、髪を乾かしに部屋を出て行った。
「それで納得いかなくてまたイライラしてるんすか。」
「俺は何もおかしなことなんて言ってない。」
竹田がベンチから見えるうろこ雲を見ながら言った。
「俺は学生時代の友だちに会わなくてもいい派っすね。」
成瀬は、つい先ほど追田が現場の人間に差し入れた変わった形のクッキーを口に運ぶ。
「そんなもんなのか?」
「成瀬先輩、友だちがいたことないから、なんか友人関係はキラキラしたものだと勘違いしてますよね?人間関係って先輩が思うよりずっと複雑なんすよ。」
耳が痛かった。クッキーのサクサクした咀嚼音が脳に響く。
確かに友人はわざと作らなかったが、どこか常に他人と過ごせている追田たちを羨望していたのかもしれない。
成瀬が考えを巡らせている内に竹田はベンチから立ち上がり、腕を空に浮かぶうろこ雲に向けて伸ばす。
「いやー、ようやく長期休暇っす!成瀬先輩は仕事納めしたら何か予定あるんすか?」と竹田はこちらに振り向き様に聞いた。
「俺は画材屋に寄ろうと思う。」
「え。絵でも描くんすか?」
「まあ、これでもデザイン科出身だからな。」
「あー!そういえばそうでしたね。全然そんな風に見えないんで忘れてました!」
「お前は一言多い。」
「すんません」と竹田が舌を出して謝る。
「なに描くんすか?」
「まだ決めていない。それでも、なにか、準備だけでもやりたいんだ。」
竹田は暫く成瀬の顔を凝視していたが、やがてうろこ雲に視線を向けた。風で揺れる派手な髪色はまるで収穫し忘れた稲穂のようだった。
「俺、実は転職しようかなって思ってるんす。」
成瀬もうろこ雲を見上げる。
「ここも中途で入ってきたからな。次はもう少し長く続けよ。」
「ちょっとは寂しがって下さいよ。」
「俺が寂しがる奴に見えるのか?」
竹田はうーんと唸るとカラッと笑って言った。
「ぜーんぜん!」
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