幻を追い求めて

三旨加泉

文字の大きさ
23 / 30

「幻を追い求めて」23話

しおりを挟む
「幻を追い求めて」23話


「おい。何しれっと描き始めてるんだ。まだ話は終わってない。」
「えー、もういいじゃない。それより、さっきの表情もう一回して。珍しかったから。」
 成瀬が呆れ果ててる間に追田は鉛筆を滑らせる。彼のぺしゃんこになった癖っ毛から水が滴り、肩に掛かった白いタオルに落ちる。
「せめて髪乾かしてから描けよ。」
「成瀬くん、まるで僕のお母さんみたいだね。」
 追田の他人事は無視して成瀬は再び熟考する。
「なぁ、友人のいない俺が言うのもなんだが、学生時代の友人は大事にした方がいいんじゃないか?」
ーまた追田の母親みたいなことを言ってしまっただろうか。まあ、追田の母親に会ったことなんて一度も無いけどな。
 そう苦笑していると、追田は口をへの字にして成瀬を見ていた。水分を吸ってまつ毛にまでかかった前髪から栗色の瞳がこちらを捉える。

「じゃあ、成瀬くんが行ってみる?」
「え?」
 あまりにも突拍子もない追田の発言に成瀬はポカンと口を開けた。
「なに言ってるんだ。親しくもない俺が行っても意味ないだろ。みんなが会いたいのはお前だろ。」
「君が行っても大して変わらないさ。」
 追田のまるで取るに足らないことのような口振りに成瀬は狼狽する。
「俺は行かないからな。」
 追田は返事の代わりに若干鼻で笑いながらスケッチブックを閉じ、髪を乾かしに部屋を出て行った。


「それで納得いかなくてまたイライラしてるんすか。」
「俺は何もおかしなことなんて言ってない。」
 竹田がベンチから見えるうろこ雲を見ながら言った。
「俺は学生時代の友だちに会わなくてもいい派っすね。」
 成瀬は、つい先ほど追田が現場の人間に差し入れた変わった形のクッキーを口に運ぶ。
「そんなもんなのか?」
「成瀬先輩、友だちがいたことないから、なんか友人関係はキラキラしたものだと勘違いしてますよね?人間関係って先輩が思うよりずっと複雑なんすよ。」
 耳が痛かった。クッキーのサクサクした咀嚼音が脳に響く。
 確かに友人はわざと作らなかったが、どこか常に他人と過ごせている追田たちを羨望していたのかもしれない。
 成瀬が考えを巡らせている内に竹田はベンチから立ち上がり、腕を空に浮かぶうろこ雲に向けて伸ばす。
「いやー、ようやく長期休暇っす!成瀬先輩は仕事納めしたら何か予定あるんすか?」と竹田はこちらに振り向き様に聞いた。
「俺は画材屋に寄ろうと思う。」
「え。絵でも描くんすか?」
「まあ、これでもデザイン科出身だからな。」
「あー!そういえばそうでしたね。全然そんな風に見えないんで忘れてました!」
「お前は一言多い。」
 「すんません」と竹田が舌を出して謝る。
「なに描くんすか?」
「まだ決めていない。それでも、なにか、準備だけでもやりたいんだ。」
 竹田は暫く成瀬の顔を凝視していたが、やがてうろこ雲に視線を向けた。風で揺れる派手な髪色はまるで収穫し忘れた稲穂のようだった。

「俺、実は転職しようかなって思ってるんす。」
 成瀬もうろこ雲を見上げる。
「ここも中途で入ってきたからな。次はもう少し長く続けよ。」
「ちょっとは寂しがって下さいよ。」
「俺が寂しがる奴に見えるのか?」
 竹田はうーんと唸るとカラッと笑って言った。
「ぜーんぜん!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...