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「幻を追い求めて」24話
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「幻を追い求めて」24話
成瀬は仕事を納め、画材屋に足を踏み入れた。
懐かしい木と紙の匂いがした。あの頃は学ランでしかここに来なかったので、私服で入るのは何だか新鮮な気分だった。
辺りを見渡すと色々な種類の鉛筆や筆が所狭しと棚に入り、お尻を見せている。
よくデッサンなどで使っていた画材道具は高校卒業と同時に全て処分してしまったので、一から買う必要があった。とりあえず成瀬は一通りの濃さの鉛筆を手に取り、加えて学生時代よく使っていたスケッチブックをその下に添えた。本当は水彩画もやろうかと筆に手を伸ばしたが、途中で手を止めてあの頃と変わらず座っているお爺さんのいるレジへと向かった。
成瀬はまだ自分が昔のように鉛筆を動かせるか自信など無かった。
追田にでかい口を叩いた割には自分が黙々と描いてる様子が頭に浮かばなかった。
ー前はこんな想像しなくとも勝手に手が動いていたのにな。
成瀬は画材屋を出ると手に持っている紙袋を見た。黄色いスケッチブックが少し顔を出している。
空を見上げると日は落ちていたが、まだうろこ雲は元気に夜空を泳いでいた。今日もまた雨が降りそうだと成瀬は思った。
少し早歩きでその場を後にしようとした成瀬だったが、ポケットに入れていたスマホが震えたことに気づいた。
スマホを取り出し、電源を入れると追田のメッセージ通知が見えた。今まで追田とは滅多にチャットをしなかったが、最近は帰宅時間など業務連絡のようなやり取りくらいはするようになっていた。
「成瀬くん。今どこにいる?」
メッセージの内容はいかにも単純だった。なにか嫌な予感がしたが、成瀬は正直に返信した。
「蝦蟇口画材店。学生の頃、お前もよく行っていただろ?あそこの前。」
するとすぐにメッセージに既読がついた。一分も経たずに返信が届く。
「あー、あそこね!じゃあ、海濱通りにある吹谷横丁って居酒屋あるの分かる?あそこに行ってみて。」
成瀬は首を傾げた。確かにその名前は知っているが、店の前を通るだけで行ったことは無かった。
ーなんだ?ひょっとして年末だから一緒に飲もうとか言い出すんじゃないだろうな。
成瀬は疑心暗鬼だったが、店の前を通るくらいなら問題無いだろうと思い、踵を返すことにした。
夜の飲み屋街は街灯と居酒屋から射す照明で溢れていた。店の前に置かれてある奇抜な看板なんてナツメ電球が眩しい程だ。
そんな派手な街中を歩いていると、ふと頭に冷たい何かが当たる。上を見上げるとちょうど小雨が降り始めた頃だった。
件の居酒屋の前を通り過ぎたが追田はいなかった。濡れるのは嫌だったので成瀬は急いでその場を立ち去ろうとした。
「あれ?成瀬じゃね?」
少し離れた場所から昔、不快だと思っていた声が聞こえた。
成瀬は踵を返そうとしていた右足を止める。先程まで乾燥していた肌が徐々に脂汗で滲み始める。
成瀬がその場で固まっていると後ろから徐々に近づいてくる足音が聞こえ、やがてそれは不躾にも成瀬の顔を覗き込んできた。
「あー!やっぱり!成瀬じゃん!」
その男は、学生時代に追田を囲んでいた生徒の一人だった。
成瀬は仕事を納め、画材屋に足を踏み入れた。
懐かしい木と紙の匂いがした。あの頃は学ランでしかここに来なかったので、私服で入るのは何だか新鮮な気分だった。
辺りを見渡すと色々な種類の鉛筆や筆が所狭しと棚に入り、お尻を見せている。
よくデッサンなどで使っていた画材道具は高校卒業と同時に全て処分してしまったので、一から買う必要があった。とりあえず成瀬は一通りの濃さの鉛筆を手に取り、加えて学生時代よく使っていたスケッチブックをその下に添えた。本当は水彩画もやろうかと筆に手を伸ばしたが、途中で手を止めてあの頃と変わらず座っているお爺さんのいるレジへと向かった。
成瀬はまだ自分が昔のように鉛筆を動かせるか自信など無かった。
追田にでかい口を叩いた割には自分が黙々と描いてる様子が頭に浮かばなかった。
ー前はこんな想像しなくとも勝手に手が動いていたのにな。
成瀬は画材屋を出ると手に持っている紙袋を見た。黄色いスケッチブックが少し顔を出している。
空を見上げると日は落ちていたが、まだうろこ雲は元気に夜空を泳いでいた。今日もまた雨が降りそうだと成瀬は思った。
少し早歩きでその場を後にしようとした成瀬だったが、ポケットに入れていたスマホが震えたことに気づいた。
スマホを取り出し、電源を入れると追田のメッセージ通知が見えた。今まで追田とは滅多にチャットをしなかったが、最近は帰宅時間など業務連絡のようなやり取りくらいはするようになっていた。
「成瀬くん。今どこにいる?」
メッセージの内容はいかにも単純だった。なにか嫌な予感がしたが、成瀬は正直に返信した。
「蝦蟇口画材店。学生の頃、お前もよく行っていただろ?あそこの前。」
するとすぐにメッセージに既読がついた。一分も経たずに返信が届く。
「あー、あそこね!じゃあ、海濱通りにある吹谷横丁って居酒屋あるの分かる?あそこに行ってみて。」
成瀬は首を傾げた。確かにその名前は知っているが、店の前を通るだけで行ったことは無かった。
ーなんだ?ひょっとして年末だから一緒に飲もうとか言い出すんじゃないだろうな。
成瀬は疑心暗鬼だったが、店の前を通るくらいなら問題無いだろうと思い、踵を返すことにした。
夜の飲み屋街は街灯と居酒屋から射す照明で溢れていた。店の前に置かれてある奇抜な看板なんてナツメ電球が眩しい程だ。
そんな派手な街中を歩いていると、ふと頭に冷たい何かが当たる。上を見上げるとちょうど小雨が降り始めた頃だった。
件の居酒屋の前を通り過ぎたが追田はいなかった。濡れるのは嫌だったので成瀬は急いでその場を立ち去ろうとした。
「あれ?成瀬じゃね?」
少し離れた場所から昔、不快だと思っていた声が聞こえた。
成瀬は踵を返そうとしていた右足を止める。先程まで乾燥していた肌が徐々に脂汗で滲み始める。
成瀬がその場で固まっていると後ろから徐々に近づいてくる足音が聞こえ、やがてそれは不躾にも成瀬の顔を覗き込んできた。
「あー!やっぱり!成瀬じゃん!」
その男は、学生時代に追田を囲んでいた生徒の一人だった。
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