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「幻を追い求めて」27話
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「幻を追い求めて」27話
成瀬が慌てて襖をそっと引くと、小田巻さんは店の入り口の引き戸を引いてるのが見えた。成瀬が襖を閉めると部屋から笑い声が聞こえたが、気にしている場合ではなかった。
成瀬が引き戸を引いた頃には小田巻さんは店の横に置かれてある古びたベンチに腰を下ろしていた。
先程まで激しい雨が降っていたのか、街灯に照らされたコンクリートが真っ黒になっている。小田巻さんは左手でベンチの座面をポンポンと叩いた。
「もう濡れてないみたい。ラッキーだね。」
成瀬はなにぶん、女性と二人っきりで会話するのは初めてで、やや緊張気味にゆっくりベンチに座った。乾いていると言えども、この真冬の中である為、お尻がひんやりした。
小田巻さんを見ると、ロングコートを着て手を摩り、白い息を吐いていた。寒そうなのは一目瞭然だ。
寒いから中に入ろうか?と成瀬は言いかけたが、小田巻さんの据わった目を見て黙り込んだ。横からだとより小田巻さんの黒いまつ毛が長いとはっきり分かる。
どこかで電車が通る音が聞こえる。成瀬が今度は下に生えている雑草に目をくれようとしたところで、小田巻さんの口は開いた。
「渡り廊下ですれ違って以来だね。」
成瀬は顔を上げた。小田巻さんは向こう側にあるビルの明かりを眺めている。
「あの日ね。私、告白しようと思ってたの。追田くんに。」
成瀬は目を見張った。小田巻さんが吐いた白い息が風で流れていく。
「渡り廊下を通ったら、追田くんに告白しようって思ってたの。」と小田巻さんは付け加えた。
「でもね、渡り廊下を歩いてる最中、成瀬くんが向こう側から歩いてきたの。いや、あれは走ってたかな?」
小田巻さんは少し口角を上げて話した。何か面白いことでも起きたかのような口ぶりだった。
「それを見た追田くん。私に一言ごめんって言って後を追いかけて行っちゃったの。」
成瀬は黙って小田巻さんの話を聞いていた。成瀬が知っているのはあの時渡り廊下ですれ違った時だけで、その後に追田が何をしたのかは知らなかった。まさか追田が自分の跡を付けていたなんて全く気づかなかった。
「よく分からないけど、次の日追田くん、風邪引いて休んだの。知らない?」
知らない。知るはずも無い。なぜなら、成瀬も次の日学校を休んでいたからだ。あの後、どうしても学校に行く気にはなれなかった。
しかし、成瀬は追田の休んだ理由は想像がついていた。あの曲線が残っていた画用紙が頭を過ぎる。
「だから、別の日に告白したの。そして、振られちゃったんだ。」
成瀬はハッと顔を上げて小田巻さんを見た。小田巻さんはまだビルの明かりを眺めていた。明かりは長いまつ毛の下に隠れた瞳をキラキラと輝かせている。
成瀬は罰が悪くなって何か言いかけようとしたが、それを遮るように小田巻さんは続きを話した。
「振られるってのは分かってたんだ。何となくそんな気はしてたの。」
そう言うと小田巻さんはようやくビルの明かりから視線を外し、成瀬の方に向けた。
「実は今日もね。追田くんにもう一度告白しに来たの。サチコに無理言って。」
サチコとは恐らく先程のショートカットの女性だろうと成瀬は察した。小田巻さんは普通科の生徒だった。どうしてデザイン科の同窓会にいるのだろうと不思議に思ったが、それを聞いて納得したのと同時に心苦しくなった。
「ごめん。追田、今から呼ぼうか?」
小田巻さんは一瞬目を見開いたが、すぐにまた平静を取り戻して小さく首を振った。
「大丈夫。何となく、こうなるんじゃかいかと思ってたから。」と言うや否や、小田巻さんは口に手を当てて笑った。
「まさか、成瀬くんが登場するとは思わなかったけどね。」
彼女の頬が少し赤く染まった。成瀬も俯いて顔を赤くした。
小田巻さんは腕を組んで夜空を見上げた。
「私、恋愛ってタイミングだと思うの。うん。追田くんとはこうなる運命だった。」
うんうんと彼女は頷いて成瀬に笑いかけた。
「ありがとう、成瀬くん。ようやく吹っ切れることができたよ。」
小田巻さんの瞳はビルの明かりが無くともキラキラと輝いていた。
成瀬が慌てて襖をそっと引くと、小田巻さんは店の入り口の引き戸を引いてるのが見えた。成瀬が襖を閉めると部屋から笑い声が聞こえたが、気にしている場合ではなかった。
成瀬が引き戸を引いた頃には小田巻さんは店の横に置かれてある古びたベンチに腰を下ろしていた。
先程まで激しい雨が降っていたのか、街灯に照らされたコンクリートが真っ黒になっている。小田巻さんは左手でベンチの座面をポンポンと叩いた。
「もう濡れてないみたい。ラッキーだね。」
成瀬はなにぶん、女性と二人っきりで会話するのは初めてで、やや緊張気味にゆっくりベンチに座った。乾いていると言えども、この真冬の中である為、お尻がひんやりした。
小田巻さんを見ると、ロングコートを着て手を摩り、白い息を吐いていた。寒そうなのは一目瞭然だ。
寒いから中に入ろうか?と成瀬は言いかけたが、小田巻さんの据わった目を見て黙り込んだ。横からだとより小田巻さんの黒いまつ毛が長いとはっきり分かる。
どこかで電車が通る音が聞こえる。成瀬が今度は下に生えている雑草に目をくれようとしたところで、小田巻さんの口は開いた。
「渡り廊下ですれ違って以来だね。」
成瀬は顔を上げた。小田巻さんは向こう側にあるビルの明かりを眺めている。
「あの日ね。私、告白しようと思ってたの。追田くんに。」
成瀬は目を見張った。小田巻さんが吐いた白い息が風で流れていく。
「渡り廊下を通ったら、追田くんに告白しようって思ってたの。」と小田巻さんは付け加えた。
「でもね、渡り廊下を歩いてる最中、成瀬くんが向こう側から歩いてきたの。いや、あれは走ってたかな?」
小田巻さんは少し口角を上げて話した。何か面白いことでも起きたかのような口ぶりだった。
「それを見た追田くん。私に一言ごめんって言って後を追いかけて行っちゃったの。」
成瀬は黙って小田巻さんの話を聞いていた。成瀬が知っているのはあの時渡り廊下ですれ違った時だけで、その後に追田が何をしたのかは知らなかった。まさか追田が自分の跡を付けていたなんて全く気づかなかった。
「よく分からないけど、次の日追田くん、風邪引いて休んだの。知らない?」
知らない。知るはずも無い。なぜなら、成瀬も次の日学校を休んでいたからだ。あの後、どうしても学校に行く気にはなれなかった。
しかし、成瀬は追田の休んだ理由は想像がついていた。あの曲線が残っていた画用紙が頭を過ぎる。
「だから、別の日に告白したの。そして、振られちゃったんだ。」
成瀬はハッと顔を上げて小田巻さんを見た。小田巻さんはまだビルの明かりを眺めていた。明かりは長いまつ毛の下に隠れた瞳をキラキラと輝かせている。
成瀬は罰が悪くなって何か言いかけようとしたが、それを遮るように小田巻さんは続きを話した。
「振られるってのは分かってたんだ。何となくそんな気はしてたの。」
そう言うと小田巻さんはようやくビルの明かりから視線を外し、成瀬の方に向けた。
「実は今日もね。追田くんにもう一度告白しに来たの。サチコに無理言って。」
サチコとは恐らく先程のショートカットの女性だろうと成瀬は察した。小田巻さんは普通科の生徒だった。どうしてデザイン科の同窓会にいるのだろうと不思議に思ったが、それを聞いて納得したのと同時に心苦しくなった。
「ごめん。追田、今から呼ぼうか?」
小田巻さんは一瞬目を見開いたが、すぐにまた平静を取り戻して小さく首を振った。
「大丈夫。何となく、こうなるんじゃかいかと思ってたから。」と言うや否や、小田巻さんは口に手を当てて笑った。
「まさか、成瀬くんが登場するとは思わなかったけどね。」
彼女の頬が少し赤く染まった。成瀬も俯いて顔を赤くした。
小田巻さんは腕を組んで夜空を見上げた。
「私、恋愛ってタイミングだと思うの。うん。追田くんとはこうなる運命だった。」
うんうんと彼女は頷いて成瀬に笑いかけた。
「ありがとう、成瀬くん。ようやく吹っ切れることができたよ。」
小田巻さんの瞳はビルの明かりが無くともキラキラと輝いていた。
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