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「幻を追い求めて」28話
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「幻を追い求めて」28話
「成瀬くん。はい。」
小田巻さんは目の前に両手を何かを掬い上げるようなポーズで差し出してきた。成瀬が首を傾げると、小田巻さんは悪戯っぽく笑う。
「成瀬くん、ずっと帰りたそうにしてたから。私が代わりにお代払っておくよ。」
どうやら、小田巻さんには全てお見通しのようだった。成瀬は北里柴三郎を小田巻さんに数枚渡すと、スケッチブックたちが入った紙袋を手に持って居酒屋、吹谷横丁を後にした。
小田巻さんは微笑んで小さくこちらに手を振っていた。
夜の飲み屋街は少しずつ明かりが消え、酔っぱらいたちが外に出てきていた。本来なら成瀬はこのまま飲み屋街を突っ切って追田のいるマンションに帰るはずなのだが、もう少しこの寒風に当たりたい気分だった。
飲み屋街を迂回して暫く歩くと見覚えのある道が見えてきた。高校近くの道だ。成瀬は河口の土手をまっすぐ歩いていく。
強く握って皺になってしまった画用紙を、さらに強く握りしめて歩いていたあの頃を思い出す。かなり降ったのか、地面はあの時よりも泥濘んでいた。
あの時は地面ばかり見ていたが、今は遠くの方から聞こえる波の音も心地よく感じる。
成瀬は帰ったら追田になんて言うか悩んでいた。
ーさすがに同窓会の場所に行かせるのはやり過ぎだ!いや、違うな。あの時、海に入ってどうやって画用紙を見つけたんだ?いや、違うな。
成瀬がそんな他愛もないことを考えながら足を一歩踏み出そうとした瞬間、何かぐちゃっと音がした。
足が地面を離れた時、一瞬茶色い何かが見えたが、それが何なのかを考える隙もなく、成瀬は体勢を崩し、土手の斜面を転がり落ちた。思わず腕で頭を庇ったので、気を失うことは無かったが、その他は全身に打撲を受けたのか、身体が悲鳴を上げていた。
身体を起こそうとしたが、中々うまくいかない。足も鞭打ちにあったからか、よく動かせなかった。成瀬は徐々に身体を捻らせ、ようやく仰向けの状態になれた。
深呼吸をして辺りを見渡したが、あるのは長く長く続く河口が見えるだけだった。暫く呆然とその光景を眺めていた成瀬だったが、酔いも覚め、ようやく自分の置かれた状況について考え始めた。
ーどうしよう。とりあえず、誰か助けを求めないと。
辺りを見渡したが、やはり広い河口が見えるだけで、近くに人など見つけられなかった。
ー今、何時ぐらいだろう。と成瀬はゆっくり自分のバックポケットを漁る。
しかし、触れただけでもそこに四角い機械が入ってる様子は感じられなかった。横を向くと、三メートル程離れた先に何か黒く四角いものから光が放たれていた。成瀬は手を伸ばしたが、全く届きそうになかった。何回か通知音が聞こえるが、手が届かない限りどうすることもできなかった。
成瀬は深くため息をついて、再び仰向けになった。
ーどうしてこうなってしまうんだ。俺は、何をやってきたんだろう。
追田は自分にとってどこか底知れない人間だと思っていたが、実際は絵を描くことに熱意がある人間で、そんなあいつにも描けないものがあることを知った。
みんなにも好かれて常に充実した日々を送っていると思っていたが、蓋を開けてみれば、別にそれほどみんなに好かれている訳でもないことを知った。ちょっと女子にモテてるのは気に食わないが。
ー俺は、何も知らなかったんだな。ずっと、井の中の蛙だった。
大人になって大海を知った気でいたが、そんなことは無かったのだと成瀬は痛感した。
寒風と共に潮の匂いが鼻を通った。
すると、近くでまた自分のスマホの音が鳴った。それから少しして頭上から聞き慣れた鼻につく声が聞こえる。
「成瀬くん。」
「成瀬くん。はい。」
小田巻さんは目の前に両手を何かを掬い上げるようなポーズで差し出してきた。成瀬が首を傾げると、小田巻さんは悪戯っぽく笑う。
「成瀬くん、ずっと帰りたそうにしてたから。私が代わりにお代払っておくよ。」
どうやら、小田巻さんには全てお見通しのようだった。成瀬は北里柴三郎を小田巻さんに数枚渡すと、スケッチブックたちが入った紙袋を手に持って居酒屋、吹谷横丁を後にした。
小田巻さんは微笑んで小さくこちらに手を振っていた。
夜の飲み屋街は少しずつ明かりが消え、酔っぱらいたちが外に出てきていた。本来なら成瀬はこのまま飲み屋街を突っ切って追田のいるマンションに帰るはずなのだが、もう少しこの寒風に当たりたい気分だった。
飲み屋街を迂回して暫く歩くと見覚えのある道が見えてきた。高校近くの道だ。成瀬は河口の土手をまっすぐ歩いていく。
強く握って皺になってしまった画用紙を、さらに強く握りしめて歩いていたあの頃を思い出す。かなり降ったのか、地面はあの時よりも泥濘んでいた。
あの時は地面ばかり見ていたが、今は遠くの方から聞こえる波の音も心地よく感じる。
成瀬は帰ったら追田になんて言うか悩んでいた。
ーさすがに同窓会の場所に行かせるのはやり過ぎだ!いや、違うな。あの時、海に入ってどうやって画用紙を見つけたんだ?いや、違うな。
成瀬がそんな他愛もないことを考えながら足を一歩踏み出そうとした瞬間、何かぐちゃっと音がした。
足が地面を離れた時、一瞬茶色い何かが見えたが、それが何なのかを考える隙もなく、成瀬は体勢を崩し、土手の斜面を転がり落ちた。思わず腕で頭を庇ったので、気を失うことは無かったが、その他は全身に打撲を受けたのか、身体が悲鳴を上げていた。
身体を起こそうとしたが、中々うまくいかない。足も鞭打ちにあったからか、よく動かせなかった。成瀬は徐々に身体を捻らせ、ようやく仰向けの状態になれた。
深呼吸をして辺りを見渡したが、あるのは長く長く続く河口が見えるだけだった。暫く呆然とその光景を眺めていた成瀬だったが、酔いも覚め、ようやく自分の置かれた状況について考え始めた。
ーどうしよう。とりあえず、誰か助けを求めないと。
辺りを見渡したが、やはり広い河口が見えるだけで、近くに人など見つけられなかった。
ー今、何時ぐらいだろう。と成瀬はゆっくり自分のバックポケットを漁る。
しかし、触れただけでもそこに四角い機械が入ってる様子は感じられなかった。横を向くと、三メートル程離れた先に何か黒く四角いものから光が放たれていた。成瀬は手を伸ばしたが、全く届きそうになかった。何回か通知音が聞こえるが、手が届かない限りどうすることもできなかった。
成瀬は深くため息をついて、再び仰向けになった。
ーどうしてこうなってしまうんだ。俺は、何をやってきたんだろう。
追田は自分にとってどこか底知れない人間だと思っていたが、実際は絵を描くことに熱意がある人間で、そんなあいつにも描けないものがあることを知った。
みんなにも好かれて常に充実した日々を送っていると思っていたが、蓋を開けてみれば、別にそれほどみんなに好かれている訳でもないことを知った。ちょっと女子にモテてるのは気に食わないが。
ー俺は、何も知らなかったんだな。ずっと、井の中の蛙だった。
大人になって大海を知った気でいたが、そんなことは無かったのだと成瀬は痛感した。
寒風と共に潮の匂いが鼻を通った。
すると、近くでまた自分のスマホの音が鳴った。それから少しして頭上から聞き慣れた鼻につく声が聞こえる。
「成瀬くん。」
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