10 / 102
「ちゃんちゃら」10話
しおりを挟む
「ちゃんちゃら」10話
大地は朝起きてもスッキリしない顔つきで洗面所へ向かった。ドアを開けると、七三分けをした白髪混じりの初老が立っていた。男の口髭が口角と共に上がる。
「おはようございます、坊ちゃん。」
「その呼び方、もうやめてくれ。」
「おや、失礼致しました。大地様。」
この男、大原は金城家に長く仕えている執事だ。父の右腕のようなもので、最近は後継ぎである大地の面倒をよくみてくる。大地は付き纏われているようで無性に腹が立った。
近づいてくるという意味では、どこかあの公園で見た海斗の様子を彷彿とさせられ、大地は無意識に歯を食いしばった。
金城大地がこの世で最も嫌う人間は、αに泣きながらしがみつく、男のΩだ。
理由は父親だ。大地がまだ小学生の頃、実母が病気で亡くなってすぐに父は男を連れてきた。と言っても、愛人という名目ではなく、ただの取引先の関係者だった。個人的にも仲良くなったのか、父は度々その男を家に上げるようになった。大地はその時ちょうど母が亡くなったという実感が湧き始め、憂鬱な日々を送っているところだった。だからこそ、父が母以外の人と家で仲良くしているのを見て異様に嫌気がさしたのを覚えている。
そんな中、状況が一変したのは、大地が学校から家に帰ってきた時だった。大原がいつも通り玄関のドアを開けると、何やらリビングが騒がしいことに気づいた。大原も不審に思い、大地にそこから動かぬよう言うと、リビングへ恐る恐る歩いて行った。
少し開かれたドアから見えたのは、あの男が父の足にしがみつき、何やら懇願している様子だった。泣きながら、実はおめがなど、騙すつもりはなかったなどと泣き叫んでいた。今思えば、あの男はΩで、父と肉体関係があったのだろう。妊娠したことを父に伝えていたのが今なら分かる。
結局、父とその男は結婚した。子供も生まれて今でも一緒に過ごしている。大地はすぐ母からあの男に乗り換えた父も気に食わなかったが、あの時、父が責任を取ると言った際に勝ち誇ったような顔をしたあの男が一番、気に食わなかった。まるで騙し討ちを仕掛けたかのように見えて、大地には男が卑しい存在に思えた。
浜田海斗はそんな事をする男じゃないと思っていた。あの公園でのやり取りをするまでは。
海斗と出逢ったのは、大学に入学して初めての講義があった日だった。たまたま同じ講義で同じ机の端に座っていた彼は、どこか気怠そうで、しかし授業の内容はきちんと聞いているのか、ノートにちゃんと書き込んでいる姿が記憶に残っている。
肩までかかった黒くサラサラした髪。くっきりした二重にぷっくりした少し厚めの唇。少し濃い目の眉毛も印象的だった。
ふと、彼と目が合った。流し目でこちらを見た姿はどこか艶があり、色っぽかった。あの時、海斗は少し微笑んでいたように感じた。
大地は小さく舌打ちをして顔に水を浴びせ、鏡に映る自分の顔を睨みつけた。
ーくそっ!考えれば考える程、あいつがΩな証拠しか出てこないじゃないか!
薄ぼんやりと浮かび上がる色白の肌、華奢でしなやかな足。記憶の無いふりをしてきたが、あの禁断の夜を思い出しそうになっては急いで蓋をして被りを振った。
ーやっぱり、あいつは俺を騙そうとしてたんだ。俺と二人っきりになって、ずっと狙っていたんだ!俺がαだから!
さっきかけた水が頬を伝って落ちる。疑心暗鬼に満ちた顔は水くらいでは落ちなかった。
あの海斗の憎たらしい顔を思い出そうとしたが、思い出せるのはこちらを見て微笑んでいる海斗だけだった。それがまた大地をさらに苛立たせていた。
大地は朝起きてもスッキリしない顔つきで洗面所へ向かった。ドアを開けると、七三分けをした白髪混じりの初老が立っていた。男の口髭が口角と共に上がる。
「おはようございます、坊ちゃん。」
「その呼び方、もうやめてくれ。」
「おや、失礼致しました。大地様。」
この男、大原は金城家に長く仕えている執事だ。父の右腕のようなもので、最近は後継ぎである大地の面倒をよくみてくる。大地は付き纏われているようで無性に腹が立った。
近づいてくるという意味では、どこかあの公園で見た海斗の様子を彷彿とさせられ、大地は無意識に歯を食いしばった。
金城大地がこの世で最も嫌う人間は、αに泣きながらしがみつく、男のΩだ。
理由は父親だ。大地がまだ小学生の頃、実母が病気で亡くなってすぐに父は男を連れてきた。と言っても、愛人という名目ではなく、ただの取引先の関係者だった。個人的にも仲良くなったのか、父は度々その男を家に上げるようになった。大地はその時ちょうど母が亡くなったという実感が湧き始め、憂鬱な日々を送っているところだった。だからこそ、父が母以外の人と家で仲良くしているのを見て異様に嫌気がさしたのを覚えている。
そんな中、状況が一変したのは、大地が学校から家に帰ってきた時だった。大原がいつも通り玄関のドアを開けると、何やらリビングが騒がしいことに気づいた。大原も不審に思い、大地にそこから動かぬよう言うと、リビングへ恐る恐る歩いて行った。
少し開かれたドアから見えたのは、あの男が父の足にしがみつき、何やら懇願している様子だった。泣きながら、実はおめがなど、騙すつもりはなかったなどと泣き叫んでいた。今思えば、あの男はΩで、父と肉体関係があったのだろう。妊娠したことを父に伝えていたのが今なら分かる。
結局、父とその男は結婚した。子供も生まれて今でも一緒に過ごしている。大地はすぐ母からあの男に乗り換えた父も気に食わなかったが、あの時、父が責任を取ると言った際に勝ち誇ったような顔をしたあの男が一番、気に食わなかった。まるで騙し討ちを仕掛けたかのように見えて、大地には男が卑しい存在に思えた。
浜田海斗はそんな事をする男じゃないと思っていた。あの公園でのやり取りをするまでは。
海斗と出逢ったのは、大学に入学して初めての講義があった日だった。たまたま同じ講義で同じ机の端に座っていた彼は、どこか気怠そうで、しかし授業の内容はきちんと聞いているのか、ノートにちゃんと書き込んでいる姿が記憶に残っている。
肩までかかった黒くサラサラした髪。くっきりした二重にぷっくりした少し厚めの唇。少し濃い目の眉毛も印象的だった。
ふと、彼と目が合った。流し目でこちらを見た姿はどこか艶があり、色っぽかった。あの時、海斗は少し微笑んでいたように感じた。
大地は小さく舌打ちをして顔に水を浴びせ、鏡に映る自分の顔を睨みつけた。
ーくそっ!考えれば考える程、あいつがΩな証拠しか出てこないじゃないか!
薄ぼんやりと浮かび上がる色白の肌、華奢でしなやかな足。記憶の無いふりをしてきたが、あの禁断の夜を思い出しそうになっては急いで蓋をして被りを振った。
ーやっぱり、あいつは俺を騙そうとしてたんだ。俺と二人っきりになって、ずっと狙っていたんだ!俺がαだから!
さっきかけた水が頬を伝って落ちる。疑心暗鬼に満ちた顔は水くらいでは落ちなかった。
あの海斗の憎たらしい顔を思い出そうとしたが、思い出せるのはこちらを見て微笑んでいる海斗だけだった。それがまた大地をさらに苛立たせていた。
18
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
ふた想い
悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。
だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。
叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。
誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。
*基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。
(表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる