ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」10話

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「ちゃんちゃら」10話


 大地は朝起きてもスッキリしない顔つきで洗面所へ向かった。ドアを開けると、七三分けをした白髪混じりの初老が立っていた。男の口髭が口角と共に上がる。
「おはようございます、坊ちゃん。」
「その呼び方、もうやめてくれ。」
「おや、失礼致しました。大地様。」
 この男、大原は金城家に長く仕えている執事だ。父の右腕のようなもので、最近は後継ぎである大地の面倒をよくみてくる。大地は付き纏われているようで無性に腹が立った。
 近づいてくるという意味では、どこかあの公園で見た海斗の様子を彷彿とさせられ、大地は無意識に歯を食いしばった。

 金城大地がこの世で最も嫌う人間は、αに泣きながらしがみつく、男のΩだ。

 理由は父親だ。大地がまだ小学生の頃、実母が病気で亡くなってすぐに父は男を連れてきた。と言っても、愛人という名目ではなく、ただの取引先の関係者だった。個人的にも仲良くなったのか、父は度々その男を家に上げるようになった。大地はその時ちょうど母が亡くなったという実感が湧き始め、憂鬱な日々を送っているところだった。だからこそ、父が母以外の人と家で仲良くしているのを見て異様に嫌気がさしたのを覚えている。
 そんな中、状況が一変したのは、大地が学校から家に帰ってきた時だった。大原がいつも通り玄関のドアを開けると、何やらリビングが騒がしいことに気づいた。大原も不審に思い、大地にそこから動かぬよう言うと、リビングへ恐る恐る歩いて行った。
 少し開かれたドアから見えたのは、あの男が父の足にしがみつき、何やら懇願している様子だった。泣きながら、実はおめがなど、騙すつもりはなかったなどと泣き叫んでいた。今思えば、あの男はΩで、父と肉体関係があったのだろう。妊娠したことを父に伝えていたのが今なら分かる。
 結局、父とその男は結婚した。子供も生まれて今でも一緒に過ごしている。大地はすぐ母からあの男に乗り換えた父も気に食わなかったが、あの時、父が責任を取ると言った際に勝ち誇ったような顔をしたあの男が一番、気に食わなかった。まるで騙し討ちを仕掛けたかのように見えて、大地には男が卑しい存在に思えた。


 浜田海斗はそんな事をする男じゃないと思っていた。あの公園でのやり取りをするまでは。

 海斗と出逢ったのは、大学に入学して初めての講義があった日だった。たまたま同じ講義で同じ机の端に座っていた彼は、どこか気怠そうで、しかし授業の内容はきちんと聞いているのか、ノートにちゃんと書き込んでいる姿が記憶に残っている。
 肩までかかった黒くサラサラした髪。くっきりした二重にぷっくりした少し厚めの唇。少し濃い目の眉毛も印象的だった。
 ふと、彼と目が合った。流し目でこちらを見た姿はどこか艶があり、色っぽかった。あの時、海斗は少し微笑んでいたように感じた。

 大地は小さく舌打ちをして顔に水を浴びせ、鏡に映る自分の顔を睨みつけた。

ーくそっ!考えれば考える程、あいつがΩな証拠しか出てこないじゃないか!

 薄ぼんやりと浮かび上がる色白の肌、華奢でしなやかな足。記憶の無いふりをしてきたが、あの禁断の夜を思い出しそうになっては急いで蓋をして被りを振った。

ーやっぱり、あいつは俺を騙そうとしてたんだ。俺と二人っきりになって、ずっと狙っていたんだ!俺がαだから!

 さっきかけた水が頬を伝って落ちる。疑心暗鬼に満ちた顔は水くらいでは落ちなかった。
 あの海斗の憎たらしい顔を思い出そうとしたが、思い出せるのはこちらを見て微笑んでいる海斗だけだった。それがまた大地をさらに苛立たせていた。


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