ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」25話

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「ちゃんちゃら」25話


 大地が家に帰ると、大原がリビングのドアを開けてくれる。大地はドアを潜るなり「海斗は?無事か?」とすぐさま聞いた。大原が小さく笑う。
「えぇ、今は部屋で寝ていますよ。首もまだ痛みが引かないですし、悪阻もまだ続いてるみたいなので、今日もほとんどベッドで過ごしていましたね。」
 全て原因が自分にあるので大地は罰が悪そうに椅子に座った。

 それから、大原と今日知ったことを共有した。大地が病院で聞いた話をすると、大原もずっと神妙な面持ちで聞いていた。そして、大原からの話を聞いた大地は目をぱちくりさせた。
「あいつが?俺にそんな理由で近づいてきてたのか?」
「坊ちゃんは心当たりあるんですか?」
「いや。」
 大地は頭を捻ったが、いつも自分の方から何かしら海斗に絡みに行っていたことしか思い出せなかった。大地から見た海斗の印象は、他の連中のように自分に奢りを強請ったりする様子もなく、ただ大地の話を聞いたり、おふざけに付き合ってくれる仲の良い友人だった。仮に海斗が就職のことで悩んでいたら、何も躊躇わずに無事に自力で就職できるよう、手を貸していただろう。
 それが仮に海斗の計算だとして、病院の話を抜きにしても今までの態度で帳消しになる程、大地にとって海斗の存在は大きくなっていた。
「俺は特に気にしないな。」
「そうですか、それは良かった。」
 どうやら、大原は大地が海斗を見放すのではないかと心配していたようだ。ホッとしてる様子を横目に大地は用意されたお茶を飲む。
「本当に海斗が狡賢くて自分の利益の為に近づいてきていたら、今この状況は持ってこいだって思うんだ。」
 大原は小さく頷く。
「俺と結婚して、大学も続けて、俺たち頼みで暮らすって言うだろ。」
 海斗の発言はまるで自罰的で、大地への配慮のようにも聞こえる。そんな海斗の健気な様子を大地はいじらしく思った。
「なあ、大原。」
 大地は膝に手を置いて大原をまっすぐ見つめる。

「俺、大学辞めるわ。」
 大原も大地をジッと見て、微笑んだ。
「随分と大きな決断ですね。」
「うん。」
 大原は空いたカップにお茶を注ぐ。
「何となく察しはつきますが、辞めてどうなさるおつもりですか?」
「親父の会社で働くよ。」
 お茶を注ぎ終わると静かにポットを置いた。
「良いのですか?この間まで乗り気ではなかったじゃないですか。」
 大地はテーブルに肘をついて顔の前に手を組んだ。
「俺、今通ってる大学は親父への反抗心で入学したんだ。親父が勧めた大学に行きたくなくて。」
 大原は苦笑いしている。
「俺は親父の力無しでもやっていけるって、そう思いたかったんだ。自分で就職して成り上がってやるって。」
 大地はまるで微笑んでいるかのように、目を細めて言った。
「でも、今は親父への反抗心より、海斗を支えたいんだ。悪い、大原。」
「かしこまりました。」
 大原は深々とお辞儀した。


 その日の夜、大地はこっそり客室のドアを開けて覗くと、ベッドに横たわる海斗の姿があった。試しに声をかけてみたが、熟睡しているようで、微動だにしなかった。
 大地はドアの隙間からの光だけで見える海斗の顔を眺めた。
 長いまつ毛とふっくらした唇が寝息と共にゆっくり微かに動く。
 綺麗だな、と大地は素直に思った。そういえば海斗の正面の顔がやけに新鮮に見える。その理由を考えてみると、一つの答えが浮かんだ。いつもなら肩を組んだり、隣同士で座って話したりと、大地はいつも海斗の横顔ばかり見ていたからだ。

ー「抱きしめる、とまではいかないっすけど、手は握って欲しかったっすね。」

 大地はゆっくりと海斗の手に触れようと自分の手を近づけた。しかし、すぐに思い止まって引っ込めた。

ーあれは、あくまで空島の話だ。海斗が嫌がるようなことはしたくないし、無理に思い出させたくない。

 大地はそっと客室のドアを開け、踵を返す。

ーいつか、海斗に聞ける日は来るのだろうか。どうして欲しかったのか。

 大地はそんな一つの大きな懸念を胸に抱えながらドアを閉じた。


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