ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」29話

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「ちゃんちゃら」29話


 海斗と金城親子は大原が運転する車で近くのハンバーガー店へ向かった。
 入ったハンバーガー店は海斗の知っているようなお店ではなく、テラスがついた所謂おしゃれなお店というやつだった。来ている客も小綺麗な者ばかりで、サングラスをかけてテラス席に座る客なんて、まるでどこかの絵画の一部のようだった。
 ハンバーガー店は賑やかな繁華街とは違い、静かで落ち着いた住宅街近くに建っていた。そのせいか、客はそこそこ入っているが、騒がしくなかった。
 海斗は思った。自分は気を失い、気がついたら金城家の別荘にいたから知らなかったが、ここ周辺は富裕層が暮らす高級住宅街なのだろうと察した。

「僕、テラス席がいい!」と大知はテラス席を指差す。しかし、大原が海斗の気を遣ったのか、困り眉で首を小さく振る。
「申し訳ございません。真夏日が終わっても、外は暑いでしょうし、今日は店内にしましょう。」
「えー!」
 大知が頬を膨らませる。自分の思い通りにならなくて不貞腐れる姿はどこか大地に似ている気がした。その様子を見て海斗は「いいよ。俺のことは気にしなくて。」と言って、自らテラス席のガラス戸を開けた。大原はまだ困り眉をしていたが、雫は笑顔で「ありがとう」と感謝を述べていた。

 正直、暑いのは苦手だが、ガーデンパラソルが差してあったので特に気にならなかった。大知は海斗の隣にどっかり座り、心を弾ませながらメニュー表を見ていた。
「ねぇ、お兄ちゃんはなに食べるの?僕はこのベーコンが乗ったやつにするー」とバンズからベーコンが飛び出した食べ応えのあるハンバーガーの写真を海斗に開いて見せた。
「よく食べるんだなぁ。」
「これくらい食べれるよー。僕こどもじゃないもん。」と締まりのない笑いをしている。そんな様子を見た雫は口を挟んだ。
「そんなこと言って、この間も少し残しただろう?自分が食べれる量を頼みなさい。」
「食べれるのにぃ」と口を尖らせている大知を見て思わず吹き出すように笑う。片親違いではあるが、どこか意地を張る姿はやはり大地に似ていた。笑っている海斗を最初はジト目で見ていた大知だったが、次第に可笑しくなってきたのか大知も笑っていた。
 そんな様子にはじめは目が点になって見ていた雫も大原も今は微笑んで二人の様子を眺めていた。外のアブラゼミの声も、どこか遠く感じる程、時間はゆっくり流れている気がした。

 海斗は胃の調子も考えてベジタブルバーガーを頼んだ。運ばれてきたハンバーガーはバンズがふっくらしていて、厚みのあるパティが挟まれていて、見るだけで満足しそうだった。大知ははじめは美味しそうにベーコンが乗ったハンバーガーを口に運んでいたが、雫が頼んだチーズとアボカドが入ったハンバーガーに目が行っていた。
「パパのも美味しそうだなぁ。」
「じゃあ、少し食べる?」と言ってナイフで綺麗にハンバーガーを切り分けた。
 海斗もその様子を横目で見ながら、自分のハンバーガーに口をつける。
 レタスがバーベキューソースと絡まり、トマトの果肉でさらに甘酸っぱさが追加される。細かく切ったピクルスもマヨネーズと合わさって美味しかった。こんなに健康に良いハンバーガーは初めてだったが、悪い気分はしなかった。特にピクルスが気に入った。
 お店のカウンターを見ると、ピクルスが別売りしているのを発見した。そんな海斗の行動に気がついた大原が微笑みながら話しかけてくる。
「良ければ、後で買いましょうか?」
 海斗はギョッとした。さすがに他人に買ってもらうわけにはいかなかった。
「え、いや、それは申し訳ない」と言い掛けたところで雫が目を輝かせながら口を挟む。
「えー、いいじゃないか!僕も料理に使うから、海斗くんも買ってもらいな!」と後押しすらしてきた。隣を見ると、大知も全く同じ目の輝きでこちらを見ていた。
「えー!お兄ちゃん、なんかピクルスで作るの!?僕にも食べさせてね!」

 海斗が苦笑していると、隣のテラス席に二人の親子が座った。母親らしき人物はお腹が大きかったので、恐らく妊婦だろう。娘の方は足をパタパタさせながらハンバーガーを今か今かと待ち侘びている。母親が運ばれてきたハンバーガーを食べやすいように切って取り皿に分けて渡していた。お腹がテーブルにつっかえそうになっていたが、母親は気にせずハンバーガーを食べていた。
 娘はハンバーガーを手で口に運びながら母親のお腹を見て言った。
「ママ、お腹大きくなってきたね。」
「そうねぇ」
 母親は娘の口についたケチャップを拭く。しかし、娘はどこか落ち着きがない様子だった。
「ねぇ、これ以上ママ食べたらお腹破裂しちゃう?」と母親の顔を窺いながら聞いていた。その質問に母親はキョトンとしていたが、意味を理解したのか声を抑えるように笑った。

「ママが食べたものが赤ちゃんの栄養になるのよ。だから、食べることは大事なの。まあ、食べ過ぎは良くないけどね。」

ー赤ちゃんの栄養。

 海斗は無意識に下腹部を摩っていた。そして、いつの日か感じた何か腹から迫り上がってくる感覚を思い出した。すぐに口を押さえ、椅子から床へとへたり込む。大原たちがこちらへ向かってくる途中、視界がショッキングピンクに染まる。
 最後に薄ら見えたのは、娘を庇うように席から離れる母親の姿だった。


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