ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」30話

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「ちゃんちゃら」30話


 海斗は昔の夢を見た。あの人、母が必死に知らない男に縋り付く光景だ。
 母はよく知らない男を家に連れてきていた。少ししたら別の男、また少ししたら別の男を連れてきていた。
 ベタベタとくっついているかと思えば、喧嘩をして顔に青痣を作ったりもしていた。普段、海斗に対して人一倍金にうるさい母だったが、男に対しては別で、ほいほいお金を簡単に渡している様子を海斗はいつも恨めしく見ていた。
 そうして短い期間の関係性に終わりが来る頃には決まって母は男に縋り付くのだ。しかし、大抵は男側が母への興味を失くし、突き放して去っていくというのがいつもの流れだった。
 その日の母はまあ、荒れる。なるべく視界に入らないように襖の中に隠れるのだが、あっさり見つけられてしまう。

 その時に決まって母が言う言葉がある。母が例の言葉を口に出そうと唇を歪ませたところで目の前が真っ白になった。

 見たことのある天井だ。見たことのあるテーブルと見たことのある金庫。どうやら、また自分は金城家の別荘に帰ってきたみたいだ。そして、ふと視線を下にすると、大知が海斗の顔をジッと眺めていた。驚いて起き上がると大知は嬉しそうに海斗の腕を掴んだ。
「お兄ちゃん、もう元気になった?一緒に遊ぼうよ。」
 海斗が困惑していると、ドアを開けて大原がそっと大知の肩に手を置いた。
「今日は私と遊びましょう。海斗様とはまた別の機会で」
「えー」と膨れっ面をしながらも大知は大人しく客室を出て行った。

 すると、それと入れ替わりで雫が客室に入ってくる。海斗が罰が悪そうにベッドから起き上がり、頭を下げる。
「迷惑かけて、すみません。」
 雫は首を振る。
「とんでもない。体調が優れないのに無理させて連れ出しちゃったのはこっちだからね。」と雫は苦笑している。
 海斗が俯いていると、雫は大原がよく座っていた椅子に座った。
「大原さんから事情は聞いてる。辛かったら、いつでも言ってね。」
 優しい声掛けに顔を上げると、雫がこちらを凝視していたので、思わず視線を外す。
「海斗くんを見ていると、昔の自分を思い出してね。」
「昔?」
 海斗が聞き返すと、雫はテーブルに頬杖をつきながら語り始めた。
「僕ね、元々は社長、大和さんの会社の取引先の社員だったんだ。」
 雫は目を細め、窓の外の青葉を眺めている。
「それで、二人とも恋人に?」と海斗が聞くと、雫は吹き出すように笑った。
「ぜーんぜん!確かに、良くしてもらったけど、あくまで仕事での付き合いだったね。大和さんも、当時結婚してて番もいたから、僕のフェロモンには特に反応も無かったし、僕自身も大和さんは良い人生の先輩って感じだった。」
 青葉が風で靡き、一枚だけ葉が落ちた。
「でも、大和さん、奥さんが亡くなられて、酷く憔悴してたんだ。」
 細めている雫の目にまつ毛がかかり、より魅力的に見えた。
「そりゃ取引先としても心配だけど、何だか一人にしておけないと思ってさ。よく大和さんのお家に僕が送り迎えしてたんだよ。その時、大原さんは奥さんの代わりに大地くんの面倒見てたから、それでね。僕が仕事で行き詰まった時、Ωとか色眼鏡で見ないで相談してくれた親切な人だったから。力になりたかったんだ。」と言って雫は苦笑していた。なぜ良い話なのに苦笑しているのだろうと海斗が不思議に思っていると、雫は窓からテーブルに置かれてある水が入ったコップを眺め始める。
「あの日、そうだな。仕事が忙しくなってきた時期だったな。いつものように大和さんを車で送り届けたらさ、大和さんがお礼にワインを開けてくれたんだ。その時に悪酔いしちゃったみたいでね。」
 雫は特に躊躇いもなく言い放った。
「どうやら一線を超えちゃったみたいでね。」
 雫は目が点になっている海斗を見て笑った。
「いやー、あの時はびっくりしたよね。結局、うちの会社も傾きかけの危機的状況でさ、大和さんとも話も出来ず、病院にも行けず、そのまま妊娠って流れなんだけどね。まあ、僕のフェロモンが原因でこんなことになったんだろうけどさ。」
「え、番っていても、そんな事故が起きるんだ。」
 目を丸くした海斗を見て、雫は小さく唸った。
「稀にパートナーと死別したら番の効果が消えることがあるらしいんだけどね。」
 死別。その言葉に海斗の瞳が揺れた。
「ただし、かなり稀な例だからね。」と態と念を押す雫の圧に海斗は小さく身体を震わせた。
「それで妊娠して、大丈夫だったんです、か?」と手をモジモジしながら海斗は聞いた。
「そりゃパニックだよ!まさか一回で妊娠するとは思ってなかったからね。取り乱して大和さんに縋るように話しちゃったよ。」と雫は恥ずかしそうに笑う。その言葉に海斗は大きく頷いた。
「俺も、おんなじこと大地にしたな。」
「ねぇ。」と雫が相槌を打つのを見て海斗はクスクス笑う。その様子を見て雫は小首を傾げる。
「そんなに面白かった?」
「あー、えっと。」と海斗は気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「なんか、誰かに縋るのって自分の母親みたいで嫌だなって思ってたんだけど、雫さんと一緒なら全然嫌じゃないなって思えて。」
 雫は目をぱちくりさせた。そうして突然、真剣な表情で海斗を凝視した。
「海斗くん、小悪魔って言われない?」
「え?ぜんぜん。」と今度は海斗が目をぱちくりさせた。
 雫は顎に手を当てて苦笑した。
「これは、大地くん大変だろうなぁ。」

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