ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」38話

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「ちゃんちゃら」38話


 朝、目が覚めると、視界に水色が映った。驚いて海斗はベッドから跳ね上がる。しかし、その正体が分かると、部屋が水没したのではないかという寝ぼけた発想はすぐに消え去った。海斗は試しに枕元に置いておいた水色のテディベアを手に取る。相変わらず肌触りがいいので、また無意識に撫でくりまわしてしまう。
 暫くテディベアを撫でながら呆けていると、玄関の方から音が聞こえた。どうやら大地が会社へ出掛けたらしい。海斗はテディベアの目に映る不自然に横に広がった自分の顔を眺める。

ー本当に俺はこのままでいいのだろうか。
 昨日は初めて家族というものに触れたような、そんな気がした。家族とは言ってもテレビで観るような海斗が想像していた家族像のようなものだ。しかし、明日になり、朝目覚めてみると、やはり自分だけ異物のような、そんな気がしてきていた。
 そして何かに突き動かされるように客室のドアを開け、リビングへ向かっていた。そこには大地を見送ったであろう大原が大地の朝ごはんに使った食器を片付けていた。海斗の存在に気づくとゆっくり頭を下げる。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
 大原が顔を上げると物珍しそうに海斗を見ている。
「そのぬいぐるみは、大地様の物ですね。貰ったんですか?」
 海斗はハッと自分の手に感じる肌触りの良いフワフワを見遣る。無意識に一緒に連れてきてしまっていたようだ。海斗は顔を赤くしながら近くの食器棚の上にテディベアを置いた。
「番だから、なにか大地の物を持っといた方が良いかなって思って、それで」
 ずっと手をモジモジしている海斗の様子を微笑ましそうに大原が見ている。恥ずかしかったので、海斗はすぐ自分の朝ごはんを食べることにした。
 先日は食べれなかった朝ごはんを海斗がペロリと平らげるのを大原はニコニコと見ているので、海斗の恥ずかしさは消えなかった。

「あの、大地は毎日いつ帰ってくるんですか?」と辿々しい敬語で海斗は大原に訊ねる。
「その時の状況によりますが、そうですね、良ければ海斗様が連絡を取ってはいかがでしょう。」
 突然の提案に海斗は目を丸くするが、確かに本人に聞いた方が良いだろうと合点した。
 海斗はスマホを久々に開くが、そこには空島からのメッセージが入っていた。気になって開いてみると、どうやらこちらを心配している旨が書かれてあった。空島にはお世話になったので、今度ちゃんとお礼をしたいな、と海斗は目を細める。
 一方、大地と連絡するのは本当に久しぶりで、つい昨日まで会っていたというのに、海斗は緊張していた。とりあえず何時頃、帰ってくるのか聞いてみようと海斗は文字をタップする。
 なぜここまで海斗が大地を気にしているのか、海斗自身もよく分かっていなかったが、恐らく焦燥感から来るものだろうと海斗は考えていた。大地はどんどん前へ進んでいるというのに、海斗はこの家の中でずっと蹲っているだけのように思えたからだ。大地は何も言わなかったが、このままだと海斗は大地の稼ぎ頼りで生きていくことになってしまう。
ーなにか、自分に出来ることはないだろうか。

 海斗は悶々と考えながら送信ボタンをタップした。なんだか妙に神経を使ったな、と海斗が大きく息を吐くと、すぐスマホから通知音が鳴った。
 どういうことか、数秒後には大地からの返信がきていた。海斗はなにか間違えたのではないかと訝しげにスマホを睨む。
ー今日は夕方には帰れそう
 文章の後にはニッコリ笑っている顔のマークがあった。
 海斗は不思議に感じた。大地はお世辞にもメッセージの返信が早い方ではなかった。寧ろ遅い方だ。下手すれば数日は返ってこなかったこともあったような気がするな、と海斗は頭の中の記憶を探る。そんな大地がどうしたものかと頭を捻ったが、一つの回答が思い浮かんだ。大地はもう学生ではない。社会人になったのだ。社会人として連絡がまともに取れないようでは確かに社長の跡継ぎにはなれないだろうな、と海斗は考えた。
 
 なるほど。大地も大人になったのだな、とまるで親のように海斗が感心している様子を大原は後ろで微笑ましそうに眺めていた。


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