39 / 102
「ちゃんちゃら」39話
しおりを挟む
「ちゃんちゃら」39話
海斗は大原に頼んでノートパソコンを触ってみた。自分のパソコンは無いので、いつも大学のパソコンを使って課題をしたりネットサーフィンをしていた。
海斗は求人募集のサイトをクリックする。接客や工場の組み立て作業、運搬など様々な仕事が募集されていた。海斗はパソコンと睨めっこしながら下へスクロールしていくと、工場の検品作業が目に入った。会社の名前を見ると、金城グループの傘下にある中小企業だった。
海斗は前に大学の食堂で大地がぼやいていた言葉を思い出した。
「親父は下請けの会社のことを雑に扱ってる。俺だったらもっと上手く利用できるのに。」
大地が仕事の話をするのは珍しかったのでよく記憶に残っている。
「海斗様。」
突然、後ろから大原の声がしたので驚いてその場に固まってしまう。
「先程、雫様がお越しになりました。挨拶されていかれますか?」
海斗は目を丸くした。雫が来たことというよりは、まさかインターフォンが鳴ったことにすら気づかないくらい自分が集中していたことに驚いた。海斗は急いでパソコンの電源を切って客室を出た。
リビングに入るとこの間と変わらない朗らかな笑みをした雫がこちらに手を振っていた。
「こんにちは、海斗くん。」
「こんにちは。」
辺りを見渡すが、この間とは違ってどこか静かな気がした。
「大知くんは?」
「学校。」
そうだった。普通、平日は学生は休みじゃない。ついこの間まで自分も学校に通っていたのを思い出し、焦燥感を覚える。
「海斗くんのところへ行くって言ったら大知、羨ましがってたなぁ」と深刻な顔をしている海斗とは裏腹に雫はクスクスと思い出し笑いをしていた。しかし、海斗の表情を見ると、なにか察したのか、雫の上がっていた口角は徐々に下がっていった。
「海斗くん、今日はご飯ちゃんと食べてる?」
脈絡のない質問に不思議がりながらも海斗は首を縦に振った。もう首の痛みはすっかり消えていた。雫はそれを見て両手を合わせる。
「良かった。じゃあ、色々お話できるね!」
雫の満面の笑みを見て海斗は安心感を覚えた。こんな人が親だったら、毎日楽しいだろうなと思いながら海斗は椅子に座る。
「その、仕事をしようかなって思ってて」と雫の顔色を窺いながら海斗は口を開いた。雫は「へー!」と笑っているが、キッチンの方から大きめの食器が擦れる音がした。音の方を見ると、明らかに心配そうにこちらを見ている大原の姿があった。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。
「大丈夫なんですか?まだ体調も優れていないのに。」と足早にルイボスティーが入ったカップをテーブルの上に置く。その様子を見ると段々身体の中に不安という靄が侵食し始める。
「でも、俺このまま何もせずに、ここにいるのは、なんか、その、申し訳ない、ていうか。」
すっかり顔を俯かせてしまった海斗を見て雫はなぜか笑い出す。びっくりして顔を上げると雫は天井に視線を上げながらルイボスティーを口にした。
「まあ、不安になるよね。僕も最初は意地でも仕事続けようかなって思ってたんだけど」
「今は、行ってないんですか?」
雫は苦笑しながら頷いた。
「うん。」
大原も落ち着いたのか、いつもの足取りでキッチンに戻っていくが、視線はまだ心配の目をしていた。その間に雫はルイボスティーをまた一口飲んでから口を開いた。
「職場でも僕が大和さんに結婚する為に近づいたんじゃないかって噂が広まってね。まあ、職場のみんなは僕がΩだって知ってたから、元々疑ってた人もいたんじゃない?」
海斗はアパートの裏で泉谷に壁に押し付けられたことを思い出した。Ωだと知った途端、今まであったものが跡形もなく消えていくのはまるで煮湯を飲まされたような気分だった。Ωの人はいつもこんな思いをしているのかと痛感していた。
「じゃあ、それが原因で」
「あー、まあ、それはそうなんだけど」
なんだか歯切れの悪い雫の反応に疑問を抱いていると、雫は悪戯っ子のような顔をした。その顔はここで初めて会った時の大知によく似ていた。
「大和さん、責任取るって言ってたし、別に良いかなぁと思ってさ。」
「え」
思わず口から驚嘆の声が漏れる。それを見てまた可笑しそうに雫は笑っている。
「僕は親をするのも立派な仕事だと思うので、もういっそのことパートナーに甘えようかなあと思ったんだ。」
自分には無い発想に海斗は心底驚いた。しかし、すぐに海斗の気持ちは暗い底へと落っこちていく。
「でも、俺、妊娠してるわけじゃないんだけど」
「そんなの関係無いんじゃない?」
雫はカップの取っ手に手を掛ける。
「大地くんが気にしてるのは妊娠してようがしてなかろうが、君がパートナーとしてここにいてくれるかどうかなんだからさ。」
海斗はパートナーという言葉が頭の中に入っていくのを感じた。
「要するに、海斗くんのやりたいように過ごしたら?」
雫はまるで毎週楽しみにしているドラマを観るかのように海斗を見ていた。
海斗は大原に頼んでノートパソコンを触ってみた。自分のパソコンは無いので、いつも大学のパソコンを使って課題をしたりネットサーフィンをしていた。
海斗は求人募集のサイトをクリックする。接客や工場の組み立て作業、運搬など様々な仕事が募集されていた。海斗はパソコンと睨めっこしながら下へスクロールしていくと、工場の検品作業が目に入った。会社の名前を見ると、金城グループの傘下にある中小企業だった。
海斗は前に大学の食堂で大地がぼやいていた言葉を思い出した。
「親父は下請けの会社のことを雑に扱ってる。俺だったらもっと上手く利用できるのに。」
大地が仕事の話をするのは珍しかったのでよく記憶に残っている。
「海斗様。」
突然、後ろから大原の声がしたので驚いてその場に固まってしまう。
「先程、雫様がお越しになりました。挨拶されていかれますか?」
海斗は目を丸くした。雫が来たことというよりは、まさかインターフォンが鳴ったことにすら気づかないくらい自分が集中していたことに驚いた。海斗は急いでパソコンの電源を切って客室を出た。
リビングに入るとこの間と変わらない朗らかな笑みをした雫がこちらに手を振っていた。
「こんにちは、海斗くん。」
「こんにちは。」
辺りを見渡すが、この間とは違ってどこか静かな気がした。
「大知くんは?」
「学校。」
そうだった。普通、平日は学生は休みじゃない。ついこの間まで自分も学校に通っていたのを思い出し、焦燥感を覚える。
「海斗くんのところへ行くって言ったら大知、羨ましがってたなぁ」と深刻な顔をしている海斗とは裏腹に雫はクスクスと思い出し笑いをしていた。しかし、海斗の表情を見ると、なにか察したのか、雫の上がっていた口角は徐々に下がっていった。
「海斗くん、今日はご飯ちゃんと食べてる?」
脈絡のない質問に不思議がりながらも海斗は首を縦に振った。もう首の痛みはすっかり消えていた。雫はそれを見て両手を合わせる。
「良かった。じゃあ、色々お話できるね!」
雫の満面の笑みを見て海斗は安心感を覚えた。こんな人が親だったら、毎日楽しいだろうなと思いながら海斗は椅子に座る。
「その、仕事をしようかなって思ってて」と雫の顔色を窺いながら海斗は口を開いた。雫は「へー!」と笑っているが、キッチンの方から大きめの食器が擦れる音がした。音の方を見ると、明らかに心配そうにこちらを見ている大原の姿があった。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。
「大丈夫なんですか?まだ体調も優れていないのに。」と足早にルイボスティーが入ったカップをテーブルの上に置く。その様子を見ると段々身体の中に不安という靄が侵食し始める。
「でも、俺このまま何もせずに、ここにいるのは、なんか、その、申し訳ない、ていうか。」
すっかり顔を俯かせてしまった海斗を見て雫はなぜか笑い出す。びっくりして顔を上げると雫は天井に視線を上げながらルイボスティーを口にした。
「まあ、不安になるよね。僕も最初は意地でも仕事続けようかなって思ってたんだけど」
「今は、行ってないんですか?」
雫は苦笑しながら頷いた。
「うん。」
大原も落ち着いたのか、いつもの足取りでキッチンに戻っていくが、視線はまだ心配の目をしていた。その間に雫はルイボスティーをまた一口飲んでから口を開いた。
「職場でも僕が大和さんに結婚する為に近づいたんじゃないかって噂が広まってね。まあ、職場のみんなは僕がΩだって知ってたから、元々疑ってた人もいたんじゃない?」
海斗はアパートの裏で泉谷に壁に押し付けられたことを思い出した。Ωだと知った途端、今まであったものが跡形もなく消えていくのはまるで煮湯を飲まされたような気分だった。Ωの人はいつもこんな思いをしているのかと痛感していた。
「じゃあ、それが原因で」
「あー、まあ、それはそうなんだけど」
なんだか歯切れの悪い雫の反応に疑問を抱いていると、雫は悪戯っ子のような顔をした。その顔はここで初めて会った時の大知によく似ていた。
「大和さん、責任取るって言ってたし、別に良いかなぁと思ってさ。」
「え」
思わず口から驚嘆の声が漏れる。それを見てまた可笑しそうに雫は笑っている。
「僕は親をするのも立派な仕事だと思うので、もういっそのことパートナーに甘えようかなあと思ったんだ。」
自分には無い発想に海斗は心底驚いた。しかし、すぐに海斗の気持ちは暗い底へと落っこちていく。
「でも、俺、妊娠してるわけじゃないんだけど」
「そんなの関係無いんじゃない?」
雫はカップの取っ手に手を掛ける。
「大地くんが気にしてるのは妊娠してようがしてなかろうが、君がパートナーとしてここにいてくれるかどうかなんだからさ。」
海斗はパートナーという言葉が頭の中に入っていくのを感じた。
「要するに、海斗くんのやりたいように過ごしたら?」
雫はまるで毎週楽しみにしているドラマを観るかのように海斗を見ていた。
17
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜
古森きり
BL
東雲学院芸能科に入学したミュージカル俳優志望の音無淳は、憧れの人がいた。
かつて東雲学院芸能科、星光騎士団第一騎士団というアイドルグループにいた神野栄治。
その人のようになりたいと高校も同じ場所を選び、今度歌の練習のために『ソング・バッファー・オンライン』を始めることにした。
ただし、どうせなら可愛い女の子のアバターがいいよね! と――。
BLoveさんに先行書き溜め。
なろう、アルファポリス、カクヨムにも掲載。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
縁結びオメガと不遇のアルファ
くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる