ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」39話

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「ちゃんちゃら」39話


 海斗は大原に頼んでノートパソコンを触ってみた。自分のパソコンは無いので、いつも大学のパソコンを使って課題をしたりネットサーフィンをしていた。
 海斗は求人募集のサイトをクリックする。接客や工場の組み立て作業、運搬など様々な仕事が募集されていた。海斗はパソコンと睨めっこしながら下へスクロールしていくと、工場の検品作業が目に入った。会社の名前を見ると、金城グループの傘下にある中小企業だった。
 海斗は前に大学の食堂で大地がぼやいていた言葉を思い出した。
「親父は下請けの会社のことを雑に扱ってる。俺だったらもっと上手く利用できるのに。」
 大地が仕事の話をするのは珍しかったのでよく記憶に残っている。

「海斗様。」
 突然、後ろから大原の声がしたので驚いてその場に固まってしまう。
「先程、雫様がお越しになりました。挨拶されていかれますか?」
 海斗は目を丸くした。雫が来たことというよりは、まさかインターフォンが鳴ったことにすら気づかないくらい自分が集中していたことに驚いた。海斗は急いでパソコンの電源を切って客室を出た。

 リビングに入るとこの間と変わらない朗らかな笑みをした雫がこちらに手を振っていた。
「こんにちは、海斗くん。」
「こんにちは。」
 辺りを見渡すが、この間とは違ってどこか静かな気がした。
「大知くんは?」
「学校。」
 そうだった。普通、平日は学生は休みじゃない。ついこの間まで自分も学校に通っていたのを思い出し、焦燥感を覚える。
「海斗くんのところへ行くって言ったら大知、羨ましがってたなぁ」と深刻な顔をしている海斗とは裏腹に雫はクスクスと思い出し笑いをしていた。しかし、海斗の表情を見ると、なにか察したのか、雫の上がっていた口角は徐々に下がっていった。
「海斗くん、今日はご飯ちゃんと食べてる?」
 脈絡のない質問に不思議がりながらも海斗は首を縦に振った。もう首の痛みはすっかり消えていた。雫はそれを見て両手を合わせる。
「良かった。じゃあ、色々お話できるね!」
 雫の満面の笑みを見て海斗は安心感を覚えた。こんな人が親だったら、毎日楽しいだろうなと思いながら海斗は椅子に座る。

「その、仕事をしようかなって思ってて」と雫の顔色を窺いながら海斗は口を開いた。雫は「へー!」と笑っているが、キッチンの方から大きめの食器が擦れる音がした。音の方を見ると、明らかに心配そうにこちらを見ている大原の姿があった。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。
「大丈夫なんですか?まだ体調も優れていないのに。」と足早にルイボスティーが入ったカップをテーブルの上に置く。その様子を見ると段々身体の中に不安という靄が侵食し始める。
「でも、俺このまま何もせずに、ここにいるのは、なんか、その、申し訳ない、ていうか。」
 すっかり顔を俯かせてしまった海斗を見て雫はなぜか笑い出す。びっくりして顔を上げると雫は天井に視線を上げながらルイボスティーを口にした。
「まあ、不安になるよね。僕も最初は意地でも仕事続けようかなって思ってたんだけど」
「今は、行ってないんですか?」
 雫は苦笑しながら頷いた。
「うん。」
 大原も落ち着いたのか、いつもの足取りでキッチンに戻っていくが、視線はまだ心配の目をしていた。その間に雫はルイボスティーをまた一口飲んでから口を開いた。
「職場でも僕が大和さんに結婚する為に近づいたんじゃないかって噂が広まってね。まあ、職場のみんなは僕がΩだって知ってたから、元々疑ってた人もいたんじゃない?」
 海斗はアパートの裏で泉谷に壁に押し付けられたことを思い出した。Ωだと知った途端、今まであったものが跡形もなく消えていくのはまるで煮湯を飲まされたような気分だった。Ωの人はいつもこんな思いをしているのかと痛感していた。
「じゃあ、それが原因で」
「あー、まあ、それはそうなんだけど」
 なんだか歯切れの悪い雫の反応に疑問を抱いていると、雫は悪戯っ子のような顔をした。その顔はここで初めて会った時の大知によく似ていた。
「大和さん、責任取るって言ってたし、別に良いかなぁと思ってさ。」
「え」
 思わず口から驚嘆の声が漏れる。それを見てまた可笑しそうに雫は笑っている。
「僕は親をするのも立派な仕事だと思うので、もういっそのことパートナーに甘えようかなあと思ったんだ。」
 自分には無い発想に海斗は心底驚いた。しかし、すぐに海斗の気持ちは暗い底へと落っこちていく。
「でも、俺、妊娠してるわけじゃないんだけど」
「そんなの関係無いんじゃない?」
 雫はカップの取っ手に手を掛ける。
「大地くんが気にしてるのは妊娠してようがしてなかろうが、君がパートナーとしてここにいてくれるかどうかなんだからさ。」
 海斗はパートナーという言葉が頭の中に入っていくのを感じた。
「要するに、海斗くんのやりたいように過ごしたら?」
 雫はまるで毎週楽しみにしているドラマを観るかのように海斗を見ていた。


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