ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」45話

「ちゃんちゃら」45話


 朝、目が覚める頃にはすっかり海斗の体調は元通りになっていた。目の前には、あのテディベアがまるで挨拶しているかのようにニッコリと笑っている。
 海斗が客室のドアを開けると、鞄を持った大地が玄関へ向かうところだった。大地は海斗にまだ気づかない様子で、廊下を歩いていってしまう。海斗は慌てて玄関まで早歩きで向かった。
「大地」
 突然、大きな声で呼ばれたので大地も大原も驚いた様子でこちらを振り向く。その様子を見て恥ずかしくなった海斗は小さく顔を赤らめながら手を振った。
「いってらっしゃい。」
 大地は初めはポカンとしていたが、やがて満面の笑みを浮かべ、「いってきます。」と手を振った。その笑顔が見れて、海斗は朝から満たされた気分だった。


 それからというもの、海斗は徐々に就職への道を歩んでいった。書類選考が通り、面接まで漕ぎつけた。その間も気に入ったのか、海斗はよく大原と料理をするようになった。恐らく彼の趣味になったのだろう。最近ではクッキーの型などを買ってお菓子作りにまで手を出そうとしているようだ。
 その一方で、大原に頼んで海斗の体型の採寸をしてもらい、証明写真の為に海斗用のスーツも買った。海斗は遠慮して受け取りたがらなかったが、出世払いでいいと言ったところ、「初任給、貰えたらな」と自信なさそうに答えていた。

 正直、大地は海斗が就職することに不安を覚えていたが、彼のやりたい事に水を差して余計に悪い方へ向かうことの方が大地は嫌だった。南雲先生の言葉は忘れていない。海斗が幸せになる方を選びたかった。

 とりあえず、就活面は海斗が無事に面接をこなすことを祈るとして、問題は海斗と自分自身との関係性だった。
 大地は車の中で腕組みをして唸る。あくまで海斗の就活は彼自身のやりたいことであって、ずっと自分と一緒にいたいから出た答えというわけではない。

ーどうする?就職してすぐに家を出て行かれたら。

 大地は、金庫からお金を出して玄関から出ていこうとする海斗を想像しようとして、すぐにそれを掻き消した。海斗は恐らく金城家に養われることが気が引けるのだろう。だから就職して自立していきたいのだ。こんなに養われるのにもってこいのαの男が目の前にいるというのに。
 海斗へのいじらしさと歯痒さで頭がどうにかなってしまう前に、大地はスマホを鞄から取り出した。
 まだ出勤するには早い時間だった。大地は耳元にスマホを持ってくる。

「あ、大地くん?おはよう。」
 通話だからか、いつもよりくぐもった声がスマホの中から聞こえた。以前だったら、この声に苛立ちを覚えていただろう。しかし、今は安心感とまでいかないが、嫌悪感は消え、少し擽ったい感情だった。
「おはようございます。雫さん。」
 大地は苦笑した。
ーまさか、この男に自分から電話する日が来るとはな。
 
「どうしたの?ひょっとして海斗くんと何かあった?」
 雫の察しの良い質問に大地はまたも苦笑した。
「はい。」と素直に答えると、雫はケラケラと笑っていた。
「急ぎの話?海斗くんの様子、見に行こうか。」
「いや、そういうわけではないんです。ちょっと気になることがあって。」
 電話越しでも雫が自分の言葉を待っているのが伝わってくる。この人とこんなに意思疎通を取るのは初めてだ。一回固唾を飲んでから意を決して大地は訊ねた。

「あの、親父、父と、恋人になったのってどんな時ですか?」
 向こうが動揺の声を漏らす。しかし、すぐに彼は笑い声を上げた。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「いや、その。雫さん、父とは元々恋人同士じゃありませんでしたよね?それから色々あって、向こうを、その、いつからパートナーとして、夫夫として見れるようになったのかなって思って。」
 段々、雫に説明していく内に自分がいかに要領を得ていないかが分かってきて恥ずかしくなったが、それでも雫は笑いながらも真面目に返した。
「うーん、そうだね。僕は意識せずに普段通りに接することができた時かなぁ」
 顔は見えないが、自分を真っ直ぐ見て答えているのが伝わってきた。
「普段通り、ですか?でも、普段の二人は仕事関係の付き合いだったじゃないですか。」
「そうだね。」
「相手に好意を抱く場合は、その相手を意識しないと成り立たないんじゃないですか?」
 雫が唸り声を上げたのを聞いて大地は慌てた。しまった。アドバイスが欲しいのに責め立てるような聞き方をしてしまった。こういうところが自分の父親の血を感じて嫌気が差した。
 大地が心配していると、スマホから朗らかな声が聞こえた。
「なんでだろうね。でも、いつも通りお互い喋れるようになってからだったなぁ、スキンシップとか取るようになったのは。」
 親の情事を薄ら聞かされ、少し心が揺らいだが、大地は聞くのをやめなかった。
「それから、好きになったんですか?父のことを。」
「元々好きだったよ。先輩としてはね。」
 空が徐々に明るくなり、日差しが差してくる。
「うん。今はちゃんと大和さんのこと、夫として好きだよ。」
 大地は微笑んでいた。自分でも驚くくらいだった。バックミラーに映る自分の顔を眺める。俺はこんな顔もできたんだな。
「話してくれてありがとうございます。」
「海斗くんと大丈夫そう?」
 大地は腕を組んで口を引き結ぶ。その様子が向こうに伝わったのか雫は大笑いする。
「大和さんにも聞いてみたら?今日休みだから。」
 大地はスマホを落としかけた。
「え?親父いないの?」
 驚きすぎて大地は敬語をすっかり忘れしまっていた。

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