ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」59話

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「ちゃんちゃら」59話


 その日は一日、池田先輩に検査の仕方を教わるだけで終わった。コンビニや居酒屋でアルバイトをしたことはあったが、検品作業はそれとはまた違う難しさがあった。また、何かあった時の責任が検品した自分に値するのも緊張感があった。
 職場の人たちの反応は良くも悪くも無関心で、海斗にとってはそれが寧ろ居心地が良く感じられた。一方、水城だけは帰りにこちらに「お疲れ様」と手を振っていた。初めは身構えたが、人懐っこいのに変に詮索しないタイプだと分かると、まだ初日だが彼女に安心感を覚えていた。

 海斗は帰りのロッカーで、中に入れておいたリングケースを手に取って眺める。結局、頭の中は仕事のことばかりで、指輪をつけようという考えにすら行き着かなかった。
 同僚の雰囲気を見ると、指輪をつけても何も気づかれなさそうだったが、寧ろ指輪をつけない方が気づかれた際に騒ぎにならなくていいのではないかとさえ思い始めていた。
 海斗は暫くリングケースを眺めながら、そんなことを悶々と考え続けた。そして、自分がどうにかして指輪をつけなくていい理由を探していることに気づき、自分のそんな狡さに嫌気が差した。
 すると、ロッカー室のドアが開いたので慌てて海斗はリングケースをショルダーバッグに仕舞った。

 ロッカー室に入ってきたのは流川だった。流川は肩までかかった髪が肩紐に巻き込まれてることも気にも止めず、リュックサックを背負いながら自分のロッカーまで歩いてくる。海斗には小さく会釈だけして海斗の二つ隣にあるロッカーを開ける。流川は素早く作業着を脱いで、ジーンズパンツとTシャツに着替え始める。特に海斗も話しかけなかったので、暫く無言の時間が流れた。
 流川はなにか急いでる様子でさっさと着替え終わると、少し乱暴にリュックサックを持ち上げる。しかし、そこで微妙に開いていたファスナーから四角い何かが零れ落ちた。
 海斗が下を見下ろすと、それはデッキケースだった。海斗が小学生の頃に流行っていたカードゲームで、自分は買えなかったが、友人たちがよく休み時間に机をくっつけて遊んでいたのを思い出した。流川はケースを落としたことに気づいていないようで、そのまま靴を履いてロッカー室を出ようとする。

「あの、ちょっと!」と海斗は今日一大きい声を上げた。
 流川は仰天しながらも海斗を見遣る。初めは面倒くさそうな表情をしていたが、海斗が手に持っている四角いケースを目にすると、たちまち表情は焦りに変わり、慌てた様子で海斗からケースを奪い取る。
「や、その、これ、お、弟の、なんです!」と早口で何やら弁解を始める。
 海斗は流川の言いたいことはよく分からなかったが、笑って海斗もショルダーバッグを肩にかけた。
「俺、子供の頃、友達が遊んでたの見たことありますよ。流行ってましたよね。」
「今も流行ってます!!」
 突然、流川から信じられない程大きな声が出たので海斗は驚いて体が強張った。そんな海斗の様子を見て流川は鬼の形相から今度はオロオロと狼狽え始める。
「いや、その、すみません。」
 何やら変わった人だな、と海斗は思いながらカードケースに描かれているドラゴンの絵を凝視する。
「あー、懐かしい。これが強いんでしたっけ?」
「えぇ、強いですけど、今では戦い方は変わってきてまして。最近はターン後に張るトラップ系のカードが安定の強さを誇ってますね。」
「そうなんだ。」
 さっきと打って変わって溌剌と喋り始めたので、海斗はとりあえず相槌を打った。すると、今度はハッとした様子で流川は海斗から距離を置く。
「すみません。気持ち悪いですよね。すんません。」

 なぜか距離を置かれたので、海斗は首を傾げながら「なんで?面白いからもっと話してよ。」と言うと、流川は目を輝かせながらカードゲームの戦略やルールの話を一緒にバスに乗って降りて別れるまで永遠と話していた。


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