ちゃんちゃら

「ちゃんちゃら」60話

「ちゃんちゃら」60話


　家に帰ると先に帰っていた大地が海斗の元へ駆け寄ってくる。
「どうだった！？なにか言われなかったか！もし言ったやつがいたらこの手で」
　大地が物騒な言葉を吐く前に海斗は「何にも無かったよ。」と制止するように言った。
　海斗の言葉を聞いて大地は安堵している様子だったが、次の海斗の「一緒に帰る同僚の人ができた。」という発言に眉を顰める。
「どんな奴だよ。」
「眼鏡かけてる、同い年くらいの男の人。」
　大地が獣のような唸り声をあげたので海斗は大地が猛獣になったのかと耳を疑った。
「そいつ、大丈夫なんだろうな。お前を狙ってるんじゃ」
「まさか。みんな俺のことΩだって気づいてなさそうだったし、そんな雰囲気じゃなかったよ。」
　実際、流川はカードゲームショップに向かうと言って、我先にとバスを降りて行ってしまった。しかし、大地からの疑いは全く晴れそうになかった。
「あんまりにもしつこい奴だったら、すぐ他の職場に異動するか転職した方がいいからな。」
　大地の心配が度を越してきたので、海斗は大地の肩を掴んだ。急に海斗が近づいてきたので、大地は狼狽える。
「待ってくれよ。俺、大地の力になりたいのに、すぐ転職してたら意味無いじゃん。」
　大地はキョトンとした目でその場で立ち尽くす。
「え？俺のため？」
　この時、初めて海斗は大地に、前に大学で下請け会社の話をしていたことを喋った。それを聞いた大地はずっと目を丸くしている。
「俺、ずっとお前が気を遣ってるのだとばっかり」
「まあ、多少はそれもあるけどさ。」と海斗は手を後ろに持ってきてモジモジさせる。
　唖然としていた大地だったが、次第に口角が上がり、まるで笑いを堪えるかのような表情で海斗を勢い良く抱きしめた。いきなりだった為、海斗の手は背中から前へ飛び出す。
「おまえ、どこまで可愛いんだよ。でも、なんかあったらすぐ言うんだぞ。」
　海斗の頬を自分の頬ですりすりしてくる大地は猫みたいでどこか滑稽で、海斗は困惑しながらも微笑んだ。とりあえず、大地の機嫌は元通りどころか上々になったようだった。

　ふと下に目を向けると、自分の手が見えた。自分の手はいつも通りで、試しに指を伸ばしてみる。そこには何も無かった。
　海斗は自分の鼓動が速くなっていることを大地に悟られたくなかった。今は上機嫌だが、恐らく大地は海斗の指にいずれ気づくだろう。いや、初めから気づいているのかもしれない。
　海斗は大地には見えないように、そっと彼の背中に手を回した。