ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」番外編17話

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「ちゃんちゃら」番外編17話


「じゃあ僕、またソラジマパパに野球習いにくるね。」
 暗くなってきた中では、翔の目は眩しく感じられた。できればまた会ってあげたいが、どうしても空島の脳内には、あの自分を蔑んだ目で見てくる木待夫婦の憎たらしい顔が浮かぶ。
 困り果てながらグローブを握りしめていると、ようやく鳥舟がこちらへ歩いてくる。
「ずっと通話してたんすか?浮気すか?」
 鳥舟は笑いながら首を横に振って、後ろを親指で指す。見ると、つい数時間前にお喋りしていた顔ぶれがそこにあった。
「大地さんに海斗先輩。」
 驚きながら空島は二人に駆け寄る。二人は車で来たのか、近くの駐車場から手を振りながらこちらへ歩いてくる。翔は人見知りが発動したのか、空島の背中に隠れてしまった。それでも海斗は嬉しそうに翔に話しかける。

「空島の息子くん。翔くんって言うんだっけ?俺は海斗。よろしくね。」
 差し伸べられた手を翔がそっと握るのを見ながら空島は大地に訊ねる。
「どうしてここに」
「鳥舟さんに頼まれたんだよ。翔くんを木待家に送って行ってくれないかって」
 空島は目を見開く。
「え、どうしてわざわざ」
「俺が金城家だからな。」と大地は苦笑しながら胸を張った。
「まさか自分の家柄が役に立つとは思わなかった。」
 空島は鳥舟を見遣る。彼は素知らぬ顔で翔の遊び相手をしていた。金城家という有名財閥グループを前にしたら流石に木待家は何も文句など言えないはずだ。しかし、一つの懸念がある。
「でも、急に金城家の人が現れたらおかしいって怪しまれるんじゃないすか?俺が大地さん盾にしたって言われません?」
「そうならないように家の人も呼んだよ。」
「家の人?」
 空島がきょとんとしていると、鳥舟に肩車されていた翔が大きな声を上げて向こうを指差す。
「ママだ!!」
 空島はドキリとしたが、顔は既に指差した方角へ向いてしまっていた。

 そこにはゆるいウェーブがかかった若い女性がこちらへ早歩きで近づいてきていた。翔は鳥舟の背中を急いでおりるなり走っていく。どうやら、あの美人な女性が木待先輩の婚約者ならしい。
「木待建設の話は俺も聞いてる。そんで、水城家に取り入ってたこともな。」
 大地は腕組みしながら水城が翔を抱きしめたのを眺めている。
「だから、金城家が出てきても本家で知り合いなんだから怪しまれないだろ。それに、母親が連れ帰るんだからそもそも問題なんて無いんだよ。」とここまで言って大地は溜息をつく。
「でも、本当にあいつ呼ぶ意味あったか?」
 大地が怪訝そうな目で水城を指差す。すると、海斗が腰に手を当てながら楽しそうに笑う。
「だって、空島に紹介するって言ったからさ。」
 空島は改めて水城という女性を見る。利発そうな顔立ちに頼もしさを感じた。しかし、体は華奢で細身なところは女性らしさを思わせる。
 すると、軽々しく翔を抱き上げる水城を見て動揺する。横を見ると、大地も同じ顔をしていた。みんなに対して水城は誇らしげに言う。
「元気いっぱいの子どもと遊ぶのですから、最近、鍛えてるんです!」と水城は小さな枝のような腕を曲げて小さな力瘤を作った。空島は自分の腕を触りながら「やっぱり強くなるには筋トレっすか」と呟き、大地も水城のポーズを真似て恐らく同じことを考え込んでいる様子だった。そんな彼らを海斗は笑いを堪えながら眺め、鳥舟は「自然とつくけどなぁ」と不思議そうに眺めていた。
 水城は翔の手を引いて空島の前までやってくる。
「翔と遊んでくれてありがとうございます。私は翔の母親になった水城澪と申します。」とまず水城は頭を下げた。さっきのお茶目な雰囲気とは打って変わって上品な仕草だったので、思わず空島も背筋が伸ばし、「空島俊って言います。」と辿々しく自己紹介する。
「ママ、僕、ソラジマパパと一緒にまた野球したい。」
 翔の発言に水城の顔を直接見れず、俯いていると、水城の柔らかい声が上から注がれた。
「ええ、もちろん。今度は翔一人ではなく、ママも野球に混ぜて下さいね。」
「うん、いいよ。」
 空島が驚いて顔を上げる。
「いいんですか?」
「当たり前ではありませんか。私も空島さんとは友達になりたいですし、また会いましょう。」
 彼女の知的に微笑む様子は見ていて安心感が湧いた。その笑顔は、この人なら親の言いなりの木待先輩を救えるかもしれない、と思わせる程であった。
「まあ、何かあっても水城がどうにかすると思うけど、俺らも一応ついていくか。」と大地と海斗も水城と一緒に歩き始める。その時、大地が空島の肩を軽く小突く。
「これで海斗の時の貸しはチャラな。」と冗談混じりで笑っていた。空島も釣られて笑う。
「じゃあ、出産祝い弾ませるっす。」
「そんな、いいのに。」と海斗も笑った。
「じゃあ、僕も買おうかな。」と鳥舟も話に乗ってきていた。
 この時、出産祝いと自分で発した言葉に空島は「あっ」と声を上げた。
「そういえば、大原さんのお子さんもお産控えてるみたいっすよ。」
「えっ!?」と大地も海斗も仰天している。
「そんな話聞いたことないぞ。」
 訝しんでいる大地の横で海斗はクスクス笑った。
「大原さんのお子さんだから、きっと良い人なんだろうな。」
 皆笑って頷いた。しかし、水城だけがこの先、彼らにとってどれだけ大きなサプライズが待ち受けているのかを想像して笑いを堪えていた。
 実際にこの後、金城家の別荘で大きな驚きと笑いが生まれたことは言うまでもなかった。


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