Hope Man

如月 睦月

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昂一との旅、埼玉

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数日間の旅を経て、訳の分からない道へ入ってしまった昂一。この時代、カーナビと言うモノは無く地図に頼るしかなかったのだが、唯一の頼りである地図を見間違えると言う失態を犯した昂一。

『龍、ここどこ?』

『俺が知りてぇわ!!!!』

『こんな田んぼしかねぇ道走ったかなぁ…』

『何回か来た事あんの?』

『いや?初めて来たけど』

『まてまてまてまて!一回停めろ一回停めろ』

ゴトンゴトンゴトン

龍一が昂一に対してトラックを停める様声を荒げた時、トラックが左右に激しく揺れた。

『なになになになに!』

『やばいやばいやばいやばい』

昂一がトラックを停め、外に出て見ると、ヘッドライトに浮かび上がったのは数え切れない無数の亀だった。危険性のない亀だがこれだけの数が居ると恐怖すら感じる。恐らく田んぼから田んぼへの大移動なのだろう、それを踏みつけたのだった。タイヤの周囲を見ると、無残に潰されてしまった亀が多数目に入った。

『兄貴、バックできる?』

『可哀想だけど無理だな、踏みつけながら進むしかねぇわ』

気を使いながら、なるべく亀を踏まないようにトラックを進める昂一。

ゴトン…

ゴトン…

数回の揺れを感じ、亀の群れを通り抜けた。そのまま農道を走ると、ヘッドライトにカエルの群れが映り込む。先ほどの亀同様、圧倒的なカエルの数にビックリした、まるで地面そのものがウネウネと波を打っているように見えるのだ。世の中にはこんな光景があるのかと、恐ろしさすら感じる景色に対し感動も覚えた。流石に亀とは違い、カエルは恐らく踏んだだろうけれど、トラックはビクともしなかったのが逆に申し訳ない気持ちになった。

殺人鬼に襲われ、ヒロインが逃げるような山道をゆっくりと恐る恐る走るトラック。乗用車のような低い視点でも怖いが、トラックのように高い視点からの山道もかなり怖かった、フロントガラスが広く大きいので視界に入って来る暗闇の情報が多く、闇が迫って来る感覚はトラックならではの怖さではないだろうか。

『怖い話しようか』

『やめろ、洒落になんねぇよ』

『ある家にな…』

『やめろ!』

『怖ぇのか?』

『迷ってんじゃねぇかよ!怖い話とかしてる場合じゃねーだろ』

『まぁ焦るな、山の一本道は必ず街に繋がってる』

『根拠は?』

『勘だ』

『ちっ…』

『なぁ龍』

『あん?』

『お前親父と仲良くやってんのか?』

『あぁ、最近は少し仲いいよ』

『お前が来てからさ、親父はお前だけ連れてケーキ食わせたりさ、お前だけにこっそり饅頭喰わせたりさ、とにかくお前を可愛がっててな』

『そう…』

昂一からはじめて聞く父親の話し、しかも自分を可愛がっていたと言う話は心がむず痒い思いをした。

『でもよ、そういうの兄弟としては面白くなくてな』

『まぁそうだよな、でも俺のせいではねーし』

『わかってるよ、だからこうして旅してんじゃん』

『あぁ』

『俺も色々あってさ、親父を許すことが出来なくてな、あ、お前だけに饅頭食わしたからじゃねーからな』

『わかってるよ』

『兄弟ほとんどなんだけど、親父の考えかたと合わなくてな』

『全員?』

『姉はしらねぇけどな』

『そうなんだ』

『だからってお前も親父を嫌いになれとか言ってるんじゃなくてな、仲良くできるならしてやってくれってこった』

『あぁ』

兄妹がみんなアンチ親父とは知らなかった龍一は少しだけショックを受けたものの、家に居るわけでもない兄弟が親父をどう思おうが、さほど気にしたものではないかと思うのだけれど、正直少し寂しい気持ちにはなった。

『俺は…親父は…今は嫌いじゃない…でもいつかぶっ倒そうとは思ってる』

『いいじゃんいいじゃん、俺も相当やられたからな、でもな龍…』

『ん?』

『親父は強いぞ』

『あぁ、わかってる』

『おーーーーーーーーーーーーーーーーーしキタキタキタキター!』

昂一が歓喜したのは恐ろしい山道が街へと繋がっている証拠を目視したからだ、トラックが通る様な車幅ではない山道、対向車も来ず、崖崩れも起こさず、タイヤが埋まる事もなく抜けられたのは奇跡に近いかもしれない。チラホラと灯りが周囲に見え始め、龍一も安心し始めた。

『今日、ここらへんで寝るか』

『バカ言ってんじゃねぇよ!街まで出ろや』

『はははは、冗談だよ、もう少し頑張れ』

やや暫く凸凹道を進むと、街と言える景色が開いた。やっと揺れない道路に乗ったと言うのに身体は何となく揺れている感覚で気持ち悪かった。深夜の街を走るトラックの窓から見える景色は温泉街のように見えた、川から立ち昇る湯気、提灯、情緒を感じた。

『龍、風呂入りてぇよな』

『見たまんまじゃねーかよ!そう言えば数日入ってないけどよ』

『この時間に開いてると言えば…スーパー銭湯みたいなところかな』

『なんそれ戦隊ヒーローみたいな名前』

『うるせぇなついたぞ』

その建物には確かにスーパー銭湯と書いていた、何がスーパーなのだろうか、野菜とか肉とか売ってるのだろうか、それとも銭湯を超えたサービスがあるからスーパーなのだろうか、龍一の頭の中はそんな事でいっぱいだった。

着替えの入ったリュックを持ってスーパー銭湯とやらに入った。

ロッカーに荷物を入れ、手首にロッカーのカギを付けて入るらしく、何もかもが初めてで戸惑う龍一。本当は銭湯と言う知らない人間と一緒に入る風呂は気味が悪くて大嫌いだった、皮膚病もいるだろう、水虫もいるだろう、移されたくないのもあるが、そんなもんが溶け込んだお湯を顔にかけたり頭にかけたり、身体中に浴びると言うのが本当に嫌で嫌で仕方が無かった。そこで龍一はシャワーだけで済ませることにした、ベタベタした髪からは一度のシャンプーでは泡も出ず自分で笑ってしまった。そそくさとシャワーを浴び終わると、着替えて昂一を待った。やや暫くしても出てこないので財布にあった小銭でフルーツ牛乳を購入した。龍一はこのフルーツ牛乳が大好きだったが、そう簡単に買える程小遣いが無いので貴重品であり、贅沢品でもあった。

『今日ぐらいいっか』

そう言うと、腰に手をあてて一気にごくごくと呑み込んだ。
何たる幸福感、言い得ぬ満足感が龍一の心を癒し、身体に沁み込んで行った。毛細血管1本1本にフルーツ牛乳が流し込まれるような感覚、満タンお願いします!とスタンドで言って、口にパイプを突っ込んでフルーツ牛乳が出たらどれほど嬉しいだろうか、そんなアホな事で脳内が満たされる程には癒されていたのだった。

『龍、早いな』

『あぁ』

『今日ここで泊って行こうぜ』

『まじか!身体を伸ばして寝られるのか!ありがてぇ!』

2人はこの日、スーパー銭湯へと泊ることにした。

翌朝、ぐっすりと眠れた2人はトラックに乗り込み、昂一はセブンスター、龍一はマルボロをくわえるとトラックは動き出した。

『さぁーーーーーーーーーーーーーーーーて、今日は埼玉に入るぞ!』

『埼玉?え?そんなところまで来たの?トラックで?』

『おもしれーだろ?』

『ん、まぁ、簡単に経験出来る事じゃないからね』

『そうだろそうだろ!待ってろよ埼玉ぁあああああああああ』

『ふふ』

トラックは埼玉に向かってその大きな車体を走らせた。

久しぶりにマルボロを美味しいと感じた龍一だった。
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