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中学校編
大雪の中で
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いよいよ龍一は本気になった。今まで本気じゃなかったわけではない、絶対入ると思っていた隆斗高校を落ちた事が本当の本気にさせたのだ。こうなった龍一は常人を超える集中力を発揮する。
どんどん頭に入って来る勉強、ここへ来て吉田に学んだ基礎が本領を発揮する。何の為なのか、どう解くのか、その繋がりがやっとわかったのだ、苦手だった数学が面白い様に理解できた。そうとなれば他の科目は暗記だけだ、ひたすらに教科書を読み、ノートを見返した、間違いなく今、人生で一番勉強していると言える。
母親も父親もその姿を見て、今までの様な接し方を改め、声掛けも優しく、労うようになっていた、兄弟が遊びに来ても龍一の邪魔をすることも無かった。
深夜、時折絵を描きたくもなったが、あの件依頼怖くなっていたのでペンを取る事はなかった、描きたいと言う気持ちと描いてはいけないと言う気持ちが同居する不思議な感覚ではあったが。
今更勉強してもレベルが1や2しか上がらないのは龍一本人が一番わかっている事だったのだが、最初からどうせ無理だと言うのが嫌だった。諦めがつかないからだ、自分なりにやるだけやってダメだったら諦めもつくと言うもの、つまり龍一は今、めいっぱいの悪あがきをしているのだ。
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工場高等学校受験日
闘いを挑む日が来た、他の生徒とは比べ物にならないちっぽけな努力ではあるが、龍一にとっては充分な悪あがきをしたつもりだ。その達成感はこの街の受験生全てを凌駕するだろう。
やってやるぜ…そんな気持ちで溢れていた。
どこから来る自信なのかは不明だが、龍一の想い込みから来る自信は最強の武器でもあった、人は各々モチベーションの上げ方を持っていると思うが、龍一の場合は「思い込み」なのだった。頑張った成果を出し、結果を出すと言うこの受験と言うもの、『何事にも優劣を付けたがる日本人が好きそうなシステムだ』そう考える龍一にとっては本当に面倒くさいイベントである。『何でもきっちりきっかり決めれば良いと言うものではない、決める事で自分の首を絞めることにだってなるのだ、曖昧だからこそその隙間を縫って細く長く歩みを進められる人間だっているのに、全く競争の好きな国だぜ、そのくせ敗者にやさしくねーんだよ』と、若干ズレているものの、無理矢理着地地点を合わせる事で何となく良い事言ったような感じに自分で満足した。
一緒に行く人は居ないので早めに家を出て歩いていくことになったが、あいにくの大雪だった、この街ではよくある事。関東が桜の開花宣言で盛り上がる中、平気で雪が降り、なんなら吹雪すら巻き起こる。国が違うのかとさえ思う程に季節の違いを感じる街だ。かと言って送ってくれる人も居なければ、一緒に寒さを分かち合う仲間も居ないので、約1時間逆算して歩き始めるのだった。
ロングのフード付きコートの前ボタンを首まですると、そのフードを頭からすっぽりと被った。このロングコートはフードの深さが気に入っていた、てるてる坊主の様にはならず、顔が鼻の下まで隠れて見えなくなるのだ。目が合った合わないで喧嘩になるこの時代の必須アイテムでもあった。
外に出ると少しの風で流された大粒の雪がフードを叩き、耳元でサラサラと話しかけた。自分の吐き出す白い息がフードの中に入り込み、まつ毛の先に玉状の氷を作る。
『さみぃなぁ、こんな思いして試験受ける意味あんの?』
『ねぇだろ、こんなもん国が決めたダメ人間を落とすレースだ』
『あぁ、そうだな、くだらねぇ、でも流されて受験を決めたけど、俺初めて勉強ってもんに本気で向き合えたんだよ』
『そりゃ良かったな』『まぁな』
もう一人の自分と話をすることで、しんどい道のりをサクサクと歩けた。こう言う時のもう一人の自分は決まって否定的だから、自分を肯定するのにはいい話し相手だったのである、都合のいいイマジナリーフレンドとでも言うのだろうか、だが龍一は上手に付き合っている、病気や幻想ではなく、龍一自身が作り出しているのだから当然と言えば当然だ。
凍った横断歩道を生まれたての小鹿のように歩き、道のない歩道を脛まで埋まりながら歩くと、足先が冷たくて痛くなってきた。試験会場まではまだまだ概算でも30分は歩くだろう、取り敢えず深い雪から抜け出して靴を脱ごうとするが、雪がみっちり押し込まれた状態になっており、どうしようもない状態だった。『遭難する人ってこんな思いなんだろうな…』少し弱気になりながらも、一歩一歩前に進み続けた。こんな思いをして受験に行く人間がこの世にいるのだろうか『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』。凍傷は無いと思うが、冷たくて足が痛いと言うのはこんなに辛かったのかと思い知った。
歩くスピードが落ちた。
間に合わないと言うのは問題外だと分かっているが、とてもじゃないが足の痛みで歩く事が出来ない、それでも前に進まなければ。
『いつもこうだ…頑張ろうとすれば遮られる』
心が震えて涙が溢れそうになった。
風が強くなりまともに前を向ける状況じゃなくなった、足の痛みも増している。
心も壊れかけている、自分の置かれている状況に怒りも込み上げてくる。ただただ負けたくなくて前に出た、この状況に負けたくない、それだけだった。
身体も冷えてヘトヘトになりながら辿り着いた学校の門の前には、送ってもらって車を降りる生徒でごった返していた。言い得ぬ思いが心をギュっと締め上げる。それぞれ家庭の事情というものがあるのはわかっている、だが、どうしても自分だけと言う思いが龍一の心を支配する。
『くっそ、この思い、全部試験にぶつけてやる』
小さな決意を口に出すと、大きな闘志が湧いてきた。
しかしここで、上靴を忘れてしまったことに気付き、テンションが下がる。仕方が無いので裸足で入ることにした、玄関に座り込んで力の限り靴を引っ張ると、脱げた反動で後ろにひっくり返った。その勢いで靴の中の雪が玄関にぶちまけられた。玄関に居た高校の教師が近寄って来て『何をしているんだ君は!ご両親は!』と怒鳴りつけた。龍一は一呼吸置いて『1人で来たんです!』と、その教師よりも大きな声で答えた。
どんどん頭に入って来る勉強、ここへ来て吉田に学んだ基礎が本領を発揮する。何の為なのか、どう解くのか、その繋がりがやっとわかったのだ、苦手だった数学が面白い様に理解できた。そうとなれば他の科目は暗記だけだ、ひたすらに教科書を読み、ノートを見返した、間違いなく今、人生で一番勉強していると言える。
母親も父親もその姿を見て、今までの様な接し方を改め、声掛けも優しく、労うようになっていた、兄弟が遊びに来ても龍一の邪魔をすることも無かった。
深夜、時折絵を描きたくもなったが、あの件依頼怖くなっていたのでペンを取る事はなかった、描きたいと言う気持ちと描いてはいけないと言う気持ちが同居する不思議な感覚ではあったが。
今更勉強してもレベルが1や2しか上がらないのは龍一本人が一番わかっている事だったのだが、最初からどうせ無理だと言うのが嫌だった。諦めがつかないからだ、自分なりにやるだけやってダメだったら諦めもつくと言うもの、つまり龍一は今、めいっぱいの悪あがきをしているのだ。
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工場高等学校受験日
闘いを挑む日が来た、他の生徒とは比べ物にならないちっぽけな努力ではあるが、龍一にとっては充分な悪あがきをしたつもりだ。その達成感はこの街の受験生全てを凌駕するだろう。
やってやるぜ…そんな気持ちで溢れていた。
どこから来る自信なのかは不明だが、龍一の想い込みから来る自信は最強の武器でもあった、人は各々モチベーションの上げ方を持っていると思うが、龍一の場合は「思い込み」なのだった。頑張った成果を出し、結果を出すと言うこの受験と言うもの、『何事にも優劣を付けたがる日本人が好きそうなシステムだ』そう考える龍一にとっては本当に面倒くさいイベントである。『何でもきっちりきっかり決めれば良いと言うものではない、決める事で自分の首を絞めることにだってなるのだ、曖昧だからこそその隙間を縫って細く長く歩みを進められる人間だっているのに、全く競争の好きな国だぜ、そのくせ敗者にやさしくねーんだよ』と、若干ズレているものの、無理矢理着地地点を合わせる事で何となく良い事言ったような感じに自分で満足した。
一緒に行く人は居ないので早めに家を出て歩いていくことになったが、あいにくの大雪だった、この街ではよくある事。関東が桜の開花宣言で盛り上がる中、平気で雪が降り、なんなら吹雪すら巻き起こる。国が違うのかとさえ思う程に季節の違いを感じる街だ。かと言って送ってくれる人も居なければ、一緒に寒さを分かち合う仲間も居ないので、約1時間逆算して歩き始めるのだった。
ロングのフード付きコートの前ボタンを首まですると、そのフードを頭からすっぽりと被った。このロングコートはフードの深さが気に入っていた、てるてる坊主の様にはならず、顔が鼻の下まで隠れて見えなくなるのだ。目が合った合わないで喧嘩になるこの時代の必須アイテムでもあった。
外に出ると少しの風で流された大粒の雪がフードを叩き、耳元でサラサラと話しかけた。自分の吐き出す白い息がフードの中に入り込み、まつ毛の先に玉状の氷を作る。
『さみぃなぁ、こんな思いして試験受ける意味あんの?』
『ねぇだろ、こんなもん国が決めたダメ人間を落とすレースだ』
『あぁ、そうだな、くだらねぇ、でも流されて受験を決めたけど、俺初めて勉強ってもんに本気で向き合えたんだよ』
『そりゃ良かったな』『まぁな』
もう一人の自分と話をすることで、しんどい道のりをサクサクと歩けた。こう言う時のもう一人の自分は決まって否定的だから、自分を肯定するのにはいい話し相手だったのである、都合のいいイマジナリーフレンドとでも言うのだろうか、だが龍一は上手に付き合っている、病気や幻想ではなく、龍一自身が作り出しているのだから当然と言えば当然だ。
凍った横断歩道を生まれたての小鹿のように歩き、道のない歩道を脛まで埋まりながら歩くと、足先が冷たくて痛くなってきた。試験会場まではまだまだ概算でも30分は歩くだろう、取り敢えず深い雪から抜け出して靴を脱ごうとするが、雪がみっちり押し込まれた状態になっており、どうしようもない状態だった。『遭難する人ってこんな思いなんだろうな…』少し弱気になりながらも、一歩一歩前に進み続けた。こんな思いをして受験に行く人間がこの世にいるのだろうか『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』『足が痛い』。凍傷は無いと思うが、冷たくて足が痛いと言うのはこんなに辛かったのかと思い知った。
歩くスピードが落ちた。
間に合わないと言うのは問題外だと分かっているが、とてもじゃないが足の痛みで歩く事が出来ない、それでも前に進まなければ。
『いつもこうだ…頑張ろうとすれば遮られる』
心が震えて涙が溢れそうになった。
風が強くなりまともに前を向ける状況じゃなくなった、足の痛みも増している。
心も壊れかけている、自分の置かれている状況に怒りも込み上げてくる。ただただ負けたくなくて前に出た、この状況に負けたくない、それだけだった。
身体も冷えてヘトヘトになりながら辿り着いた学校の門の前には、送ってもらって車を降りる生徒でごった返していた。言い得ぬ思いが心をギュっと締め上げる。それぞれ家庭の事情というものがあるのはわかっている、だが、どうしても自分だけと言う思いが龍一の心を支配する。
『くっそ、この思い、全部試験にぶつけてやる』
小さな決意を口に出すと、大きな闘志が湧いてきた。
しかしここで、上靴を忘れてしまったことに気付き、テンションが下がる。仕方が無いので裸足で入ることにした、玄関に座り込んで力の限り靴を引っ張ると、脱げた反動で後ろにひっくり返った。その勢いで靴の中の雪が玄関にぶちまけられた。玄関に居た高校の教師が近寄って来て『何をしているんだ君は!ご両親は!』と怒鳴りつけた。龍一は一呼吸置いて『1人で来たんです!』と、その教師よりも大きな声で答えた。
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